102話 だから、鎌をかけてみた
「分かった。チェックしてくれてどうもありがとう。それくれ」
とりあえず、あんまり刺激しないないでおこう。
エンリオの笑顔を見ないふりをしながらプレゼントの小箱を受け取ると、ワタシはそれを執務机の上に適当に置いた。
我ながらお高い宝石が入っているような扱いではない。
が、こんなのばっかりもらっていればさすがに扱いも雑になる。
そう広くもない執務室には、今や色とりどりのリボンと包装紙、それに箱が所狭しと散乱していた。
中身はすでにワタシ用の金庫に入れてある。
すべてアーク王子から届けられた、貴金属や服飾品を包んでいた物のなれの果てだ。そろそろこのゴミも片さないといけない。
「せっかくですし、今ここでお着けになられてみては? 姿見をお持ちしますよ。私も見たいですし」
「やめとく。アスタの頭になら戴っけてみたいけどな」
あいつ綺麗だし、豪華な宝飾品なんて滅茶苦茶似合うだろうなあ……。
「……? あっ、確かに聖妃様が世俗のティアラを着けたところで、お召しになられているローブの何億分の一の価値にもなりはしない、それならばこんなもの魔王にくれてしまえ、ということですね。深いです」
「いやそこまでは……。まあ確かにこれ、ただの支給品にしては上物だよね」
今着ているこのローブ、ひと目見ただけで最上級品と分かる、とろんとした肌触りのクリーム色のローブである。手を動かすと袖に刺繍された細やかな金糸がきらきらしてとても美しい。
「実はそれ、私のポケットマネーで作らせたものです」
「え」
唐突なエンリオの告白に、ワタシは固まった。
「聖妃様には上品なローブがお似合いかと思いまして、奮発いたしました。長年私が預からせていただいていた猊下の涙……『風の聖妃の涙』があなたの胸元により映えるよう、デザインも私がしました。私の意匠が聖妃様のお身体を優しく包み込んでいるということは、僭越ながら私が包み込んでいるも同然。なおかつそれをお褒めいただける……、感無量です、聖妃様」
頬を薔薇色に染めて青緑の瞳に涙を浮かべるエンリオ。
このクリーム色のローブを支給されたとき、常に宝石を身に着けているようにと言われて、今だって首から下げいるけど。
確かにこのクリーム色のローブ、緑色の宝石によく似合うなあと思ってたけど。
エンリオの…………………。
……脱ごうかな? でも他に着るものないんだよなあ、黒いローブは取り上げられてしまったし。着替えもこんなんばかりだから、多分エンリオの……。
「ですが猊下のことです、煌びやかなドレスも見事に着こなされることでしょう……絢爛豪華なドレス姿の聖妃様……宝石など足元にも及ばない、翡翠色の美しい瞳、輝くばかりの金の髪……。あぁ……艶やか。素晴らしい……」
高価なドレスと宝飾品を身につけた金髪碧眼のワタシを想像したのか、エンリオは深く熱いため息をついた。
ちなみにワタシはアスタと別れて以来一度も力を使っていない。なので、未だ土色の髪に黒い瞳のままである。
……変身したら、アスタがいないと元に戻れないからね。
「そ、そうか。けど王子様から貰った高価な物は大事にしたいんだよね」
「もったいないから着ない、ということですか?」
「いや、どうせ誰かに賄――ごほっ、誰かに譲るつもりだから、それなら未使用のほうがいいかなーって」
ここに軟禁されてからというもの、ほぼ毎日のようにアーク王子から高価な贈り物が届いていた。
メッセージカードには、聖妃様のご栄光に与るべく、どうかお納めくださいませ――とかなんとかそういった文言が書いてあるのだが、王子の真意が別にあるのなんか承知済みだ。
ワタシはあの王子に愛人に誘われていた身である。
それが風の聖妃だということになってしまったため、なんとかして自分の失態を隠したくてたまらない王子は、ワタシに高価な物を送りつけてきているのだ。
要は口封じのための賂である。
で、最初は送り返してやろうかと思ったのだが――。
王子の人妻好きを暴くよりは、これからのワタシのためになってもらおうと思い直した。
有り体に言うと、聖域でワタシの立場を作るための賄賂として使おうと思っている。
「それならば尚のこと、いちど聖妃様が身につけられたほうがよろしいかと存じます。聖妃様の汗の匂いやいろいろなものが染みついたドレスや宝飾品は、我ら信徒にとってはそれだけで世界の存亡を掛けてもいいくらいの宝です」
「絶対に身につけないからな!」
熱い、熱いよエンリオ。その青緑の瞳の輝きが熱い!
アスタフェルにも同じようなこと度々言われてたけど、特になんとも思わなかったのに。
エンリオに言われると熱っ苦しいし、なんだか抉ってくるような怖さがある。
こんな奴が身近にいて――エンリオ曰く、彼はワタシの筆頭聖騎士といって、専属の騎士になるそうなんだけど。
大丈夫なのか、これ。
アスタがいないから自分で自分を守らなくちゃいけないのに。とりあえず、焼き尽くされないように気を付けないといけない。
「アス――」
やば、アスタフェルのこと考えてたから口から勝手に名前が飛び出てしまった。慌てて言い直す。
「と、ところでエンリオ。聖地から手紙の返事は来たか?」
これが目下の問題である。
この修道院に閉じ込められてからというもの、幾度となく『早くそっちに移動したい』という内容の手紙を聖地の大神官宛に送っているのだが……。
「聖地は現在、聖妃様の受け入れ体勢を整えているところです。聖妃様におかれましては、今しばらくこの修道院にてご辛抱をたまわりたく――」
「いっつもそれだけどさ。それを記した返事も来ないって、おかしくない?」
何度も何度も出してるのに音信不通。駄目なら駄目でその理由を書いた返信があってもいいのに、それもなしで全部エンリオからの言伝だ。
「ああ、確かに。おかしいですね」
「だろ? 返事貰いたいだけなのに。何回これ書きゃいいんだよ」
ワタシは机の上の手紙を見た。
今回の手紙で何度目の陳情になるのか……。
「こっちは聖妃だってのに。ちょっと軽く扱われすぎじゃないか? こんなところに閉じ込められるわ、手紙の返事も来ないわ」
そこで息をつき、わざとらしすぎない程度にハッとしてみせる。
「――まさか、誰かが意図的にここにワタシを閉じ込めてるっていうのか?」
エンリオは余計に輝く微笑みをたたえた。
「……すぐに返事を催促いたします、猊下」
「そのついでにこれも渡しといて」
と、書いた手紙を封筒に入れてワタシのサインをし、エンリオに差し出す。
「かしこまりました、こちらもすぐに手配いたします。では、私はこれにて……」
「エンリオ」
礼をして部屋を出て行こうとするエンリオの背に、ワタシは駄目押しで声を掛ける。
「できるだけ早く頼む」
「……かしこまりました」
彼はふと立ち止まり……顎に手を当てて窓の外を思案顔で眺めた。
「猊下。アスタならこんな時――、なんて言うでしょうね?」
「さぁな。身近な奴に注意しろ、くらい言うかもな」
「……では、これにて」
ワタシの言葉は笑顔で流し、彼は軽く会釈すると部屋を出て行った。
……結論からいうと、エンリオがワタシをここに閉じ込めている可能性が高い。
部屋から出るときはいつもエンリオが一緒だし、聖騎士団の人たちも近寄らせないし、修道院の人たちともほとんど接触させてくれないし。とにかく情報が得られない、彼しかいない。
だが、それだけではなんとも言えない。
聖地が新しい聖妃を迎え入れる体制を作るのに、ただただ三ヶ月以上かかっているだけという可能性だって十分ある。シフォルゼノ教団は大きな組織だから小回りは効きづらいだろうし。
というわけで鎌をかけてみたのだが。
これで少しは事態が動くといいが……。