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98話 口づけの、本当のこと ※R15注意

「愚かだな……」


 知らず、ワタシは呟いていた。

 その言葉がアスタにあててか、自分にあててか。どちらかかも分からない。


 だがそれぞれの感情は、それぞれの感情として。

 ワタシがやられるままにやられるとでも思っているのだとしたら……。


「見くびるなよ、アスタ。魔女であり聖妃であり――」


 掌の中の宝石(タリスマン)に、意識を移す。


「オマエの真の名まで握る、このワタシを」


 力を貸してくれ、『風の聖妃(スフェーネ)の涙』――ワタシの涙よ。


 祈りと共に、碧の光が溢れ出た。

 爽やかな風が全身に巡り、力が……聖なる風の力が、腹の底に溜まっていく。


 鏡を見るまでもない。今のワタシは、金髪に緑色の瞳の風の聖妃(スフェーネ)だ。


「……ああ、いくらでも俺を縛るがいい。俺は縛られたい。お前に」


「面白い。だが口だけのオマエのことなどもう信じない」

「俺はお前だけに縛られたいんだよ。シフォルとかそういうのはいらん」


 やっぱり、決裂。


 ワタシは自分の野望を叶えるために。魔王を含めた全てをこの手にするために。魔王を、従える必要がある。


 不意に、目の前のアスタフェルに、強烈な既視感を覚えた。

 捩れた角、四枚の翼。黒い長衣、銀色の髪。

 人間ではあり得ないほど並外れた、美しい容姿。

 魔王と対峙する緊張感……。

 これは……そうだ。彼と初めて会った時だ。


 あの時ワタシは、師匠が亡くなって、世間に向かって師匠の仇を討ちたくて、気を滾らせていた。ワタシは必死に砂を巻き上げて、それでも足りなくて、もっと風威を、もっと巻き上げる砂礫を! と喘いでいた。


 そして聖騎士という邪魔者を排除せんがため、師に禁じられていた方法で力を求めた。


 ……出てきたのは、風の魔王アスタフェル。


 それが、突然襲い掛かってきて……。


 あの時と同じ事を繰り返している。

 『襲う』の意味合いが違うが……。結局、ワタシは魔王を力尽くで従えようとしている。あの時と同じように。


 魔王が突然ワタシの目の前に来て、ワタシを四枚の白い翼で優しく包みこんだのも……記憶の中の魔王を見ているかのようで、どこか現実味が薄かった。


 え、これ。いつの間に……。


「……なあ」


 茫然と彼を見上げるワタシの背を、純白の柔らかい翼が包みこんでしまう。ワタシはそれでも、彼の瞳に見惚れていた。空色の、美しい瞳に。


 思わず――その瞳に吸い込まれそうになる。


 そっと、顎を摘ままれた。

 アスタフェルは潤んだ瞳で囁く。


「こんなのって、ないよな」


 ワタシの鼻と、アスタの形のいい鼻が触れ合う。

 その感触に……全身が総毛立った。


「や、やめろ……」


 アホみたいな現実だった。

 ワタシは、アスタを拒否できない……。


 決意したのに。

 アスタフェルをぶっ潰すと、そうやって従わせると。

 そうして、師匠の仇も討ち、アスタフェルも手に入れる。両方叶えるって、――決意したのに!


 なのに、足がすくみ、手が震え、思考が乱れる。何が起きている……!!

 気圧されてるっていうのか? 風の魔王に……?


「これがお前の……()()()の、初めてのキスなんてさ」


 そっと。唇が触れる。


 ここまでは……したことがあった。それも最近。昨日の夜のことだ。


 だが。彼の唇が優しくひらいた。

 暖かく湿った舌先が、ワタシの閉じた唇の割れ目をそっとなぞる。


「っ……」


 ぞくっと背筋が痺れ、我知らず吐息が漏れた。

 その拍子に唇が緩み、アスタフェルの舌が入り込んでくる。


 だが、ワタシの意識はすぐに違う所に引き寄せられた。

 キスの甘さなんて、もはやどうでもいい。


 ――()()。これは。


 ()()の衝撃にワタシは硬直し、その間にアスタのなすがままになる。


 物凄く色っぽいことをされているという自覚はあるし、普通の精神状態ならちょっとくらいロマンティックにときめいたのだろうけれども。

 今はちょっと、その気にはなれなかった。


 ()()を確かめようと、ワタシは目をかっぴらいて彼の口の中に自分の舌を突っ込んだ。


 少し熱めの適度な体温。暖かく、ぬめっている。……どこか、甘い気がした。


 より密着できるよう、アスタが顎の向きを変えて受け入れる。


 ……ああ、やっぱり。


 彼の口のなかには聖なる力とは別の力がある。それがワタシに伝わって、腹に落ちていく。付け焼き刃の聖妃の力なんかより、よっぽど馴染んだこの力。


 ――これは、魔力。


 いつの間にかアスタは目を閉じていて、それが薄く開きワタシの様子を伺ってきた。

 そうするとワタシのかっぴらきな目と間近で空色の瞳が合うわけで、アスタは慌てて目を閉じる。


 そんな過程がありつつも、ワタシたちは唇を離す。


「……オマエ」


 ワタシは顎に垂れた唾液を手でぬぐいながら、アスタフェルを見つめた。


「そういう……ことだったのか……」

「……気付かなかったのか?」


 アスタも顎をぬぐいつつ、自嘲した。


「お前が魔力を使うたびに、俺がお前に魔力を注ぎ込んでたこと」




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