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9話 魔王のいない日常

★9 魔王のいない日常


 目が覚めると、ワタシの身体は重く、思うように動かなかった。

 だが、生きている。それが意外だった。


 それもそのはずで、ワタシは今、魔力を恒常的に消費などしていない。魔王をこの世界に存在させ続けるための魔力を使ってなどいないのだ。


 魔王と対峙していたときに感じたあの時感じた違和感はこれだった。

 あのときは余裕がなくて気づくことができなかったけど、ワタシは魔王を維持する魔力を今もって使っていない。


 そして、この身体の重さには覚えがあった。ただただ一度にたくさんの魔力を使ってしまったときに感じるものだ。

 自分の持つ魔力以上の魔法を使うとこうなるのは経験済みだ。


 ワタシは、師匠から教わった魔法なら、どんな大魔法でも使うこと自体はできる。それは、魔力ではなく知識に属するものだからだ。


 今回のような、魔物を魔界から召喚するような手の込んだ魔法でもそうだ。質はともかく使うことはできる。

 だが魔力の総量がないからすぐに底をつくし、回復も追いつかない。それが、ワタシの『魔力が低い』という意味だ。


 いや、ワタシは本当に召喚魔法を使ったのだろうか?

 それならなんでワタシは魔力を消費し続けていないんだ?

 風の魔王を召喚などしていないということか?


 首を傾げるが、それでも腹は減り、パンでも食べようと台所に行くと……。


 かまどに、鍋がかかっていた。ベーコンとレタスのスープ。冷めている。

 ……こんなの作った覚えがないし、ベーコンもレタスも今、家にストックはない。


 おおかた薬を取りに来た町人の誰かがが作ってくれたのだろう。そういう世話を焼いてくれそうな人といって頭に浮かぶのが何人かいる。

 彼らが、声をかけても揺すっても起きない、眠る魔女を見て異常を感じ取ったとしても不思議ではない。


 一応うら若き乙女であるワタシではあるが、彼らから害を受けることはないと思っている。

 ワタシは乙女である前に、魔女だ。

 なにかすればあとあとの報復も怖いだろう。……ワタシは多種多様な毒草も知っている。


 なんといってもワタシには、彼らにはない魔力が備わっている。

 微量とはいえ、それ故にワタシは魔女になった。あるかないかの差は非常に大きい。

 それに、便利だと思われている自覚がある。魔法を使おうとしない魔女とはいえ人を癒せる存在をみすみす殺したりはしないだろう。


 なんて御託を並べ立てて食欲を正当化するほどお腹が減っていたし、とにかくスープが魅力的に見えて仕方がなかった。

 スープを温め、それでも若干の躊躇はあったものの、口をつける。ベーコンにもレタスにも、そして滋養が染み出したスープにも、やはり妙な味などなかった。真っ当に、非常においしい。いい塩加減だ。


 もしかしてアスタフェルが作ったのかも……そんなふうに思い、すぐに打ち消した。

 料理をする魔王なんて、なんだか可笑しい。それに……。


 あれは、夢だ。


 ワタシはそう結論づけた。

 魔力が減っていっていないということは、そういうことだ。

 ワタシは奴の真の名を知り、奴をワタシの半身として維持し続けなくてはならなかったはずだ。

 それをしていないということは、魔王などいないと――そもそも召喚で魔物など出てきていないということだ。召喚魔法自体は使ったはずである。だからこそ、ここまで魔力を削られている。


 おそらく、召喚魔法を使ったところで多大な魔力の消費に耐えきれなくなって気絶してしまったのだろう。そして、記憶にはないがらもなんとかベッドに戻ってきたのだろう。

 だから、アスタフェルを召喚したと思ったのは夢だったのだ。


 なぜワタシを殺そうとしたのか、なぜワタシのことを知っていたのか、なぜ風の魔王という大物がワタシのような力のない魔女の呼びかけに応じたのか――答えを得たいものだが、夢ならば仕方がない。謎は、謎のままだ。


 ワタシ以外誰の気配もない魔女の家、その居間のテーブルに座りスープの入った器を抱えるようにして食べながら、ワタシはアスタフェルのことを……夢のことを思い出す。


 王子を籠絡するために魔物を召喚したら風の魔王が出てくるなんて。しかも何故か奴はワタシを知っていて、殺そうとしてきて、それから……。

 なんか思い出したくない感じがしてきたから思い出さないでおこう。


 あ、でも、人間ではありえないくらい整った顔が、空の色を写しとった明るい瞳が、近づいてきたような……。


 途端、せっかくのスープなのにむせてごほごほ咳をした。心臓が鼓動を激しくし、急性の発熱を心配するくらいの熱が額に発生し、くらくらしてくる。あれは、キス、されそうになったんだっけ……?

 それになんか、とびきり恥ずかしいことを口走ったような気が。このワタシが。風の魔王に向かって。


 ……まあいいや、あれは夢だ。

 現実は、眼の前のこのスープだ。ありがたいことだ。

 これからもワタシは薬を作り続けるんだ。魔力の入っていない、薬草本来の力のみで人を癒やす薬を。分量と手順さえ守れば誰にだって作れる薬。作り方も教えて、いずれは自分たちだけで作れるようにしてもらって……。


 その流れを本流にするには、やはり上からの導きがいる。王家の権力なら願ったり叶ったりだ。

 そして、ワタシは偶然ではあるが王子と親しくなった。……その縁を使うことに、ためらいなどない。


 温かいスープを胃に収めたからか、活力も湧いてきた。

 スープを作ってくれた人の優しさがワタシの身体に染み入り、励ましてくれたかのようだった。

 パンかごから固くなったパンを取り、行儀悪いがそのままかじり取る。


 でも……。

 もぐもぐと口を動かしながら、ふと思う。


 もしもう一度、アスタフェルと会うことができたなら。……あれは、夢だけど。

 白い翼とねじれた角、白銀に輝く髪に空色の瞳。見目麗しき魔物、風の魔王アスタフェル。でも中身はアホだった。


 また、会えたら。

 思わず人気のない空気に向かって熱い頬で微笑む。


 疲れるけど面白い奴だった。一人でいるよりは日々が楽しくなるだろう。

 師匠と、師匠の使い魔と、ワタシの三人で旅をしていたときみたいに。


 もし、また会えたら。……また、あいつの夢を見ることができたなら、その時は。

 オマエを維持する魔力なんかないけど、一緒にいてくれないかな。


 そう、言ってみようかな。

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