姉弟
<城>
メアリーの誕生日が明日に迫り、城内は慌ただしさを増し始めた。侍女や女官たちが式典やパーティーの準備に奔走し、兵士たちは警備に当たっていたが、当のメアリーはパーティーなどというものに何の興味も湧いてこないのだった。誕生日が嬉しくないわけではないのだが、大々的なお祭り騒ぎは馬鹿げているとしか思えなかった。
次々とやって来る外国からの客人方を、メアリーとアンナは庭の見える廊下の小窓から見ていた。
と、ひときわ華やかな一団が小道をゆっくりと歩いてきた。
「あ、フランツィスカおねえさまよ」
フランツィスカはもちろんアンナの姉ではない。サイラスの姉だ。彼女は去年、二十歳で隣国の王太子と結婚した。
元来メアリーたちの帝国と隣の王国は関係が良好とは言えなかった。表面上は同盟関係などと言っているが、それも怪しいものだとメアリーは感じていた。
「お父様も大臣もひどいわ。フランツィスカおねえさまを外交の駒になさるなんて」
「フランツィスカだから、じゃないのか?」
彼女は明るく、よく笑う。愛想がよく口も回る人間は外交に向く。愛想笑いだの作り笑顔だのの類はメアリーの最も苦手とするところだが、彼女はいとも簡単にこなした。
フランツィスカには弟のサイラスのような気取ったところは全くない。だが父のやり手なところを存分に受け継いだらしく、頭の回転の速い、なかなかに侮れない人物なのだった。
「フランツィスカなどまだかわいい方だ。今日この城に来ている奴らは――」
「みんな腹黒い、ってか?」
メアリーたちが振り返るとスティーブンが柱の影からひょっこりと顔を出していた。
「仕事は終わったのか」
「まあな。大広間も玉座の間も人手は足りてるみたいだし」
「警備の兵士たちは人手が足りないと言っていた気がするが」
スティーブンは馬鹿にしたように笑う。
「ど派手な警備なんかただの軍事力のアピールだろ。あんなくだらねえもん、参加する気にならんわ」
「それもそうか」
スティーブンは二人の近くに来て、小窓の枠に手をかけた。
「フランツィが来るとは驚きだな」
メアリーが頷く。
「私が一つ年をとるのを祝いに来ただけとは思えないしな」
「それはそうだろ。ここに集まってきてる奴らはみんな知ってるんじゃないのか、皇太子のこと」
メアリーはいつにも増して不機嫌になった。どうせパーティーなど、王族と貴族と諸外国からの客人たちの化かし合いの場にすぎない。調子の良い客人に縁談を持ちかけられるのは毎度のことだが気が滅入るのだ。皇太子になると知れば、なおさら売り込みに来る輩が増えるのはわかりきっていた。
「そうだ、サイラスがこの辺に来なかったか?」
スティーブンがふと思い出したように聞くが、メアリーはそ知らぬ顔をした。アンナが代わりに答える。
「来てないわよ」
「そうか。姉貴もせっかく来てんのにどうしたんだろうな」
「……それは皮肉のつもりか?」
メアリーがつっけんどんに言った。
「いや、皮肉じゃねえよ。確かにフランツィとサイラスはあんまり仲良くない姉弟だけど、滅多にない機会だろ? 結婚して以来こっちへ来たの、初めてじゃねえのか?」
「その通りだ。前に会ってからちょうど一年になる」
ぶっきらぼうな声と共に現れたのは案の定サイラスだった。メアリーは顔をしかめた。
「おう、サイラス。何だ、フランツィのとこへ行ったらいいのに」
「あの女に用はない」
「あの女って……お前の姉貴だろうが!」
「叫ぶのはよしてくれないか? ところで殿下、皇后陛下がお呼びでしたよ」
そう言うとサイラスはすたすたと去っていった。メアリーはスティーブンが逆上してサイラスの肩を引っ掴むのではないかと思ったが、意外にもスティーブンは落ち着いた表情でサイラスの後ろ姿を見送っていた。
「何であんなに嫌うのかしら。フランツィスカおねえさまのどこが気に入らないの?」
「羨ましいのかもな」
スティーブンがぽつりと呟く。
「羨ましい?」
「フランツィはオットーにかわいがられてたからなぁ。オットーも母親も、フランツィが生まれた時から、そこらの貴族とは結婚させない、王族に嫁がせるんだ、って決めてたらしいし。最初はこの国の皇子と結婚させてゆくゆくは皇后に、て思ってたみたいだが、皇子は生まれなかったから他国へ嫁がせた。フランツィは大切に育てられたけど、サイラスは大して期待もされずに生きてきた。だから羨ましいのかもしれない。親に見放されることほど子供にとって悔しいことはないもんな」
そう言ったスティーブンの目は心なしか寂しげだった。
「サイラスだって期待されてるんじゃないの?」
「どうだろうな。大臣を継ぐことはできるけど、それ以上の権力拡大は望めないだろ? フランツィは女だ。子供が産める」
メアリーは嫌悪の色を浮かべた。いつだって大臣はそうだ。他人を利用することしか考えていない。自分の利益のためなら家族をも利用する。
「フランツィが隣の国の王妃になって、その子供が王太子になったら、オットーはこの帝国を裏切るかもしれん」
「そしてこの帝国は隣の国に乗っ取られるわけだ。私は廃太子、オットーは幼い孫を利用して富と権力を欲しいままにするのだろうな」
「そんなのひどすぎるわ」
アンナが悲痛な声をあげる。
「確かにひどい話だけど、よくある話だよな。どんな国にもそういう腹黒い奴が一人や二人はいるもんだ」
「でも!」
「そこまで心配しなくても、オットーの思い通りにはならない」
メアリーが断言すると、スティーブンも笑ってうんうんと首を縦に振った。
「フランツィだって父親の考えそうなことくらい百も承知だろ。あの人がそう簡単に帝国を見捨てると思うか? メアリーも、あいつの好きなようにはさせねえ、だろ?」
「それもそうね。フランツィスカおねえさまも、お姉さまも、とっても頭の良い方だものね」
アンナは納得したらしく、すぐに笑顔になった。
が、メアリーの気は晴れなかった。フランツィスカがどこまで信用できるかも、オットーがどこまで腹黒いかも、まだわからないのだ。私なんかに陰謀渦巻くこの帝国を治めていくことができるのか?
「なぁ、メアリー。サイラスが、皇后陛下が呼んでたとか言ってなかったか? 行かなくていいのか?」
スティーブンの言葉にメアリーははっとする。
「そうだったな。行ってくる」