101話 閉じ込めた魔女に、筆頭聖騎士本領発揮
『早く聖地に行きたいものです。聖妃としてのお役目を果たせず、気ばかりが焦ります。何故ワタシは足止めされているのでしょうか。是非、お返事を賜りたく存じます』
というようなことを手紙にしたためたワタシは、ふぅっと息をついて視線を上げた。
アスタとの別れ――あれからすでに三ヶ月が経過していた。
ここはスラス崖にある修道院。そしてワタシは、崖にへばりつくようにして建っている修道院の一室にいた。何故かここに軟禁されているのだ。
眺めた窓の外には、広く地平が広がっている。
麓に広がるのは地平まで繋がる大森林、その上に広がる青い空だった。 軟禁されている修道院は高い崖にへばりついてるだけあって、眺めはいい。
森も空もすでに色に紗がかかったような晩秋の様子を見せている。
アスタフェルと別れたときはまだ暑い日が多かったが、最近は寒い日もあるくらいで、すっかり季節は変わっていた。
そのこと――アスタフェルとの一連の出来事については寂寥感もあるが、いつまでもそれにかかりっきりになっている訳にもいかなかった。
ワタシにはワタシの人生がある。
ワタシが今着ているのはクリーム色の上質なローブだし、首からは緑色の『宝石』をぶら下げている。
さすがに魔女の黒ローブは駄目だということで、これを教団から支給されたのだ。
そんな格好のワタシがここに軟禁されていて、崖の修道院の一室から遙か遠くを見てため息をつく……なんてのは、そこだけ見ればちょっとは絵になる光景かも知れない。なんといってもワタシは風の聖妃なのだから……。
コンコン、とドアがノックされ、白い騎士服姿の聖騎士エンリオが顔を覗かせた。
「聖妃様、調子はどうですか?」
「悪いね。最悪。三ヶ月もこんなところに閉じ込められてたら調子も悪くなるさ」
アスタフェルと別れた日の、翌日。
魔女の家を街に返し、荷物を整理し、借りていた物を返却し。
迎えの聖騎士たちと共に、ほぼ身一つでシフォルゼノ教団へと赴いた。
そしてすぐに聖地へと移動を始めたはずだった。
……が。
道行きは、ここでストップしている。
聖地での受け入れ体制が整っていないから、とかなんとかエンリオは言っていたけど……。
どうなんだろうね。
「それはそれは。こちらの調子はとてもよろしいのに」
と、エンリオは折りたたんだ紙をワタシに渡してきた。
「この間のテストの結果です。さすが聖妃様、満点ですよ」
「アスタなら、さすがは俺の頭でっかち魔女よ! とかいうところだな」
ふぅ、とため息まじりに返した。
自慢じゃないが、暗記は得意なんである。
テスト結果の紙を開き、中身を改める。……エンリオが言ったとおりの内容で、すべてが正解とされていた。
ワタシはここで、シフォルゼノ教団へ入信するための勉強をしているのである。
ひょいと行ってすぐ入信できるかと思っていたのに、実際には聖地にて入信の儀式をしないと入信できないし、正式に聖妃として認められるためには聖神シフォルゼノから妃としての祝福を受ける『聖婚の儀式』をしなければならない、とのことであった。
それまで何もしないというのも時間が勿体ないので、ここで教団と聖妃についての勉強をしているのだ。……面倒くさい。
だからワタシは未だシフォルゼノ教の信徒というわけではない。聖妃として信徒たちの前に大々的に出るなんてこともできない。それは聖地に行ってからのお楽しみである。
しかしなにが楽しくてシフォルゼノ教の教義、成り立ち、儀式、歴史、聖人たち、歴代の聖妃、教団の各支部がどこにあるか、様々な各組織について――なんてことを丸暗記しなければならないのか。
ワタシの脳のリソースは、そんなものを覚えるためにあるわけではないのに。
「この間のテストで取りこぼしていた信徒への接し方、きちんと挽回されてますね。さすが、私の完璧な聖妃様です」
「……ありがとう」
聖妃としての振る舞いや物腰なども勉強させられていた。それから聖妃としての心構えなんかも。いわゆる、聖妃教育というやつだ。
ワタシはそれがどうもしっくりこなくて、つい自分を押し通そうとしてしまう。
例えば、身体の不調を訴える信者が助けを求めてきたらどう接するか? という設問があった。
まずは観察。しかるのち、薬草を処方。というのがワタシのやり方だが、教団が用意した正解は違った。
正解は、にっこり笑ってまずは安心させ、それから近くの聖職者にあとを任しましょう、だった。
聖妃としての力を使って癒やすことすら、教団は『ご遠慮下さい』といってきている。
まあ、もし聖妃の力で一般信者の病気を治したら我も我もと次々人が押し寄せてくることになるだろうから、そうさせないためには教団の判断も分かるっちゃ分かるんだけど……。
それなら薬草薬使わせてよ……と思うのだが、それも聖妃らしくない、という理由で不正解とされた。
仕方なく教団の用意した正解を書いてやったのだが……信念を曲げるこの屈辱たるや。
くそっ、早く教団のお偉いさんたちと信頼関係を結んで、こっちのいうこときかせられるようにしないと……。
「それから――」
とエンリオは豪華なリボンで彩られた箱を差し出してきた。
「聖妃様、こちらアーク王子からでございます」
「ありがと。今度はまた宝石かな。大きさからしてドレスじゃないし」
「血のように赤い紅玉石のティアラでしたよ」
「見たのかよ」
「猊下へのプレゼントは私へのプレゼントも同じこと」
「明確に違うよ」
「危険物が紛れ込んでいるかもしれませんので、聖妃様への贈り物は筆頭聖騎士たるこの私が全て開け調べているのです。安全かどうかをしっかりと確かめなくてはなりませんからね。ですから、猊下へのプレゼントは私へのプレゼントと同じです」
言い切った金髪碧眼の美形聖騎士は、こちらが不安になるほどの爽やかな笑顔でワタシに笑いかけてくる。
……いやあ、見事に監視されてる。しかもまったくの悪意もなしに。
やっぱりコイツ、聖妃に関しての熱意に問題がある。
まさか自分が聖妃だとは思ってなかったから、彼のそのへんの特色については特に気にしてなかったけど……。
いや、一応、ちゃんと彼の言には論拠がある。
聖妃への贈り物が危険物でないか確かめるなんてのは、筆頭聖騎士たる彼の当たり前な仕事の一つだろうし。
ここはまだ、糾弾できるようなところじゃない……かな。