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113話 風の魔王に囁かれる愛

「……何故ワタシが聖妃だと教えないんだ?」


 ゼーヴァを閉め出した扉の前にた後ろ姿のアスタフェルに、ワタシは問うた。


「見た目ただの女の子のお前が聖妃とかそうそう信じないだろあいつも。証拠があれば別だが……」


 と、彼はワタシの胸元を指さす。


「『聖妃(スフェーネ)の涙』だっけ? あれがなくちゃお前は聖妃の力を使えないんだろ。あれどうした?」


「あれは至宝でな。いくらかつてのワタシの涙とはいえ、現代の所有者はあくまでも教団なんだ。日中はワタシが持つが、夜はしかるべき管理人に返却することになっていた。今はエンリオが持ってるんじゃないか?」


 要は寝る前にエンリオに預けてたんである。

 というわけであの宝石(タリスマン)があるのは遙か彼方、人間の世界だ。

 確かに今のワタシはなんの力も無い、魔力の低い魔女である。


「しかしワタシが聖妃だという情報は部下にも持たせた方がいいと思うぞ。いざというときに武器として使うなら、情報の共有は必要不可欠だ。ワタシがオマエの真の名を知っていてオマエの魔力をいつでも取り出せる、というのも大いに武器になる。というかこちらは単純な戦力ではあるが――」


「戦わなくていい。武器にするつもりはない」


 気取った微笑みを浮かべて彼は振り返った。


「何故だ。意味分からん。ワタシは使える武器だ」


 ワタシが聖妃だというのは最大級の武器である。

 いくら『聖妃の涙』がないと力が使えないとはいえ、ワタシという存在は聖妃そのままだ。

 それにアスタの魔力を引き出せば、ワタシは魔王と同等の魔力を使用できる。……ワタシを魔界につれてきたあの力任せの強大すぎる魔法陣をワタシも作る可能性があるということは、ここでは言及しないでおく。


「そりゃお前、俺だって二人っきりの秘密が欲しいからだよ。シフォルはお前の真の名を知っていた。そんなの狡いだろうが」


「あれは真の名ではないって言っただろ。だいたい聖妃だということはもう秘密でも何でもない。エンリオもアーク王子も知ってる。オマエの真の名を知るのは確かにワタシだけで、部下にその事実を秘密にしておきたい魔王のメンツも理解はできるが武器として使わないのはあまりに惜しい。思い切ってゼーヴァさんに伝えるべきだ」


「……と、いうのは冗談半分。もちろん秘密も欲しいが、一番は……」


 彼はそっと、ワタシの口に軽く口付けを落とした。


「なっ……」

「お前を武器にしたくないんだ。武器ってのは必ず傷つく、そういうのは嫌になるくらい何回も見てきた。俺は、お前が傷つくのは絶対に見たくない」

「しかし」

「お前は自分を刃にする必要はない。俺が守る。永遠に。ずっと一緒にいよう。結婚しよう、ジャンザ」


 なんというか。

 心が、グラッとアスタフェルに引き寄せられたのが分かった。

 ああ……。

 そうか。


 ワタシの願望がまったく叶わず、魔王の願望が叶った理由……。


 つまりワタシにはなくて、風の魔王アスタフェルにはあるもの。願望を叶える力。

 それは多分、大切な人への対応の仕方の質とか、そういうもの……。


 もちろん彼のやり方が全てではない。うまくいかないことだってあるだろう。

 だがワタシのやり方では駄目だった。ワタシだけでは行き詰まりなのだ。ならばアスタのやり方を試してみるのは大いにアリだ。


 アスタフェルの力をうまく使って世界を超える叡智を手にし人間の世界に戻ったとして、そこで以前のやり方のまま突き進んでも今のままではまた失敗続きになる可能性が高い。だからそれを避けるためにアスタフェルに学ぶのだ。


 ワタシは、まだ夢を諦めない。

 諦められるかよ。師匠亡きあとの、それが私の存在意義なんだ。


 そして、何度目かも分からないような求婚の返事は――、

 急に鼻がムズっとして。


「へっくし!」


 くしゃみをした。

 やっぱり雨に濡れた身体は冷える……。

 弾みで、ワタシは彼の胸に顔を押しつけしがみついていた。


「あらま。やっぱ冷えてるよな……。更なるイチャイチャは後回しだ。ジャンザ、浴室行くぞ。待ってられんわ」

「一緒に入るのか?」


 子供のようにしがみついたまま、魔王に聞く。


「さっきのは冗談だよ。外で待っとくから」


「…………………………」


 すぅっ、とワタシは深く息を吸った。アスタフェルの匂いが身体中を満たす。


 今から行おうとしていることに、心臓が高鳴る。

 しがみついているから、アスタフェルにも伝わってしまっているかもしれない……。


 でも。


 薬草薬を広めるために。

 ワタシのやり方で通用しないのならば、成功したアスタフェルを学べばいい。最後まで抵抗したワタシをどさくさに紛れて魔界に連れてくるという荒業で願望を叶えた、その実績付きのやり方だ。


 それが真に頭のいいやり方ってものだ。


 はっきり言って、ワタシは頭がいい。それは自負して生きてきた。


 諦めない。やり遂げる。そのためには違う方法を学ぶことは必要不可欠だ。頭がいいならやってみせろ、ジャンザ。いろいろな方法を試し、そうして得たデータをもとにまた新たな方法を試せ。それを繰り返すんだ。

 ありがたいことに、目の前にこれ以上無いほどのサンプルがあるじゃないか。


 力押しだけが人生ではない。

 押して引いて、真似て学びて。

 願望を叶えるための道を歩み続けるんだ。


 それに、ワタシはアスタフェルのことが好きだし。

 ああそうさ。ならなんの問題も無いじゃないか。

 ないない、ないない……。


 ……よし。


「アスタフェル」


「ちょい、ちょい待て。離れてくれないか? 移動できん」


 今やワタシのしがみつきは、歩き出そうとするアスタフェルを押さえつける戒めとなってしまっていた。


 ワタシは彼の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声を絞り出す。


「お風呂で洗いっこ、しよ……?」


 うぉっあっつ! 顔あっつ!!!!!!


 いいのかこれで? 本当にこれは新しい方法なのか? 確かにワタシのアタマだけでは出てこないような台詞ではあるが……でも少なくとも新しいことをしたら新しい可能性が生まれるかもしれないし……。


 ああああああああ、もう。顔っていうかアタマが熱い! 身体も熱い!!!


 アスタフェルは全ての動きをピタッと止めていた。


 ハッとする。アスタフェルは冗談と言っていた。

 もしかしたら洗いっこどころか一緒に風呂に入ること自体、本当は嫌なのかも知れない。


 不安にかられ、アスタの顔色を確かめるべくしがみついた胸から離れて彼の顔を見てみる。


 ……真っ赤だった。そりゃもう、耳まで見事に真っ赤だった。湯気が幻視できるくらいに。

 嫌がってはいないようだが、ワタシ以上に照れてどうすんだよこいつは……。


「あ、アスタ? 大丈夫か?」


 心配になって名を呼ぶと、彼はびくっとした。

 そして急な動作でワタシの背を抱き締めると、そのままぐいっと持ち上げた。


 ワタシの足が床から浮き、顎がアスタの肩に載る。


 アスタのさらさらの白銀の髪が頬に当たってくすぐったい。しかし、空色の瞳はワタシなど見ずに前を注視していた。


 ワタシを両腕を使い自分の胸に押し上げたまま、アスタは絨毯の上をひょいひょいと円を描いて歩き始めた。いてもたってもいられないのか存外な早歩きである。


「え、ちょっとアスタ! どうしたんだよ!?」


「風呂を――」

「は?」


「風呂をもてー!」

「ここで!? 水浸しになるぞ! いやお湯浸しか?」

「ふーろー!!!!」


 そういや忘れてたけど、アスタフェルってアホだった。


 ということは、アスタフェルを学ぶということは、アホに……アホになるということ? できるのか、ワタシに……。


 しかし凄い密着だ。ワタシの胸と彼の胸板が服越しにぴったりくっついている。

 顔がすぐ真横で荒い呼気も聞こえる。

 こんなの、ドキドキしてるのバレてるに決まってる。


「くっ、時間が惜しい。今すぐ風呂場に直行するぞ。お前の願いは我が思いと同じぞ。すぐに洗いっこしよう、もう、もう……泡で! 撫でるから!」


「いや落ち着け。深呼吸してみろ。すー、はー。真似して。はい、すー――」

「ジャンザよしかと俺に掴まれ!」


 彼はワタシをよりいっそうぐいっと力強く抱きしめた。

 その行為、そして言葉にいやーな予感が募る。


「待て、おい待て!」


 そして彼は四枚の白翼を打ち下ろし――。

 飛び立った!


「待てってば! もうちょっとマシな抱き方しろ!!!」


 抱きしめられたまま飛び立つのに合わせ、ワタシは慌てて彼の背に腕を回してしがみついた。下半身は両足で彼の腰にからまって固定する。

 ネグリジェでこれはかなり際どい体制だが……これでもいつまで保つかどうか。アスタフェルの腕で背中を下支えしてもらっているとはいえ、ワタシの体力で落ちるかどうかが決まる。頭は自信あるけど体力は自信ないんだけどな……。


「ジャンザ、好きだー!!!!!」


 叫びながら窓へ突進する。


 は、恥ずかしいことを。


 こいつのやり方真似たらほんとに願望って叶うのかな? なんか自信なくなってきた。

 もしかしてアスタが独り勝ちしたのって、ただの偶然だったんでは?


 でも、こういう思い切ったところがワタシにないのもまた事実。

 こいつがワタシの狂気をあっさり解除したのもまた事実。


 叶えさせるつもりもなかった願望を叶えてしまったのも事実。

 ……アスタがワタシのことを大好きなのも、事実。もちろんワタシだって……。


「わ、ワタシも好きだよ」


 なんて、小さく呟いてみる。こんなのやっぱり叫べない。


 その瞬間、ワタシたちは窓をくぐり抜けた。

 眩しい――。今までいた室内がそれなりに薄暗かったことをそれで理解する。


 外は嘘みたいな晴天だった。


 ……ドアからは出ないんだな。


 そして濡れた身体が気化熱で寒い。


 それでもしっかりとアスタフェルの耳には届いていたようで、アスタフェルは小さく言った。


「俺はその数億倍愛してるよ」


 急にテンション普通に言うな。

 不意打ちだろ、アホ。





最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


もしよかったら、この話を読んだ感想や評価いただけると嬉しいです!

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後日談やサイドストーリーもそのうち書きたいな……とかも思ってます。

本当にありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 風の魔王アスタくん、ちょっと抜けてるところが可愛いです。 「好きだー!」と素直に叫んでしまうところも、なんか微笑ましいですね♪ アスタくんが消えかけた時はハラハラしました……。 じれじ…
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