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110話 派手派手な魔法陣!

 雲が立ち込めていく夜空の下、ざわめく木々の上空を、アスタフェルはワタシを抱えて飛んでいく。

 背の四枚の純白翼もせわしなく動き、嵐前の強い風に煽られるどころかかえって乗りこなしていくような、物凄いスピードだった。


 後ろをちらりと覗けば、切り立った山肌に張り付いた修道院とその窓から漏れる光が、遠くにぽつんと見えた。

 その修道院が、後ろに後ろにと去って行く……。


 あそこに三ヶ月強いたんだ……そして、あそこにはシフォルゼノ神本人がいる。もう、どの光の点か分からなくなってしまったけれど。


 彼を奉る教団の修道院だというのに……。

 まさか祭神が聖騎士として潜り込んできてるなんて思わないよな、普通。


 彼が何故あそこにいるのかは分からないが。なにせ風の神だし、風のように何ものにもとらわれない、酔狂な部分があるのかもしれない。


 本来ならあの神と結婚するはずだった。

 だがワタシは聖妃という立場を利用するつもりで、それでもアスタフェルと別れるつもりはなかったし、アスタフェルに逃げられてからは薬草薬を広めるために開き直って聖妃になろうとした。

 あの神を信じている訳でも、心から結婚を望んだわけでもない。ただの口約束、儀式になんか意味は無い。そんな意識だった。


 だが実物を見てしまうと、自分がしようとしたことのおぞましさがありありと実感できて思わず感心する。

 全てのものを裏切ってでも、ワタシは薬草薬を広めたかったのだ。

 神も魔王も、王子様も、聖騎士も裏切った。友だちも去っていった。利用できるものはなんでも利用しようとした。

 そして多分、いちばん裏切り利用したのは、自分自身……。


 と、翼がバサバサバサっと風に逆らって羽ばたかれ、アスタフェルは中空に急停止した。


「どういうことか説明してほしいんだが」


 腕に抱えたワタシを見下ろし、目をすがめる。


「なあ、()()()()


 怒ってる……。

 とりあえず怒りを鎮めないと。ここではワタシが圧倒的に不利だし。なにせ中空、解放されただけで落下して死亡だ。


 下を見れば、湿った風にざわめく森が延々と広がっているのが月夜に冴えていた。

 ……いつの間にかけっこうな高さに登ってきているわけだ。さすがにこれは怖い。しかも腕一本で抱えられてるだけだし……。


 それに、誤解は解いてときたい。


 ワタシは彼の小脇に抱えられたまま、小さくため息をついた。


「オマエが思ってるほど重要じゃないんだ、その名は。ところで地面に降りないか? ちょっと苦しい」


 安全確保の意味もあるが、小脇に抱えられているため、全体重が腹を支えるアスタの腕に一点集中してしまっていてキツイのも事実。


「真の名なんだろ? 重要に決まってるだろうが」


「人間に真の名なんてものは存在しない。サーニャってのはあくまでも以前のワタシの名前っていうだけで、それ以上の意味はないよ。それより降りよう……」


「じゃあなんであいつが知ってるんだよ。二人だけが知ってる秘密の名前とか……狡いだろうが」


「名付けの儀式で名前をシフォルゼノ神に捧げたんだろ。よくある話だ」


「つまり嫁として名付けて儀式でシフォルに教えたってことか?」


「そこまでは知らないよ。聖神に名を捧げる名付けの儀式なんてのはよくあることだし、それがたまたまシフォルゼノだったんだろう、としかワタシにはいえない」


「そんな曖昧な……」

「ワタシだっておくるみに名前が刺繍してあったからかろうじて以前の名前を知ってるだけだよ。ワタシは捨て子で、赤ん坊のときに川を流れていたところを師匠に拾われたんだ。おくるみ自体は見たことがないけど。師匠が燃やしてしまった」


「何故……。身元を明らかにする手がかりだろうに」


「ワタシには微量ではあるが魔力があった。だから師匠はワタシを魔女にすると決めたんだ。それには人間としての名前は邪魔だ、魔女は人間とは違うものだから。そうして師匠はワタシに魔女としての名前をくれた」


「それが、『ジャンザ』……?」


「そうだ。ワタシは師匠によって魔女ジャンザとなった。聖妃になる運命だった『サーニャ』と魔女の『ジャンザ』がそこで入れ替わったんだ」


 ワタシは魔女ジャンザだ。シフォルゼノが呼んだような――神に捧げられた運命の聖妃サーニャではない。


 ……だとしたら、今のワタシはなんなんだろう。


 決まってる、今ここにいる、魔女のジャンザだ。だがこの世から消えたサーニャの立場を利用しようとしたワタシは、いったい誰だったんだ。


 師匠はワタシが聖妃だと知っていたのだろうか? 知った上で魔女として生まれ変わらせたのだろうか。

 今となってはそれを知る術もないが……。


 いずれにせよ、師匠はワタシを魔女にするためにジャンザの名をくれた。


 ジャンザを名乗る以上、ワタシは魔女だ。


 ……ところでお腹が……。アスタの腕が食い込んできてそろそろ限界なんだけど……。


「……いや待て、それって滅茶苦茶重要な名前ってことじゃないか。人間としての、お前の本名……」


「真の名のような拘束力もない、ただの名前だ。しかも師匠がジャンザの名をくれたから用なしになった。魔女になる前、見たこともない親がその名でワタシを呼んでたってだけだ。シフォルゼノ神にしても捧げられたサーニャの名しか知らないってだけだろうしな」


「いや……まあ……うーん?」


 アスタフェルは首を捻ってしまう。


 名前というものに対する価値観の相違だということは分かる。

 生まれた時に付けられた名にどれだけ意味を見いだせるか――これはそういうゲームなんだろう。


「お前がそう思ってるんならそれでいい、のか……?」

「そうしてもらえるとありがたい。これについて議論するつもりはないんだ、絶対に平行線に終わると分かっているし。オマエの認識を変えようとも思わないしな」


「ああ……」


 アスタフェルが気が抜けた息をはいた。

 が、気が抜けた拍子に腕の力も緩み――。


「っ!」

「おっと、悪い」


 ワタシを落としそうになったが、危ういところでもう一度ワタシを抱え直す。


「いつものジャンザが戻ってきて、ついほっとしてしまったわ」

「なんだそれは」


「いやあ……。いつもは冷静で理性的な面が表にきてるんだけどな。たがが外れると本当に強情で直情で鉄壁の強引さでもう大変なんだわ。そんなお前に真摯に対応する俺を、誰かに褒めて欲しい」

「うん……? 凄いな?」

「半疑問系。自覚しろよお前のせいで俺がどれだけ――」


 アスタフェルの声は途切れた。

 その理由を、ワタシも一瞬遅れて知ることになる。


 ポツ、と、ワタシの鼻に雨粒が当たったのだ。

 続けて。


 ザアアァァァァァァ――――――――


 急な本降りが夜の中空にとどまるワタシたちに降りかかってきた。


「うぎゃあ!」


 顔を引きつらせたアスタフェルが変な悲鳴を上げる。


「そういえば、じきに嵐になるとエンリオが言っていたな……この辺りの嵐は長引くとも」

「冷静に思い出してる場合か! 早く雨宿りしないと」

「じゃあ降りてくれ。木の下に行けば雨もしのげる」

「家に帰ったほうが早い。早く帰ろう……風邪引いたら大変だ」

「オマエ風邪なんか引くのか?」

「お前だよ、お前」


 ……やっぱり優しいんだよな、こいつは。

 いや、本当は心から凄いと思ってるんだ、アスタフェル。

 ワタシを止めてくれるし、見捨てもしないんだから……。


 少し気恥ずかしくなるワタシを抱えたまま、アスタフェルは片手を差し出した。

 掌を上に向け……そこに光る小さな球を出現させる。


 ……? え、ちょっと待て。その光の球、なにそれ。凄まじい魔力を感じるんだけど……。


 その光の球を、彼は下に向かってブンと投げた。


 一瞬の後、ワタシたちの足のずっと下に光る魔方陣が広がった。

 超特大、地平の彼方までも続くような光の紋様。


 しかもこの魔法陣、見渡す限り、大小様々なおびただしい数の円が刻まれていた。

 上から見ていると、まるで詰め込むだけ詰め込んだ精密な歯車細工のようである。

 それが触れた夜の雨をパチパチと蒸発させながら、地平の彼方向こうまで夜に浮かんでいる。


 つまり一つの巨大な周縁でこの世界から区切られている癖に、その内側に大小様々な魔法陣を無数に内包しているのだ。


 馬鹿な。魔方陣は一つの世界とされるんだ。


 つまり内側に何千何万もの魔法陣を存在させたこの超特大魔方陣は、おびただしい数の生きた異世界を、アスタフェルが一瞬で、己の魔力だけで作り出したということである。


 大小取り混ぜた異世界を、超特大魔方陣に一まとめにまとめている。それは……つまり……。


 魔方陣から立ちのぼる隠す気もない膨大な魔力がワタシの推論を後押ししていた。


 即ち。

 風の魔王アスタフェル。その魔力には、限界なんてない……!


「よしっ、では行くぞ!」


 気合いの入った魔王の声。

 そして、彼はワタシを抱えたまま魔方陣に急降下したのだった。


「ま――」


 待て! の言葉を発することもできないほどの急な落下。

 魔方陣にぶつかる寸前、ワタシは思わず目を瞑った。


 てかアスタフェル、これは何の真似だ……? 家に帰るって、魔女の家のことだよな? 違うの?



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