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106話 駄目なのに。心はあなたのもとに帰りたがる:アスタフェル視点2

◇ アスタフェル視点です


 したことだけを見れば、アスタフェルがしたことはどう考えてもヤリ逃げである。

 それってどうなんだよ、と自分ですら思うそれを、風のお掃除妖精シルフィは難しい顔をしながらキッパリ否定した。


 銀色の小妖精に救いを求めるように、アスタフェルは口を開く。


「……そのようなこと。なぜ思う」


「妙にヤリ逃げ男の肩を持つし。しかも未練たっぷりっぽいし」

「シルフィ!」


 ゼーヴァが恐る恐るという感じでアスタフェルに顔を向けた。


「申し訳ありません、魔王様。シルフィにはあとでキツく言っておきますので、どうかお許しを」


「いや、いいんだ。シルフィ、そうではなくてだな。何故俺は……違う、と?」


「そりゃ分かりますよ。魔王様、まだその方のこと好きなんでしょ?」


 シルフィの問いに、アスタフェルは素直にこくんと頷いた。

 好きは好きである。だからこそ苦しい。


「その方とまた会ったら、どうします?」


 どうしよう。

 シルフィの問いにアスタフェルは考え込んでしまう。

 ジャンザは変わりそうにないし、自分も変わるわけにはいかない。だがジャンザの夢も叶って欲しい。


 それでも、もし会ったら……。


「……分からん」


 アスタフェルは認めた。自分が何をしたいのか、分からない。


「でも、会いたい……」


 好きだから会いたいというのは、至極単純で当たり前のことだ。


 だが会うわけにはいかない。

 少なくとも、アスタフェルから会いに行くわけには……。


 真の名を呼べばいいのに、そうしたらもう一度会えるのに、と何度思ったことか。

 だがそれは、シフォルゼノにナニカされたということ。それはそれで切ない。


 そうしているうちに、きっと、俺はジャンザを忘れる。――永い時を生きてきたアスタフェルはそれを知っていた。


 忘れる。忘れる。忘れろ――。


「なら、逃げてないですよ」


「…………………………」


 アスタフェルは目を閉じ、息を深く吸った。


 思い出すのはジャンザのことばかり。

 気が強い我が強いアクが強い。強いの三拍子揃い踏み。特に魔王ですら引かせるほどのアクの強さは並大抵のものではない。

 それでも……。やっぱり、好きだった。


「三ヶ月もそんなに思い悩むくらいなら、もう一度その方に会って、ちゃんと気持ちを伝えてみたらいいと思いますけどね。魔王様かなりの重症だし」


「だが、結局同じことの繰り返しになるだろう。あのジャンザを変えることができると思うか?」


「変えようとしてるんですか?」


「……好きだからな」


 不意に、鼻の奥がツンとした。慌てて涙をこらえる。


「そのままのあいつが好きなのに変えようとするのは、変だよな」


「お二人のその流れ、変えられたらいいんですけどね」


「流れ……」


 アスタフェルの反芻に、シルフィはこくんと頷いた。


「本人たちだけであーだこーだしてるから行き詰まってこうなっちゃったんでしょうし。その流れを変えるには他人に外から見てもらってアドバイスをもらうのが一番なんですけど……。もちろん人選には気をつけないといけませんけど」


「しかし誰に見てもらえと? お前やゼーヴァではジャンザを知らなすぎて相談するにも何もないと思うが……」


 普通の恋愛相談ならそれでもいいが、相手は猛り狂うジャンザである。あんなのどうやって説明すればいいのかすら……。


「例えば、そのジャンザさんについて詳しい方とかいませんか? 家族とか、小さい頃からの親しい友達だとか。魔王様の知らないジャンザさんの一面を知ってそうな人」


「そういうのなら、いるはいる……」


 というか、いた。

 ジャンザを赤ん坊の頃から育てた、親代わりの師匠だ。


 だがすでに亡き人物で、いまはかつての使い魔フィナがその亡骸を守っている……。


 アスタフェルはハッとした。


 フィナはこの魔界において、ジャンザという人間と面識がある数少ない魔物の一人だ。


「フィナ……」


 魔女の墓守。ジャンザの亡き師の使い魔だったフィナ。


 ジャンザが赤ん坊のときからジャンザと共に生活していた、いわば家族。


 ジャンザがアスタフェルに無理強いしてきたことを、ジャンザをよく知るフィナならどう判断するだろう。


 フィナはこの流れをどう見るか。

 少なくとも、ジャンザのことを相談できるまたといない魔物である。


 と、その時――。


 唐突に、性的な高まりがアスタフェルを捕らえた。

 同時に力がどこかに吸い取られていく感覚がある。


 握りしめ扱かれるような快感はどんどん強くなっていくばかり……。

 この感覚には覚えがあった。


 アスタフェルは執務机に手を突いて、快楽に耐えようと必死である。


「や、ヤバいって、ジャンザ。こんなところで……っ」

「魔王様! どうなされたのですか!?」


 魔王の突然の変容にゼーヴァが慌てて近寄ってくるが、アスタフェルは片腕を上げて制した。


「いや、これは……。っやめ……!」


 これは何度も経験していることだった。

 ジャンザがアスタフェルの魔力を取り出して使う時に起こる現象である。

 ジャンザは、自分の意志に反して魔力が勝手に抜けていくのが性的な部分に刺激を与えているのだろう、と分析していたが――。


「ジャンザ……っ」


 ゴクンと生唾を飲み込んで堪えようとする。


 ジャンザが魔王の魔力を使っている。

 すでに聖妃として名乗りを上げたジャンザが。聖妃の力ではなく、魔王の力を……。


 なにかあった、と考えるべきだ。

 とにかく、魔王の魔力に頼らざるを得ないような事態に、今、聖妃のジャンザはいる。


 それはつまり、ジャンザが危機に晒されているということ。


 アスタフェルは快楽に負けそうになる頭をなんとか上げ、ゼーヴァに宣言した。


「い、行ってくる。いや行くってそういうイクじゃなくて、とりあえずちょっと行ってジャンザ助けてくるわ」

「魔王様、一体何が――」

「好きな女を助けてくる。俺が帰ってくるまでは絶対にフィナに手を付けるなよ、いいな」

「はっ。かしこまりました。お早いお帰りをお待ちしております」


 ゼーヴァはぴしっと背筋を伸ばした。

 散々放っておいた問題に、アスタフェルが強い調子で触れたのである。宰相としても嬉しいだろう。


「そ、それとシルフィ」

「はい?」

「……ありがとうな」

「どういたしまして。私は何もしてませんが……でもお掃除妖精として、魔王様が心を整理整頓するお手伝いができたのだとしたら大満足です。行ってらっしゃい、魔王様!」


 アスタフェルは頷くと、精神を集中しようとした。


 真の名をジャンザに握られたアスタフェルは、彼女のそばにいくために大した労力を必要としない。


 ただジャンザのそばに行きたいと願うだけで、次元すら超える。

 この三ヶ月、ずっと我慢していたことである。


 本当は、愛しい女性の近くに行きたくて行きたくて行きたくてたまらなかった。

 ジャンザのそばに。ジャンザのすべすべの肌を堪能して、素敵な熱さに包みこまれて……、駄目だ思考がどうしてもそちら側に行ってしまう。でも仕方がないではないか、こんな快楽を与えられ続けたら思考だって支配される。仕方ない。


 仕方ないことだ。


(仕方ない、仕方ない……)


 アスタフェルは脳内いっぱいに『仕方ない』という文言を展開させた。

 そうでもしないとあられもない姿のジャンザを思い出していまい、確実に快楽に負けるから。

 だがそろそろもう負けてもイイかな、とも思い始めている。


 さあ、魔王としての尊厳を越える前に、はやく次元を越えよう。

 そして愛しいジャンザに会おう。でないと保たない。

 早く、早く。


 アスタフェルは集中しようと息を吸い叫ぶ。


「ジャンザアアアアアアッッ! ……っ」


 しかしいざ次元を超えようとしたその瞬間、快楽がアスタフェルを襲った。

 おかげでほんの少しだけ感覚がズレる。


 頭から落ちる浮遊感――ゴッチン!!!!!


 頭頂部(てっぺん)への衝撃が、魔王を襲った。






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