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108話 聖騎士のホワイトシチュー、ナツメグ入り グラタンを添えて

 目を覚したエンリオにははっきりとした意思が認められる。

 とはいえ、まだ彼の様態に安心するのは早い。


「エンリオ、アンタは頭上から降ってきた魔王に頭突きされて伸びてたんだ。頭は痛むか? 首や肩は? 気分はどう?」


 彼は少し顔をしかめて頭の頂点に手をやった。

 押したりさすったりしていたが、やがて手を下ろす。


「少し痛みますが、大丈夫なようです。聖妃様が手当してくださったのですか?」


 はだけた騎士服を直そうともせずベッドの上で座ったままこちらを見つめる彼は、なんだか妙に色っぽかった。


「当座の応急処置をしただけだよ。あんまり動くな、頭打つと症状があとから来ることも多いんだ。……っと、シフォルゼノの魔法で治すなら手間はないか。誰か呼んでくる。アスタ、そこのクローゼットに隠れてろ」

「なんで俺が隠れないといけないんだよ」


「オマエ見られたらいらん騒動が巻き起こる」

「翼消して人間に化ければいいだろ」

「魔王でなくとも騒がれる。知らない男がこんなところに出現してるのは普通の人間にとっては十分怪異なんだよ」

「うむ……まあ、そうか」

「信じてるからな、アスタ」

「なんだいきなり」

「ワタシの目が届かなくなろうとも、オマエはもう二度とワタシからは逃げないと、そう信じているから」

「くっ。なんか狡いぞそれ。でもそんなに俺を求めてるなら真の名で呼べばいいじゃないか。いくらでも来てやるぞ? まっ待ってたんだからな!」

「……人間が……魔王クラスの真の名を……発音できると思うな……!」


 なんてアスタと話していると、エンリオが濡れ布巾を握りしめて小刻みに奮えはじめた。


「聖妃様が、私を……。なのに私は……なんということを……!」


「ああ、それはもう気にしてない。アンタに襲われそうになったのは水に流す。ついでといってはなんだが、ワタシがアンタを殺しそうになったことも水に流して欲しい」

「ころ……なんだって?」


 アスタの戸惑いに、ワタシは頷いた。仕方ない。あんまり教えたくはないが、教えよう。


「エンリオを殺そうとしたんだが、首をかっ切るか千に切り刻もうか迷ってたら殺り損ねた」

「そんな凄惨なことってそんなカジュアルに水に流せるもんか……?」


 魔王に引かれながらワタシは別のことに気づいていた。


 エンリオを殺そうとしたとき、ワタシは彼の魔力を取り出していた。

 だからアスタは性的な刺激を受けて、それでワタシの異変に気づいて助けに来てくれたんだ。


 いい奴だし、偶然とはいえ暴走を止めることでワタシの魂すら救ってくれた。

 やっぱり、ワタシにとってアスタフェルは必要不可欠な人材なんじゃないか?

 というか、もしかして。

 相性のいい人ってこういう奴のことをいうのでは……。


 エンリオはワタシの言葉を聞き、びくっと大きく肩を跳ねさせた。

 ワタシがまさに彼の首を魔力で切りそうになったあの一瞬のことを思い出したのだろう。


「私はあの時、殺意を抱かれた聖妃様のご意志を拒絶した罪深き肉塊。なのに聖妃様、あなたは……こんな私をすら、手厚く看護してくださった……!」


 エンリオがなんか引っかかること言い出したぞ。


「状況がよく見えないんだが、お前ジャンザに殺されそうになったんだよな?」

「はい。銀に光る瞳に魅せられ、尊き殺意に射貫かれて……」


 エンリオの分かりにくい感想を考察するに、どうやらワタシはアスタフェルの魔力を使うときは瞳が銀色になるらしい。魔力で光ってるということだろうか。


「なのに私は恐怖し、聖妃様を拒絶してしまった……」


「それは別に仕方ないだろ。誰だって死にたくないし。それにさ、ジャンザはほら、なんかもう殺意? 引っ込んでるし?」


 アスタフェル、現場を見ていないもんだから全部推量になってるな。


「いえ、聖妃様の美しき殺意を満たせるのなら私は喜んでこの首を差し出すべきでした……」


 ……なんかエンリオ、風の魔王に敬語になってる? ワタシつまり聖妃に関することだから敬語になっているのか?


「風の魔王アスタフェル。あなたは聖妃様を愛し、聖妃様により改心を得ました。即ちもはやあなたはシフォルゼノの信徒も同じこと……。同じ信仰を持ち同じ女性を愛するものとして、聞いてもらいたい頼みがあります」


 なるほど。つまり魔王を聖妃の身内として認めたから、ある程度の敬意は払うということか。


「んー。言いたいことはあるんたが、まあとりあえず頼みとやらを聞くだけ聞いてやる。エンリオ、言ってみろ」


「煮るときは……ベシャメルソースでお願いします」

「は?????」

「私はあれが大好きで……。どうせならあれにまみれたい。そしてナツメグを少し入れていただければ……もう問題はないかと……」

「え。ベシャメルソースってなんだ?」


 アスタフェルの問いに、ワタシはほぼ自動的に答えを口にしていた。


「ベシャメルソースとはグラタンなどに使うソースのことだ。白くてとろっとしたやつ。あれがベシャメルソースだ」

「ああ、あれか。小麦粉とバターと牛乳のやつな。ホワイトシチューの素にもなるやつ。作ったことあるわ」


「そうだ。そのベシャメルソースだ。ワタシもオマエのホワイトシチュー好きだ」

「意味分からん」

「そうか。ワタシは説明しながらなんとなく分かってしまった……」


 げんなりするワタシなど構わず、熱に浮かされたように聖騎士は喋り続けた。


「聖妃様がホワイトシチューをお好きなのも我が福音。聖妃様、殺したらそのあとで私を食べて下さい。ホワイトシチューとグラタンで。あなたと一つになりたいのです! 風の魔王よ、甘めの味付けでお願いします」


 味付け指定かー……。

 いや。待て。

 ちょっと待て。


「なんでアスタが料理するの前提なんだよ! いや食べないからな! 誰がアンタなんか食うか! アホがっ!!!」


 きっぱりと指差して拒否する。

 そのワタシの手をすっと取ったものがあった。無論アスタフェルである。


「悪いな、エンリオ」


 風の魔王はニヤリと笑うと、ワタシの手の甲にチュッとキスをした。


「残念だけど、もう俺がこいつの一部なんだよ」


 ……。

 うーん。これはちょっと、恥ずかしい……。

 だってこれって、()()()()ことを言ってるんだよね……?

 それを見せつけるように手の甲にキスして聖騎士に宣言するとは。ワタシらしくなくドキドキしてしまうじゃないか、こんなの。


「なっ……、すでに聖妃様に己が指を食べさせたと……?」

「どうしても実食のほうに想像行くんだなアンタは」

「ふふ、指どころかもっと凄いものを――」

「オマエも張り合うな黙れ」


 これは、取り合い? ワタシ今男二人に取り合いされてる?

 なんて嫌な取り合いなんだ……。




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