107話 再会!
アスタフェルは寝転がったまま頭を押さえていたが、傍らにうつ伏せで寝ているエンリオを見てばっと起き上がった。
「これは……ここはベッドか?」
「そうだ」
「……お前、えらく可愛いネグリジェ着てるな」
「寝るとこだったんだ」
「エンリオどうしたんだこれ? なんでこんなとこで寝て……え? 俺頭突きしたの、こいつ?」
「オマエの角が真っ直ぐじゃないのが実に惜しいよ。真っ直ぐだったら串刺し間違いなしの、いい角度だったのに」
「やめてくれ……頭に血まみれの聖騎士乗せたくない……いやそうじゃなくて」
ワタシを指差し、次にベッドの上で正体なく寝そべるエンリオを指差して確認する。
そして、彼は現状を飲み込んだ。
「……えええええ!?」
ワタシは頷いて補足する。
「エンリオがワタシを襲おうとしたんだ。そこにオマエが上から現れて頭突きで奴を倒してくれた。だから無事だ。本当に無事かどうかは調べてみないと分からないが」
「えぇ!? だっ……え!? なんでまたそんな。エンリオが!? え、調べないと分からないところに手を出されたのか? てか自分のことなのに分からないのか?」
彼が本当に助けたのはワタシではなく聖騎士エンリオのほうだが……、まあ、そこは特に言う必要も無いだろう。
「ま、いろいろあったんだよ。とにかくワタシは奴には指一本触れられてないよ」
ワタシから手を取って殺そうとはしたけどな。
「とりあえずエンリオを調べよう。気絶しているか、怪我をしているか、死んでいるか、それ以外か。死んでるといいよな。これほど死んでることを期待する検診は初めてだ」
「いや、それよりお前の身体は……」
「ワタシはまったくの無傷さ。我ながら自分が面白いよ。さ、検診検診」
どこか浮き立つ心で軽口をたたきながら、ワタシはベッドの上を膝でエンリオのそばに移動した。
うつ伏せで寝ている彼を仰向けにするが、無反応。
騎士服のはだけた裸の胸に手をあて脈をみる。
……生きてる。その事実に、軽口とは正反対に胸がほっとした。殺そうとした男相手にこれとは、我ながら筋が通ってないとは思う。
エンリオの金髪頭の天頂に軽く触ると、エンリオは軽くうめいた。だが目を覚ますことはない。
「……骨には異常はなさそうだ。出血もない。とりあえず冷やそう」
でも頭への衝撃は今はなんともなくともあとで何か出てくるかもしれないんだよな……。外傷がなくとも、性格が変わったり、記憶がなくなったりすることもあるし。
そうでなくとも頭上からの一撃は首や肩にもダメージを与えるだろうし。もしかしたら腰にも。
油断はしないほうがいい。
ベッドから降りて、テーブルの上にあった布巾を手に取った。水差しの水を使って布巾を濡らし、エンリオの頭頂部に当てる。
本当は薬草を使いたいところだが……ないものは仕方がない。
エンリオの目が覚めたら、どんな感じかよく聞いてみないとな。
……っと、そういえばここには聖神から魔法の力を授かったヒーラーが沢山いるんだったっけ。
とはいえ今すぐ呼びにいくこともできない。魔王がいるわけだし……。
エンリオはひとまず置いとくとして、先に魔王アスタフェルだな。
「オマエは?」
「……え? 俺?」
「頭はもういいのか?」
「え? ……あ、ああ。もう大丈夫だ」
「そうか。ここは風の聖神の修道院だし、風の幻素が豊富だからオマエの怪我にはいいのかもしれないな」
風の幻素のあるなしが風の幻素でできているアスタフェルには文字通り生命線であることは、この間の騒動でよく理解できていた。
「オマエが無事なのが何よりだ。ワタシが無事であったところで、オマエに何かあったのでは寝覚めが悪いからな。勝手に消えるとか論外だぞ。……ほんとに今まで寝覚め悪かったんだからな、アスタフェル」
「ジャンザ……」
アスタフェルはベッドを降りると、ワタシを抱きしめた。
「なんかよく分からんが、お前が無事でよかった……」
しばらく、強い抱擁に身を任せた。
アスタのぬくもりはあの日のことを思い出させた。
もっと心臓が高鳴るかと思ったが、それよりは安心のほうが勝る。
彼を手放したくなくて、敵であるシフォルゼノ教に共に入信させようとした。当然反発をくらい、それでもワタシは無理を押し通そうとし、アスタフェルに逃げられ……。
あんなことをしでかしたのだから、アスタはワタシのことを嫌ったっていいはずだ。愛想をつかされても仕方がないだけのことを、ワタシはした。
なのにアスタフェルは、自分勝手に暴走したワタシを未だにこうして抱きしめてくれる。
それがどんなに安堵感を生むか……。
そんなワタシたちを月が静かに照らし出していた。
ああ、しかし。
あの時も思ったけど。蒼い光に照らされた銀色の髪も、純白の四枚の翼も、曲がった角も。整った顔立ちも、涙ぐんだ空色の瞳も。
こいつ、本当に綺麗だよな……。
なんて見惚れていたら、今更胸が高鳴ってきた。
なのにアスタときたら、ワタシを抱きしめたままビクッとし――。
「うっ、すまん」
一言謝り、――彼はワタシを放した。
「……助かったならもういいな。じゃあな!」
「待て」
どこぞへかと行こうとする彼の腕を、ワタシは咄嗟に捕えた。
「逃げるな」
「猛り狂った囚われの獣は檻から助け出してやったんだ、役目は果たした。あとはお前に食われる前に逃げおおせればミッションクリアだ」
猛獣扱い……。
まあいい、それだけのことをしたわけだし。
「……話を聞いてほしい。あのときのワタシはどうかしていた。本当にすまなかった。それでも……。ワタシから言えたことじゃないが……、あの日のこと。あれだけの関係で終わらせたくないんだ」
ワタシの言葉にアスタの抵抗が止む。
彼は顔をそむけ、ぼそっと小声で言った。
「そりゃ俺だってそうだけど……だが……」
「もう暴走しないと誓う。だから、オマエも……まだワタシのこと好きなら……。もう一度だけでいい。逃げないで、ワタシといてほしい」
彼はしばし、月明かりの中、空色の瞳を逡巡させる。
窓から漏れ入る風の小さな音が、その静寂を破った。
アスタフェルは息を吐いた。
「……よかろう。だが今は分が悪すぎる。絶対に俺が負ける。武器を携え戻って来たそのあかつきに、再び相まみえてやろうぞ」
「なに言ってんのオマエ」
「フィナに弱点聞いてくるから、喧嘩するならそれまで待ってろってことだ」
「っ!」
フィナ……! 今コイツ、フィナって言ったか!?
「どういう意味だ、アスタフェル。フィナが……、フィナってあのフィナか? なんでフィナが?」
「お前のこと相談しようと思ってな。フィナはお前のことよく知ってるだろうし」
「フィナに……フィナに何を言う気だ? フィナは無事なのか? 魔界でフィナはどういうことになってるんだ?」
三ヶ月前、アスタフェルはフィナをダシに使ってワタシを魔界に連れ去ろうとした。フィナはワタシの亡き師匠の使い魔だった魔物で、ワタシにとっては家族だからだ。
家族を殺さない代わりにワタシに魔界に来い、と彼は言ったのだ。
結局あの日アスタフェルはワタシの暴走により魔界へと逃げたので、あの話は立ち消えになり、ワタシはその後の展開を知らない。
あれからもう三ヶ月が経っている。
フィナは無事なのだろうか……。
「ああ――、フィナはまだ生きてるぞ。元気に墓守継続中だ。ただ俺の統治下において勝手に制裁とか虐殺されるのも困るから、さすがに討伐するかなーとか考えてたところだ」
「そうか……無事か……」
よかった……アスタフェルが呑気でよかった……。
でも魔王は討伐を考えている。これはこのまま帰さないほうがいいよな……。
その時、強風が当たって、窓がひときわ大きくガタッと揺れた。
「う……」
静かな息遣いが聞こえた。
そしてベッドが軋み、エンリオが腰を起こす。頭の頂点に当てていた濡れ布巾がポロッと背に落ちた。
「これは……」
胸がはだけたままのエンリオは、背中に引っかかった濡れ布巾を手にして周囲を見渡した。そしてワタシと……そしてアスタフェルを見つけて青緑の瞳を瞬きさせる。
「せ、聖妃様……と、魔王……?」
エンリオの意識はちゃんとしているようだ。痛みに顔をしかめているというわけでもない。
そこはよかったと、とりあえず胸をなで下ろした。