第3話
「これ、どうしよう…」
周囲の惨状を見て、彼は一つ呟いた。
木々はなぎ倒され、土はめくり上がり、何か大きな災害でもあったのかという状態になっている。
「こんなひどいことを誰がやったんだ!……はい、俺です!」
と、軽く現実を一旦逃避してみる。
してみたはいいものの、何が変わる訳でもなく、この場所をある程度直そうか、放置しようかと考え始める。
「散歩コースだしなぁー、このでかい木になる実も欲しいし…そうだな、少し綺麗にしておくか!…自分でやってしまったけど、はぁ、めんどいなー…って、そう言えば俺、今『八岐大蛇』になってんのか!」
自分がやってしまったことと、これからの作業に気を取られて忘れていたが、ようやく今の自分の状況に気づく。
「いや〜、高いな!この大樹と同じ位のデカさだ」
大樹は凡そ、150メートル程の高さがある。
それを考えると、自分がどれほど大きな生物に変化したのかが分かる。
高さに含まれていない部分を含めれば全長はその倍はありそうだ。
まぁ、神話では八岐大蛇って八つの山と八つの峰にまたがるほどの大きさって確か言われてた筈だし、それに比べれば大分小さいけどな。
大樹になる実を見てみると、米粒くらいの大きさのように感じる。高さだけじゃなく、全てが大きくなったと分かった。
さっきから、1人で話してるけど、ちゃんと日本語を発せている。蛇らしく、若しくは竜らしく「シュロロロ」とか「ギャオオォ」とか人が理解出来ない言葉になるのかと思ったが、それはないようだ。
八つの頭がある大きな蛇が、当然のように日本語を話す…やべぇ、違和感しかない。
これが異世界補正というやつか!
まぁそれはは置いといて…今自分には八つの頭がある。
全ての頭を自由に動かせるのか、やってみると容易にそれはできた。自分なんだから、出来ないと困るんだけどな!
ハつの頭を動かして、違う方向に顔を向ける。やはり、全ての方角を認識する事が出来た。
遠くの方に目を向けると、2つ目と3つ目の頭から森の途切れを見つけた。それ以外の頭でも周囲を見渡すが、この大樹より大きな物の存在はなく、森も目視できる限り遠くまで続いているようだ。
自分が全方向を認識できることに対して特に違和感は感じないが、これはスキルの影響なのか…
自分(竜面)で自分(竜面)を見つめられるのには違和感あるけど。
ふと思ったんだけど、高所恐怖症の人がこのスキルを手に入れて、使っちゃったらどうなるんだろう?
スキルの力で解消されるのか?だとしたら、スキルを持つだけで弱点を一つ克服出来ることになる。
恐らく、スキルを持つことで制約があるんだろうけど、それは俺には分からない。
もし、また金色の宝箱というか、宝箱があれば躊躇なく開けるけどな!
だって、ワクワクするじゃん?
ガチャと一緒で、全てのスキルをコンプリートしたくなるな!
それができたら、俺はどんな状態でどんな強さになるんだろう…
…ついに俺の時代がきたか、異世界最強モノだよ、これ!
…まぁ、得られるスキルの数も実際は制限があって、覚えられなくなるんだろうけど。それに、『八岐大蛇』を手に入れたのも偶然だし、必ず強いスキルが得られる確証もなさそうだしなぁ。
取り敢えず、また見つけることが出来たら制限が来るまで開けて、もし制限が来たら何処かの街で売るとしよう。
何があるか分からないとはいえ、スキルが得られるんだ。結構お高い額になるんじゃないだろうか!
…街、あるよね?
「面白くなってきたな!このスキルも早く十分に扱えるようにならないと。特訓だな!」
彼はスキルの面白さと此れからの生活に気分が自然と上がっていく。
「この森の終わりも見えたことだし、元に戻ろうかな。…ってどう戻るんだ?スキル使った時みたいに念じてみるか…うおっ」
彼が人型に戻ろうと念じた瞬間、変化した時と同じように体から光を放ちだした。
体が小さくなるに連れ、光もどんどん小さくなっていく。
完全に元に戻り、光が消えると彼は手を握っては広げ、握っては広げを数回繰り返し、手の感覚を確かめる。八岐大蛇状態では手がなかったからな。
その後、数回屈伸をして、ひと通り体の感覚を確かめる。
うん、問題ないな。
「さて、宝箱開ける前に採った実は潰れてしまったことだし、また採るとして、その前にちょっくらこの辺りを綺麗にして置きますか!」
えーと、倒れた木は木材にしておいて、家の拡張にでも使うとして、それから……
何から始め、何をするかその後のこともあらかた考え終わり、作業を始める。
倒れた木をまずは片付けるようだ。
手馴れたもので、この世界に来るまで1回も流行りのDIYをやったことがなかった彼だが、スムーズに木の枝を石で作った包丁らしきもので切って葉を落とし、皮をめくるなど木材となるまでの作業を淡々と行なっていく。
勿論、素人が作った石の包丁なので包丁自体の切れ味は余り良くないが、魔力を纏わせることで、その問題を解決する。
魔力は万能で、物の切れ味や自分の身体能力の強化などにも作用する事が試していく事で分かった。
「そういえば…スキルに天叢雲剣があったよな。三種の神器にもある剣。どんな刀なんだろう…丁度木を木材にしているところだし、使ってみるか。魔力も必要ないし」
彼は、伝説の剣をどうやら木を加工するのに使うようだ。こいつ…す、すごい。
さっきのように、使いたいスキルを念じる。今回は魔力は必要ないため、その流れは頭に入って来なかったが、別の情報が入ってきた。
目の前に光が現れ、そこに手を伸ばし掴む。
すると光は消え、鞘に収まっていない状態の美しい刃紋がある日本刀が現れた。
柄は一般的な刀とは違い、魚の胴の骨のような形をしていて色も白い。長さは1メートルほど有り、片刃、鐔には柄から伸びる2本の牙が上を向くようについている。
「これが、天叢雲剣…すごい。これを使えるのか、俺は。…剣、上手くならないとな!」
刀の美しさと、刀から感じるある種神秘的な雰囲気に、これからの特訓をより励むことを決意し、少し余韻に浸った後、重さを確かめるように刀を振るう。
「余り重くはないな、これならいけるか。」
振るうことに問題がないか確かめると、次のターゲットに決めた倒れた木に近づいて行く。
場に着くと、彼は何処から切ろうかと木を確かめるように刀をそっと降ろす。
スパッ
「えっ?」
置くように降ろした刀はまるで、木なんて元からなかったかのように落ちていき、木は真っ二つになった。
「…すっげーー!なんて切れ味だよ!流石、伝説。これなら、木材にするのも直ぐに終わりそうだな!」
彼はやはり、ぶれることなく伝説の剣を木を製材するのに使う。
スパッ
スパッ
スパッ
なぎ倒された山程あった木はどんどん木材となっていき、最後の1本の作業をあっという間に終わらせた。
彼は天叢雲剣を消すと、木材を抱え、散歩コースである来た道を戻る。
身体強化のおかげでそれはかなりの早さで進行し、全ての木材を自分が作った家の近くに運び終えると、空はオレンジ色に変わっていた。
「ふーっ、日も暮れてきたことだし、今日はここまでにするか。明日は地面が乾いてたらある程度ならして終わりだな!」
彼は明日の予定を決め、土で汚れた体を流そうと、自分がどうしても!と苦労を重ねて作った木製の風呂(露天風呂)に、近くの川でくんで沸かした湯を入れ、体を洗ったあと、ザブーンと風呂にダイブするように入る。
「はぁ〜〜〜、生き返る〜〜」
若干じじくさいと思わないでもないが、ついつい声に出てしまう。
木のいい香りと、体や髪を洗う時に使う、ボディーソープ(仮)の匂いが良い感じにマッチし、安らぎを与えてくれる。
ボディーソープも勿論自作です!
森に生えている草や葉っぱ、木の実、花などを使って最初はてきとうに、出来ればいいかなぁ位の気持ちで作っていたら、偶然良い匂いで体の汚れも落ちるパターンを発見した。最初は少し使用した時にヒリヒリとしたため、改良を加え、自分に合ったものを作り上げた。
いくら、異世界で1人森の中とはいえ、体を綺麗に保つのは大事だと考えたため、結構な時間を使って作成した。
もし、日本に帰る事があったらこのボディーソープは持って帰りたいと思うほどの渾身のできだ。
「ふー……今日は色々合ったなぁー、自分ざまさか、八岐大蛇になるなんて考えもしなかった。これだから、ファンタジーは面白い!」
今日起きたことの回想をしていると、そういえば…と天叢雲剣を使った時に得た情報を思い出す。
「雲を操り、雨を降らせる、か…」
天叢雲剣の使い方、性能を知る時にそんな能力が宿っていることが分かり、後で試そうと考えていた。
「よし、風呂にでも浸かりながら試してみるか!」
彼は天叢雲剣を呼び出し、使い方にあったように雨を降らせるよう刀を持ちながらイメージする。
すると、あっという間に頭上に黒い雲が現れーーー
ポツ、ポツポツ、ポツ!
ザザザッザーーーーーーーー!
物凄い勢いで、黒い雲から大量の雨が降り注ぐ。
今彼がいるのは、露天風呂。
彼はこう思ったという
「…屋根作ればよかったな」