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111話 奥様、魔界へようこそ

 水の膜を通るような感覚が頭の先からつま先までを走り抜ける。

 続いて身体がぐるんと上下にひっくり返る感覚――。

 そして、アスタフェルがワタシを降ろし、足がどこかに降り立つ感覚。


 ワタシは一息つきながら目を開けた。ようやく腕による緊縛を逃れることができた。地味にキツかったんだよ……。


 が、そんなワタシの目に飛び込んできたのは。

 やたらと豪華な内装の広い部屋だった。


 壁際にたくさんの本棚があって、古そうな本がぎっしりと隙間なく詰め込まれている。背表紙はグラデーションを作るように並べられていた。あまりにのきっちり詰め込まれているから取るのが大変そうだ。


 高い天井には、華麗なるシャンデリアが数台つり下がっていた。すべて巨大で、広い室内を余すところなく照らし出すであろう。今は昼だから光は灯っていないが。

 そう、開け放たれた大きな窓の外は快晴。夜だったのに昼になっている。


 で。


 ワタシたちの目の前には、一人の人物がいた。

 ……羽根を生やしている人型の人だ。

 鮮やかで華麗な黃アゲハの薄翅……。


 ワタシより背の高いその男は、アスタフェルに深々と頭を下げた。


「お帰りなさいませ、魔王様」


 黒い髪を肩辺りで切りそろえた彼は、ゆったりした黒いローブを着ていた。見るからに文官っぽい。

 とはいえいちばんの特徴は、なんといっても背から映えている巨大で美しいアゲハ蝶の黄色い翅だろう。


「お帰りなさい、魔王様!」


 と、突然背後から明るい女の子の声が聞こえた。

 振り返ると、手のひら大の女の子が開いた窓から字義通り飛び込んでくるところだった。背にはトンボの薄翅を四枚生やしている。


 彼女を見たアゲハ蝶男が顔をしかめた。


「シルフィ、何故戻ってきた。仕事に行ったのではないのか?」


「侍女長様のお小言聞き終わったから戻ってきました! 魔王様が気になったので!」


 ふわふわとした銀色の髪を白い三角巾で包んだ掌大の少女である。

 彼女は背にトンボの半透明の翅を四枚の生やしていて、中空に留まっていた。もう、見た感じからしてかわいい小妖精である。

 彼女は紺色のシンプルなワンピースに白いハーフエプロンを巻いていた。たぶん侍女として雇われている妖精だろう。


「即刻この城の防御陣と勤務体制の見直しをせねば……」


「おー、ただいまー。ジャンザ連れてきたぞ」


 アスタの言葉に、大きいほうの翅の人はワタシをちらりと一瞥した。


「魔王様の口振りからするに、助けるだけ助けて魔王様だけでご帰還なさるのかと思っておりましたが」

「そのつもりだったんだが、成り行きでな」


「ずいぶんと濡れておられますが……。いったいどんな活躍をされてきたのですか?」

「シフォルがいてな。やりあってきたわ」

「聖神と!?」

「そうだぞ。そりゃもう大変な具合で……。天候を操ったりなんだったりでもう天地開闢かってくらいの大規模戦闘になって」

「かつての創痍戦争においてすら直接戦闘とはならなかった風の王たちが直接戦ったのですか!? そんなことになるとは! 我ら風の魔族もお供つかまつりたかった……!」


「いや、お前たちにまで余計な怪我とか負わせたくないから……俺だけで大丈夫だぞ。地上とかもう大変なことになってしまったし……」

「魔王様……。それで地上は、聖神はどうなりましたか?」


 アスタフェルが法螺を吹いている。

 それを真に受けて感動している黒ローブの黄アゲハ妖精男。


「それがさ、ジャンザを離すとか離さないとかいう話になって……じゃあ雨降らすからな! おう受けて立つぜ、みたいな……」


「……それで如何様になされたのですか?」

「ええっと、雨が降ってぇ……次第に雪交じりに……そうだ、雪になって、寒いだろ? だからコート脱がすのどっちが先か、みたいな……ジャンザの……」


 話が違くなってきているししどろもどろだ。


「……分かりました。とりあえず新しいお召し物に着替えた方がいいですね」


 彼から熱情がすっと消えた。

 与太の法螺だと気付いたんだ。


「シルフィ。魔王様とお客人に新しいお召し物を――」


 魔王の法螺話は咎めず、冷めた目で指示を出す黒ローブ黄アゲハ妖精。

 ……アスタとは付き合い長そうだな、この人。


 まあ、気遣いはありがたい。雨が降り出してから早くに移動したとはいえ、ワタシが着ている華奢で可憐なネグリジェは袖や裾がしっとりと濡れてしまっている。もちろん髪の毛も。

 アスタフェルの黒い長衣はさほど目立ったところはないが、髪がそこそこ濡れていた。


「お風呂ですね!」


 てか聞いちゃいないな小妖精……。


 小さい妖精は背にはやしたトンボの四枚翅でワタシたちの周りをくるくると飛び回っていた。その軌跡には鱗粉のような光の粉が走っている。


「特に奥様は人間なんでしょ? そのままじゃ風邪引いちゃいますよ」


「奥様……? ワタシのことですか?」

「もちろんです。たーっぷり、頭の先までちゃぷんと浸かって温まってくださいね!」


 沈めと?


「じゃあ俺も入ろっと。ジャンザと洗いっこしてくれるわ」


 アスタの冗談とも法螺とも本気ともとれる発言に、小妖精は安心したように微笑んだ。


「魔王様、ご自分で流れを変えることができたみたいですね」


「どうだろうな? まあ、成り行きでジャンザを手に入れてしまったからな。こうなったからにはこの流れを楽しむだけだ。風の魔王たるもの、勢いだけは最大級にしたいからな」


「そうですね。その通りだと思います。さすが私たちの王様です! もうお好きにガンガンいっちゃってください」

「おうよ、好きな子にはガンガンいって熱湯でゴッシゴシよ」

「きゃー! お肌荒れちゃう!」


 ……なんだよこいつらのノリ。

 というか肌荒れの前に火傷の心配をするべきでは?


「お風呂は一人で入ります」

「かしこまりました、奥様」

「えっ、シルフィ!? 二人だからな!」

「お風呂一丁!」


 白い三角巾から伸びたふわふわ銀髪をなびかせ、小妖精はくるんと宙返りすると、ワタシの肩ごしに飛んでいき……振り返ると、執務机の向こうの大きな窓から飛び出すところだった。


 窓から出るんだ。入ってきたのも窓だったしな……。自由だな、あの人……。

 てかここ、アスタフェルの執務室っぽいな。デカい執務室だ。


 そんな彼女を見てため息をついたのが一人。黒いローブのアゲハ成人男である。


「申し訳ありません、魔王様。あとでキツく言っておきますので……」

「気にするな、ああいう部下も一人くらい必要だ。というか俺個人としては全員あれでも一向に構わな――」

「仕方ないですね。魔王様、すぐに新しいお召し物を持ってくるよう別の侍女に申しつけますので、しばしお待ちをいただけますでしょうか」


「あ、ジャンザのだけでいいからな。これくらいならすぐに乾くから。ジャンザは寝間着だし、そういう意味も込めて似合う服持ってきてやってくれ」

「かしこまりました」


 と男の妖精は礼をする。


 そして、アスタフェルは爽やかな笑顔でワタシを振り返った。


「というわけで、ようこそジャンザ。我が城へ。来たからにはすぐ式を挙げような」


 ……やっぱりなあ。ここってどう見ても魔界……というか、アスタフェルの城だよなあ……。


 なんの説明もなく妖精大小が普通にいるわけだし……。


 ……ということは、だ。

 ワタシはアスタフェルに魔界に連れてこられてしまったわけだ。


「待てアス――」


「私は認めませんから」


 ツンとした声が後ろから聞こえた。

 てか成人男性妖精、まだいたのか。


「その方ただの人間ですよね、魔力はあるようですがほぼゼロに等しい。客人としてのもてなしは抜かりなくいたしますが、魔王様の奥方様としてはとてもではありませんが認められません」


 なるほど。アスタのやつ、ワタシが聖妃だということは部下達には明かしてないんだな。






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