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109話 神様に遭遇

 とにかく。


 ワタシはアスタフェルに取られたままのキスされた手を返すと、彼の手を逆に握り返した。


 そして一気に引っ張り、扉へとダッシュする!


 ワタシの宝物……部屋の隅のバッグの中に入った、白いエプロンドレスとフリルカチューシャ、それに犬の小さな人形。

 もったいないけど置いていこう、ワタシの手の中にはそれ以上の宝がある。


「聖妃様!?」


 突然のワタシの行動にエンリオが声を上げるころにはすでにワタシとアスタはドアの外へ出ていた。


「えっ、ちょっ――」


 アスタが何か言おうとしたところに、凄まじい鐘の音が鳴り響く。音階をもった神々しくも重々しい音の重なり――カリヨンだ。


「ちっ、ワタシがドアから出たら警鐘が鳴るようにしてやがったのか。しかもこれとはいいセンスじゃないか」


 とにかく建物の出口を求めて廊下を走る。

 とはいえ部屋の外なんて数えるくらいしか来たことがないし、そのときはすべてエンリオが一緒だった。地理感は無いに等しい。


 窓から飛び出てアスタの飛翔で逃げるのが手っ取り早いかと思ったが、あいにく両側に部屋がある廊下で、遠い向こうの正面に小さな窓が見えるが、通れるほどの大きさではない。

 あとは点々とランプが壁に取り付けられているだけだ。


 突然の鐘に驚いた人々がそこかしこで声を上げているのが聞こえる。

 そういえばエンリオが、明日の朝にはこの修道院を出発する、と言っていた。

 ワタシの護衛である聖騎士たちが夜を通しての準備をしていたのだろう。


「ジャンザ! なんだよ突然――」

「おそらくワタシはエンリオとカテゴリー的に同類だ。同類だからこそ分かることもあると、そう思って聞いてほしい。エンリオは新たなるフェーズに移行した」

「へ??」

「このままここにいたら美味しいなーと思って食べているホワイトシチューから小指の骨を発見することになる。確実にやる、今のエンリオなら確実にやる。そんなのいくらワタシでも耐えられない」


 なんて喋りながら廊下を走る間にカリヨンの音色は終わっていた。

 早く逃げ出さないと、聖騎士たちが来てしまう! 騒ぎに驚いた修道院の人たちも出てきてしまうだろうし……。


「さすがのお前でもそっち系はダメなのか」

「そこまで極まるつもりはないんだよ」

「……ちょっと待ってろ、姿を消すから」


 とアスタフェルは手を前に出した。その姿のまましばらく止まるが、やがて焦り顔で呟く。


「あれ。魔法が使えない」

「ここは風の聖神シフォルゼノの修道院だ。かの神の特別な結界でもあるんだろうな」


「聖妃様! お待ち下さい、聖妃様!」


 背中からエンリオの声が追ってくる。


 折り悪く、ちょうど目の前のドアが開いた。


「こっちだ」


 白い騎士服を着た淡い金髪の聖騎士がドアから顔を出し――ワタシたちは走る勢いのまま、その部屋の中に招き入れられてしまった。


 そこは、ワタシが幽閉されていたよりはずいぶんと小さな部屋だった。だが調度品についてはさほど違いはなく、シンプルなベッドや机があった。


 机のランプの光が闇を照らし、窓の外では嵐前の風が吹き荒れている。


 目の前には金髪の青年聖騎士が、空色の瞳をにこやかに微笑ませ立っている――。


 ワタシの背後、ドアの外を人が走り抜ける音がする。


 ワタシたちと青年は、しばらく見つめ合ったままその音を聞いていた。


「……行ったね」


 青年は笑顔のまま静かに言った。


「シフォルゼノ……」


 アスタフェルがうめく。


 ワタシは身構えた。

 相手はシフォルゼノの聖騎士だ。タダでは逃がしてくれないだろう。

 それでも自分の身を守るため、ワタシはこの難局を乗り越えて、修道院から……ひいてはシフォルゼノ教団から逃げなければならない。


 師匠の仇を討つために薬草薬を広めたいけど、エンリオを食するのはゴメンだ。

 だがエンリオが狂ったことを教団に申し出て、エンリオを排除し聖妃作戦を続けることもできると思う。

 そのためにもいったんこの組織から引かなくてはならない。


 とりあえず、取り引きのためにも目の前の青年の情報を引き出そう。


「こんばんは、聖騎士さん。あの、できたらこのまま逃がして欲しいんです。信じられないかもしれませんが、残念ながらあなたの上司は狂ってしまい……」


「狂ってるのが彼の魅力の一つなんだけどね。人に迷惑かける狂い方はいけないね。狂人側にも配慮は必要さ」


 金髪の聖騎士はワタシの肩越しの壁に目をやった。まるで壁の外が見えるかのように、遠くを見やるように……。


「え……?」


 なんかこの人()()()()、とワタシの直感が告げた。


「あ、そうそう」


 青年は机の引き出しから数通の封筒を取り出し、ワタシに差し出した。


「これ返すね」

「これ……」

「こういうの、良くないね」


 それは、ワタシが書いて聖地に送ったはずの手紙だった。

 やっぱり聖地には送られてなかったんだ……。

 いや、今はそれよりも。


「なんで……これを、ワタシに……? あなたはいったい……」


「風の性質を持つものを閉じ込めるのは、駄目だ。それは禁忌だ。エンリオはそれが分かってない。自分も風属性だというのに」


 ワタシの問いには答えずに軽く愚痴り、そして青年は爽やかに微笑んだ。


「だから君は逃げなさい。自由に羽ばたくんだ。何物にも捕らわれるな。風の妃ならそれが自然な姿だ」


 と、彼は片手を窓に向かって上げた。


 すると、魔力の高まりも何もなく、静かに。

 だがすみやかに。

 壁に大きな穴が開き、闇が広がった。


 急に、湿気をはらんだ生暖かい暴風が室内に入り込んできた。

 馬鹿な。普通の人間にこんなこと……いや、相手は聖騎士だ、ならば神から魔法を授かって……でもワタシが感知できないほどの魔力でこんなことできるか……?


 それに気づき、ワタシの腹がゾワッとした。


 ――魔法を、使ってない?

 使ってないのに、手を上げただけで壁にこんな大きな穴が開いただって!?


 あ、こんな感じの驚きは経験がある。

 あれは確かワタシがアーク王子に直談判しに行ったときのことだ。

 ワタシを取り戻そうとアスタフェルが城を襲撃してきて、そのときに迎え撃った聖騎士がとんでもない魔法陣を展開していた。


 この人、あの時の聖騎士……?


「なんだシフォル。お前いつもジャンザを信じて手を引けと俺に言ってたのに。それがこんなときになって手を貸されてもな」


 風の魔王は外からの風に長い銀髪を煽られながら、皮肉そうに頬を歪めた。しかし対する金髪の青年は少し肩をすくめただけだ。


「子供の尻拭いをするだけだよ。エンリオはね、私の血を引いているんだ。本人はそれを知らないし、もうほとんど普通の人間だけどね」


 魔王がこの世界に来ているのだから。対なる聖神がこの世界に来ていたっておかしくはない。


 つまり、彼は。


 ガタガタと、身体が小刻みに震えてくる。

 怖いのではなく、もちろん風に吹かれるのが寒いのでもなく。


「あなたは……まさか……」


 掠れた声で問うも、青年はにっこり笑うだけ。


 これは、ワタシは、まさか……か、神、と……。


 彼は空色の視線をアスタフェルに移した。


「この建物から出た瞬間に魔力が使えるようにしておいた。アスタフェル、この穴から出て、そしてうんと遠くへ行け。私の目の届かない所にだ」


「……礼は言わんぞ」


「期待してないさ」


 くすっと笑う青年。


 アスタフェルはふんと鼻を鳴らすと、私の手を取って壁の穴の方へと歩き出した。

 ワタシはなんだか足が強ばって、最初の一歩めがつっかえてしまったが……。


 そんなワタシへ、青年が声をかける。


「サーニャ」

「――え」


 その名は。

 思わず振り返ると、青年はやはり爽やかな笑顔だった。


「私が許可する。アスタフェルに泣かされたら遠慮なくやり返せ。叩き潰すんだ」

「ひっでぇな、それが聖神のいうことかよ。だいたい俺のほうが泣かされる側だぞ絶対に。……ところでサーニャって?」


「ワタシの……()()()()()()()……」

「はぁっ!? 何それ!?」


 アスタが声をひっくり返すが、ワタシはかえって冷静になってその青年を見つめることができた。


「その名を知っているということは、あなたは……」


 彼は――風の聖神シフォルゼノ――本来ならワタシが結婚している相手――は、やはり笑顔で頷いた。


「そういうこと。さあ、もう行けサーニャ。思うままに吹き抜けろ、サーニャ。アスタと幸せになるんだよ、サーニャ」


「連呼すんな連呼を! 俺の知らないジャンザの名前をお前らだけで共有するのは禁止だから! 行くぞジャ――サーニャ!!」


 ぐいっと手を引かれ――。


 不意に浮遊感がワタシを包んだ。


「な……」


 遠く、()()去っていく、円い光のなかのシフォルゼノ。


 つい先程彼から返してもらった聖地へ宛てた手紙が、ワタシの手から強い風に舞っていった。


 ていうかこれ落ちてるー!?


「そういやあいつ、ジャンザのこと『彼女』としか言ってなかったわー!!」


 アスタの叫び声とともに、ワタシはぐんっと上昇した。




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