まともな仕事
「ちなみにカタリーナは十八歳。で、こっちがアレン、こいつも十八」
アレンはティムの紹介中も本を読み続けていて、何も聞いていないようだった。
「まあ彼はとても十八には見えないがね」
先程まで夢心地でケーキにかじりついていた少年が、意外にも現実的な声の調子でそう呟いたので、アンズリーは少し驚いた。
「僕はシリル。多分十七だと思うよ。職業はいわゆる詐欺師ってやつでね……でも、僕はその呼び方はあまり好きではないんだ」
「シリルは何て言うか、気まぐれで付き合いにくい奴でさあ。アレンも別な意味で扱いづらいかな。しゃべってくれないもん。ヴァレリアなんかまだ話しやすい方だよ。ティムとキーラはいいやつだな。ま、一番いいやつなのはもちろんあたしだけどねっ」
カタリーナはそうアンズリーに耳打ちした。
「は、はあ……あの、シリルさんて本当に詐欺師なんですか?」
アンズリーは戸惑い気味に聞いた。
「シリルは詐欺師だよ」
カタリーナは今度は皆に聞こえるように言った。
「偽名もいっぱい持ってるし、喋り方もころころ変えられるんだ。見ててびっくりするくらいなんだから! けどまあ、詐欺はわりとまともな仕事だと思うなあ、あたしは」
カタリーナは大げさに笑い飛ばす。アンズリーが口を開こうとした時、ヴァレリアが突然
言った。
「カタリーナ、そろそろ夕食を作らないと」
「ああ、そうだね! じゃあ腕によりをかけて作ろっか。七人分だね」
「俺も手伝うわ」
ティムまでもが厨房に入ってしまい、アンズリーはキーラとシリルと、三人で残されてしまった。いや、正しくはアレンもいて四人なのだが、彼は一言も話そうとせずいないに等しかったのだ。アンズリーは少々居心地が悪くなる。
「そう言えば、名前は何ていうんだい?」
キーラが親しげに話しかけてくれ、アンズリーはほっとしたが、馬車で名前を告げた時のティムとヴァレリアの様子を思い出して、軽いためらいを覚える。
「えっと、アンズリーです」
「へえ、いい名前だね」
シリルが意外にもあっさりとした反応を示したのでアンズリーはおや、と思った。が、詐欺師というものはあまり感情が表に出ないのかもしれない、と思い直す。
アンズリーは話題を変えた。
「カタリーナさん、悲しそうでしたよね、さっき」
「え? いつの話だい?」
「詐欺はまともだって言った時です」
「ああ、あれね。まともだろうさ、あいつに言わせりゃ」
キーラが苦々しげに言った。
「僕とキーラ以外の四人の本業は、殺し屋なんだよ」
シリルが、驚いたことに笑みを浮かべながら告げた。アンズリーは一瞬息を吞み、やがて小さな声で
「そうなんですか……」
と呟いた。
「怖がらないんだねぇ。見直したよ」
キーラが感心したように言う。
「怖くなんかないわ。だって、とってもやさしい人たちだもの。私を助けてくれたし、私を狙ってた人も殺さなかったわ」
「へえ……すっかり信じてしまってるわけ? せいぜい裏切られないようにするんだね」
シリルはそう言うと、面白くなさそうに唇をぐいと引き結んだ。
「おいおい、シリル。ごめんね、アンズリー」
アンズリーは気にとめず言った。
「キーラさんはどんな仕事をしてるんですか?」
「あたしかい? そうだねぇ。簡単に言えば情報屋かね」
「それって、スパイ?」
「スパイとは違うよ。スパイの奴らから話を聞いて、面白い話を金持ち連中やらお偉い貴族やらに話して、情報料をせしめるのさ。もちろんスパイには金を払うわけだけど、あたし自身は何にも危険は冒さない。どうだい、卑怯な仕事だろ?」
キーラが自嘲気味に言った時、アレンが突然立ち上がった。椅子がガタンと音を立て、アンズリーはびくりと肩を震わせる。おそるおそる彼の顔を見上げると、彼の方もアンズリーをじっと見下ろしていた。
ティムのお気楽さを少し譲ってもらうべきではないかと思うほど、彼のまとっている空気は不穏だ。彼の底無し沼のような黒々とした目は、深く立ち入ることを恐れさせた。
ふいとアンズリーから視線を外すと、彼は足音も立てずにどこかへ行ってしまった。
「あの」
アンズリーは改まって言った。キーラとシリルは軽く姿勢を正す。
「あの、私、本当にここにいていいんですか?」
「もちろんだよ……もっとも、ここでやっていくにはもうちょっとひねくれるべきかもしれないがね」
シリルがにやっと笑った。
アンズリーはキーラを見る。キーラはにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます!」