レストラン
<街>
辿りついたのは、表通りに面している洒落たレストランである。
「あ、今日は休みなんだな」
呟くティムの目線の先を見ると、ドアには確かに“閉店”の札がかかっている。
が、ヴァレリアはかまわずドアを開けた。ドアベルがチリンチリンと鳴る。
「いらっしゃーい! おっかえりー!」
大声を上げてドアに突進してきたセミロングの黒髪の少女に、ヴァレリアは冷静に対応する。
「誰かも確認せずにいきなり開けたら危ないだろ。不用心だ」
「“閉店”の札、無視すんのはあんたらしかいないし、それに護身用でいつも持ってるしね!」
少女はしれっと答え、笑顔でナイフをちらつかせた。ヴァレリアはというとナイフにおののくこともなく、少女の脇をすり抜けてずかずかと踏み込んでいった。
「おかえりー、ティム。あれ? この子、誰?」
少女はアンズリーに目を留めた。
「今日、仕事先に行く途中の馬車で会って……」
「あ、そうなの? 知ってる子なのに忘れちゃったかと思ったぁ、焦らせないでよね!」
言い終わるとけたけたと明るく笑う。
「――で? 何でこんなとこまで連れてきたわけ? お嬢ちゃん、ここは恐いとこだよぉ」
と、アンズリーに向けた目は、無邪気の皮を被った冷徹な目だった。アンズリーはそのことに気づいているだろうか。
ヴァレリアは少女の相手をティムに任せ、奥の方へと歩を進めた。
このレストランの構造は厨房の周囲にU字型を描くようにカウンター席があり、それを二人掛けや四人掛けのテーブル席が取り囲んでいる。ヴァレリアたちがよく座る二人掛けの席は最も奥まった所にあり、入口からはちょうど死角になっていた。
彼女の指定席の隣の四人掛けのテーブル席は、既に三人分の席が埋まっている。一人は何事かとティムたちの方を見つめ、一人は幸せそうにケーキを頬張り、一人は黙々と本を読んでいる。三者三様の動作に、ヴァレリアは薄く苦笑いを浮かべつつ、いつもの席に腰を下ろす。
「お疲れさん。今日の仕事はどうだったんだい?」
ティムたちの方を見ていた少女がヴァレリアの方に向き直った。
「失敗だな」
「へえ? そりゃ珍しいね」
「仕事は現場にさえ行けずじまいだし、ティムはあの子を拾うし」
「あの子、誰なんだい?」
「さあ……名前以外何も知らない」
「おいおい、大丈夫なんだろうねぇ?」
「そう言えば、追われてるとか言っていたな」
「……また厄介事を増やしてくれたね。とばっちりを受けるのはこっちなんだよ」
「文句ならティムに言ってくれ」
「まったく……」
彼女は呆れたように顔をしかめ、ごくごくと目の前のコーヒーを飲み干した。
「みんな何なの! しけた顔で隅っこに隠れてさ! せっかくかわいいお嬢ちゃんが来たっていうのに」
騒がしい少女に手を引かれて奥までやって来たアンズリーは、どう見ても歓迎ムードには見えない三人を前に緊張した。少女の言葉に反応したのは一人だけだった。短髪の大人びた人だ。
「お嬢ちゃん、て年でもないじゃないか。十六、七だろ」
「あっ、はい。十七です」
「ほら、ごらんよ。あたしらとそう変わらないだろ?」
アンズリーは不思議そうに首を傾げた。ヴァレリアがため息をつきつつ口を開く。
「こいつは十九だ。そうだったな? キーラ」
「えっ」
「そうだよ」
キーラと呼ばれた少女は心外だと言いたげにアンズリーを睨んだ。ティムが楽しそうに言う。
「ついでだから紹介しておくか。このうるさいのがカタリーナ」
「何、うるさいのって! あたし、普通だよね?」
「え、えっと、その……」
「ね?」
「ほら、困ってるじゃないか」
「むう……まあ、いいわ。ヴァレリアはこのレストランのシェフだけど、あたしもここで注文取ったりして働いてるからあんたのことも色々世話できると思う。何でも遠慮しないで言ってね!」
そう言ってカタリーナはにっこりと笑った。