112話 魔女に欠けしもの:魔界の宰相vs魔女
「……もしかして、あなたは宰相さんですか?」
「そうですが、何故?」
「いえ、なんとなく」
以前、アスタフェルが「俺の城には怖い宰相がいる」と言っていたのを思い出したのだ。彼は苦労性っぽい雰囲気をまとっているし。失礼ながら、彼なら話に合うな、と。
「あ、ジャンザ。こいつはゼーヴァだ。宰相をしてもらってる。ゼーヴァ、こちら俺の奥さんのジャンザだ。仲良くしてやって欲しいんだが……」
「かしこまりました、ご友人として丁重に歓待いたします」
苦笑しつつ紹介するアスタに、苦々しいような対抗するような、トゲトゲした視線を遠慮なく刺してくるアゲハ宰相ゼーヴァ。
正直、居心地が悪い。
まあ、いいや。
ご挨拶にはご挨拶で返すのが礼儀というもの――。
ワタシは肩をすくめて、わざとらしくはぁっと息をついた。
「……いやあ、それにしても驚きましたよ。風属性というのは自由なのですね、ゼーヴァさん。先ほどの小妖精……シルフィさんと仰いましたか。あなたも含めて、まさに風のように軽やかで自由なんですから」
「風属性のすべてがああだと思われるのは心外です。シルフィは特別に能天気ですから」
「仕える主が好きで連れてきた女に向かって部下であるあなたがいきなりそんな言い草を、しかも主が見ている前で、面と向かって女にぶちかますんですよ? ワタシたち人間の世界ではそういうのは無作法とされています。やるなら主に気取られないように裏からチクチクやるんですよ、人間の世界ならね。だからワタシから見れば、あなたは十二分にシルフィさんと同じ、笑っちゃうくらい脳天気で軽やかな風属性です」
「おおおお、ジャンザが……完全にいつもの調子に戻ってるぅ……」
アスタフェルが涙を拭う素振りをするなか、ゼーヴァはぐぬぬという感じで眉根を寄せてワタシを睨んでいる。
なんだこれは。
まあいいや。うん、それよりも、だ。
「なあ、アスタ。オマエ家に帰るって言ってなかったっけ」
「ここ、俺ん城」
「オマエの言い方に威厳がなさすぎてワタシたちの家に帰るのかと思ったわ」
だがここが魔界なら、あのとんでも大掛かりな魔法陣も納得がいく。
いくら聖妃とはいえワタシはただの人間だ。
ただの人間に世界を超えさせようとするならば、魔王の魔力任せの強引なほどに強力な魔法陣も必要になるだろう。
「俺たちの家……! いい響きだ。しかし心配するな、ここもすぐあそこと変わらぬ夫婦の愛の巣となる」
「そういう部類の心配はついぞしたことがないな」
「貴様っ、黙って聞いていれば魔王様に向かってなんという口の聞き方を!」
とはいえ。
「アスタフェル」
ワタシにはまだやりたいことがある。
人間の世界に薬草薬を広めるのだ。
魔女の魔力を……生命を代価としなくてもいいように。誰も犠牲にならずに人を癒やすことのできる、薬草薬を。
「すぐにワタシを人間の世界に帰してくれ」
こんなところでアスタフェルと結婚している暇なんか無い。ワタシが戦うべき舞台は人間の世界なのだ。
まあ……元の世界に帰してくれるかというと、それは無理だろうけど。
「ようやくお前を魔界に連れてきたっていうのに。ここで逃すワケがないことくらいお前なら分かるだろ?」
アスタフェルはワタシの予想どおり、純粋に不思議そうに首をかしげている。
「まあそうだよな」
反発する気も起きず、ワタシはふうっと息を吐いた。
「ワタシでもそうするだろう。オマエの願望が叶ったわけだからな……」
思えば彼はずっと言っていた。
魔界に帰って式挙げよう! と――。
だ、が。
実のところ、代価案はある。
ワタシは魔王の魔力を引き出すことができる。
つまり、あの恐ろしい数の異世界を一気に顕在化させ保っていた魔方陣――あれ、原則としてワタシも作れるのだ。
ただ、やり方が分からない。
闇雲に多数の魔方陣を同時に作ってそれを一つの大きな魔方陣でくくったところで世界を越えることができるとは思えないということだ。
アスタフェルが作ったあの魔方陣は、あの数千数万の大きさも属性も様々な魔方陣を、ある法則を持って作り、くくったものである。だからこそ生身のワタシに世界を越えさせることができた。
記憶力には自信があるが、あの一瞬で全てを覚えられるわけでもないしそもそも魔方陣の全てを見渡せたわけでもない。
ワタシはあの越世の魔方陣について知らないのだ。
知らないものは作ることができない。
しかし逆を言えば、知れば作ることができる。
つまり、ワタシがあの魔方陣について学べば、アスタフェルに頼らなくとも人間の世界に帰れるのだ。
ここは魔界。しかも風の魔王の城だ。きっと人の世界にはないような魔術的な知識がたんまりあるはず。それこそ創世神話に出てくるような、世界を創造したり命を与えたり、そういう秘術だって伝わっているはずだ。考えただけで奮えがくる。
そう簡単に得られるような知識でもないだろうが――ワタシはこの目であの魔法陣を見たんだ。あの秘術は存在している。
必ずやあそこまで到達してやる。
まあ結局は魔王の魔力に頼るし、使えばアスタフェルにはバレるが……副作用の性的刺激によって。
だがそれに躊躇するようなワタシではない。使えるものは何でも使うのが流儀だ。
……が。
解決策を持っていてなお、それでも気になることはあった。
「ほんと、さすが魔王だよな。結局全部オマエの独り勝ちじゃないか。あんなに頑張ったワタシの願いはちっとも叶わないというのに……」
ワタシは最後の最後まで魔界行きは抵抗した。
なのにどさくさに紛れたとはいえ、結局アスタフェルの望み通り、魔界に――しかも風の魔王の城に来てしまっている。
ワタシの夢は叶わなかったのに、アスタフェルの夢は叶ったのだ。
誰がなんと言おうと、ワタシは精一杯頑張った。
薬草薬を広めるために王子を籠絡しようとしたら聖騎士に邪魔され続けたから魔物を召喚した。
出てきたのが魔王で、それで運命が狂ってしまったが……。
それでもできることはなんでもした。
王子を欺こうとし、聖騎士を殺そうとした。
……なのに、この二つは両方とも成功していない。
友達のユスティアも去っていった。とはいえ彼女を助けることができたのは唯一の成功事例といえるだろう。
すべては魔力の使いすぎで若くして亡くなった我が師匠アリアネディアを弔うために。
なのに、これはどう考えてもおかしい。
ワタシは何故ここにいる? アスタフェルは何をした?
おそらくはアスタフェルにありワタシにないもの。それが成否を別けたのだ。
「まあ、日頃の行いってやつだな」
アスタフェルは爽やかに笑う。
「でもお前もいい線いってたと思うぞ。特に俺にちゃんと謝ったのは良かったと思う。……人は誰でも狂気を内在させている。狂気と上手く付き合っていけたらいいな、ジャンザ」
「うるさい黙れ」
くそっ勝者の余裕をかましやがってムカつく。
だがこういうところにヒントがあるのが世の常である。
日頃の行い……。
ワタシとアスタフェルの違いはそれなのか?
それを手に入れれば、ワタシは何でもできるようになる……。
「……魔王様、本当にこの方で間違いないのですか? 聖神に幻術でも掛けられているのではありませんか? 本当のジャンザさんは、その……少なくとももう少し言葉の端々が柔らかいといいのですが」
「それお前の願望だろゼーヴァ」
しかし、日頃の行いってなんだ?
「ところでタオル持ってきてくれるか? それから着替えと暖かい飲み物も。あと、風呂はあとどれくらいでできるか聞いてきてくれるか。そしたら俺の着替えも頼む」
「魔王様も入られるおつもりですか、風呂に」
「無論よ。新婚さんは一緒に風呂に入る。これが魔界の常識だ」
「それは魔界のどの地方の常識でしょうか?」
「……ごめん今俺が考えた」
「だと思いました」
お掃除小妖精とキャッキャしてたあのノリ。もしかしたらアレか? ああいうのが必要なのか?
「ほらっ、早く行けって」
「はっ、申し訳――いえ、ご友人と二人っきりにして間違いがあってはいけませんし」
「間違いね。ふふふふふふふお前ジャンサの正体知ったら驚くぞー」
「そちらの小娘様に驚くべき正体があるというのですか?」
って、ついに小娘呼ばわりされたぞ。一応様付けだが。
「知りたいか? 知りたいよなー。まさか風の魔王が魔力の低い魔女にただただベタ惚れして連れ去ってきたわけないしなー」
「確かに……。口の悪さからも多少ではありますが頑とした知性を感じはしますし」
「実は、ジャンザはな……」
アスタは重大な秘密を告げるように声をひそめ、そして笑顔でぶっちゃけた。
「聞いて驚け、ただの魔力の低い魔女だ!」
「アスタオマエ……」
ワタシが聖妃だと明かす流れかと思ったのに。
「ジャンザの正体はただの魔女だ。俺が心底惚れたってだけの、ただの女の子だ。ほらほらっ、お前も気が利かないな。ただの女の子が魔界に来たんだ、精神的に疲れてるに決まってるだろ。早いとこ二人っきりでイチャイチャ癒やしたいんだよ、お前はお邪魔なの。皆まで言わせんなって」
「ちょっ……魔王様!」
とアスタフェルはアゲハ翅の宰相ゼーヴァの背を押し、扉から出してしまった。
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