表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/117

104話 狂人対決 ※R15注意

「ま、まあ待て」


 ベッドの上、真剣な顔とはだけた騎士服でにじり寄ってくるエンリオ。

 ワタシはゆっくりと彼に掌を見せると、それを下げた。とりあえず落ち着け、という身振りだ。


「もしかしたらアンタ、今自分がしていることが自分で分かってないのかも知れないからいうけどさ。アンタは聖妃に手を付けようとしている。神様の女を横からかっ攫うとか、シフォルゼノが怖くないのか? アンタはシフォルゼノの聖騎士なんだろ?」


 すると意外なことに、エンリオは困ったような表情を整った顔に浮かべた。


「申し訳ありません。仰っている意味がちょっと、理解できません」


「ええと、だからシフォルゼノと結婚したワタシを……」


 言いかけて、ハッと気付く。

 ワタシまだシフォルゼノと結婚してないんだった。婚姻の儀式は入信してからだし、その入信は聖地に行かないとできないし。


「ま、まだ結婚してないかも知れないけど。でもほら、天においては神様と結婚してたんだろ? だったらもう儀式とか関係なく、ワタシって人妻だよな。そういうことにしておこう?」

「あなたは過去においても未来においても風の聖妃です。我らの聖神シフォルゼノの、たった一人の愛しきお妃様です」

「ならなんでその聖妃に手を付けようとするんだよ」


「手を付けようなどしていません。そのような、畏れ多いこと……」

「……は? いや付けようとしてるだろ、手。現にこうやって迫ってきてるじゃないか」


「あなたは愛する魔王との別れを経験し、心に大きな傷を負ってしまわれました。それ故に聖妃の力すら拒否しておられる。そんなあなたを満たし、安らぎをもって聖妃としての運命を受け入れていただきたいと――私が願うのは、それだけです」

「男で傷ついたんなら男で癒やすってのは、確かにまあ一理あるけどさ。でもそれが問題なんだってば」


「私を男だと思わないでください」

「……アンタ女だったのか」

「いえ……人間だと思わないでください、という意味です。私はあなたを満たすだけの――ただの、男の形をした性具です」


「ええっと。……つまり、ワタシはアンタという道具を使って自慰行為をすればいいわけ? それで心を満たせって?」

「はい。その通りです」


 ようやく通じた――と言わんばかりに、エンリオの顔に柔らかい微笑みが戻った。


 いやその通りって言われてもな。


「道具は冷たい。でも私は温かい。人肌の温もりならば、ただの道具よりあなたを満たすことができるでしょう」


 自分を生きた張り形扱いしろと。それでアスタと別れた傷を癒やし、心の隙間を満たして、満足したら聖妃としての力を使えと。他意はまったくないから不道徳なことをしている自覚もなく、神に逆らう禁忌感もないと。


 なるほど。

 理解できた。

 コイツ、狂ってる。


 ワタシは顔をうつむかせた。

 感情が泡立ち、肩が小刻みに震える――。


「聖妃様。怖いのですか? 魔王には及ばないかもしれませんが、精一杯、優しくご奉仕しますから……」


 すでに息が掛かるほど近寄ってきていたエンリオが、そっとワタシの髪を撫でた。


「……笑ってるのさ」


 ワタシは顔を上げると、エンリオの手首を掴んだ。


「アンタは狂ってる。だがな、残念。そんなアンタに負ける気がしないんだ、ワタシ」


 腹の底から、嵐に揺れる木々のようなざわめきが沸き上がってくる。

 面白い、面白い、面白い――。

 このワタシに狂気で挑もうっていうのか、コイツ。


 自分でも分かる。今、ワタシの目は嫌なくらい輝いてる。

 全力で闘う歓びに満ち溢れた狂戦士のように……。


「魔王をすら()()させたこのワタシを甘く見るなよ、エンリオ。アンタなんてどうとでもなる。ワタシが本気になればな」

「なっ――」


 異変を感じ取ったのだろう。

 エンリオ慌てて手を引こうとする。だが、ワタシは手首を放しはしない。


「相手が悪かったな。確かにワタシは聖妃だが――控えめにいって、性格は最悪なのさ」


 皮肉なものだ。


 元はといえば王子を籠絡するためにはコイツが邪魔で、仕方なくワタシは魔物を召喚したんだ。――ただただ、聖騎士エンリオを始末するためだけに。


 自分が聖妃だったことでアスタフェルに真の名を押しつけられてまで粘着されて……いろいろあって、なんだかんだ、ワタシも結局丸くなっていた。


 エンリオを殺さなかったのは、なんでだっけ。

 確かアスタに止められたんだよな。

 魔王の力を使ってエンリオを殺せば、この世界を守護する聖神たちが黙ってない、と。


 でも……、どうなろうと知ったことか。アスタのいないこの世界になんか、もう興味はない。

 今、目の前のエンリオを殺す。そうすれば、それで全てうまくいくんだ。


 全てだ。全て。全てが解決する。

 でも何がどう全て解決するというのか?


 ……殺す理由を探すのが面倒だ。


 ああ、もういい。エンリオを殺す。それだけだ。そうしたらワタシは全てうまくいく。エンリオを殺すだけでそうなるなんて。なんて素晴らしいんだ!


 精神を集中させる。


 発音できない真の名ではあるが、それでも魔王の力を取り出すことはできる。あの莫大な、とんでもなく強力な魔力を。


 通常、魔女は自分の寿命と引き換えに魔力を使う。

 だが使うのは魔王の魔力だ。

 自分の魔力を使うのでなければ、ワタシの命はそのままに。あの魔力を使いまくることができる。コホンと咳をしただけで世界を壊すことだってできる……ワタシならそれが可能……。


 それをまだ、ワタシは使える。

 真の名による束縛は、世界の秩序をあっさり超える。


 だから、遙けき彼方より来い。――魔王の魔力!


 途端に銀の光が、ワタシの腹の底から沸き上がった。


 久しく使っていなかった風の魔王(アスタフェル)の力。

 無尽蔵の魔力と、限界のない高まり。これがあればなんでもできるという全能感。


「さぁ、聖騎士様。どうやって死にたい? 風の刃で千に切り刻んでやろうか。それとも一思(ひとおも)いに喉をかっ切ってほしいかい?」


 銀光に照らされたエンリオの整った顔が恐怖に歪む。

 恐慌状態に陥った彼は手を振りほどこうともがくが、ワタシが銀の魔力を込めて拘束しているのでびくともしない。


 それでもエンリオはワタシから逃れようと、取られた手を引っ張って後ろに下がろうと全力を出していた。


「や、やめ……聖妃様、聖妃様!」


「おいおい、頼むから命乞いなんかしないでくれよ。アンタも狂人なら狂人らしく、最後まで格好付けてくれよな」


 なんて、高揚する気分のままにニヤリと笑ってみせるワタシ。


 が。


「ジャンザアアアアアアッッ!」


 どこか遠くから……とても懐かしい、会いたくてたまらない男性の声が響き……。


 ゴッチン!!!!!


 というアホみたいな音がして。

 ボウン、とベッドのスプリングが跳ねて。


 したたかに頭をぶつけた二人の男が、仲良くベッドの上に伸びていたのだった。


 四枚の純白の翼を持つ美青年はすぐに気がついたが、寝転がったまま身を縮こまらせた。


 頭を両手で強く押さえ、呻く。


()っでぇぇええええええ……!」


 魔物の王が真っ逆さまに上から落ちてきたのだ。


 ……いやオマエ、角……。捻れた角をこめかみから生やしてるのに……角を避けてうまいこと頭蓋の頂点で頭突きしたな。偶然なんだろうけど、器用な奴……。


「大丈夫か?」


 とりあえず、ワタシはそう声を掛けた。


「痛い痛い痛い。頭、割れてないか!?」

「オマエの傷はほっといても治るんだろ?」

「まあそうだけど、痛いもんは痛いんだよ!」


 なんて空色の瞳を潤ませて泣き言を言う青年。


 それから……。


「あ、ジャンザ! 助けに来たぞ!」


 と寝そべったままワタシを見上げた。


「……はぁっ」


 ワタシは思わず溜め息を吐き出した。

 気勢が削がれたのだ。


 いつの間にか高めていた銀の魔力もなくなっているし、固定しておいたはずのエンリオの手も放していた。


 ……なんだか、妙な破壊衝動に取り憑かれていた。

 それをこの銀髪の美青年に解除してもらったような……。


 以前もアスタフェルには気勢を削がれまくっていた。もしかしたらアスタフェルには、ワタシの気勢を削ぐ特殊能力が備わっているのかもしれない。


 そしてこいつに気勢を削いでもらうのは、ワタシの人生にとっては必要不可欠なことなのかもしれない……。

 何をしでかすか分からない――制御しきれない自分なんて、耐えられない。


「ええと。ありがとう、アスタフェル」


 ワタシを止めてくれて……。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ