アンズリーお嬢様
「何だ何だ、いきなり物騒なもん突きつけて」
ティムが朗らかに言い、少女をかばうように立った。アンズリーという名にまだ動揺しているようには見えるが、完璧に楽しんでいるあたりいつものティムだ。
「どいてもらおうか。お前らに用はねぇよ」
「ほぉ? そいつは聞き捨てならねえな」
「――おい」
ヴァレリアは一応ティムを制した。放っておくと危険な真似をするからだ。もちろん危険な目に遭うのはティムではなく相手の方だが。
「わかってますよぉ。穏便に行きましょうや」
「私たちは丸腰だ。その銃を下ろしてくれないか?」
「そりゃできねえ相談だな」
男は余裕たっぷりとはいかないまでも、癪に障る笑みを浮かべてみせる。今にも動きそうになるティムの足を、ヴァレリアは蹴り飛ばした。
「アンズリー」
ヴァレリアが平静を装って口を開いた。ティムの肩が無意識なのだろうが反応を示す。
「こういう目に遭う心当たりはないのか?」
「な、ないですっ」
「まあ、まずは話を聞こうじゃないか。おじさん、この子に何の用?」
ティムが言った。
「用か。込み入った話なんざねぇよ。アンズリーお嬢ちゃんを捕まえて連れて来いって頼まれただけだよ」
「誰にだ」
ヴァレリアが冷静に聞いた。
「知らねぇよ」
「ティム、まだ話は終わっていない」
動こうとするティムの足の甲を、今度は思い切り踏みつける。
「減るもんじゃないだろう、言え」
回転拳銃を前にしているわりには妙に強気な女の態度を、この男はどう思っているのだろう。
「それとも、その頼んできた奴ってのは、そんなに怖い奴なのか?」
「はっ、そんなんじゃねぇよ。いや、俺も頼んできた奴のことは知らねえ。知らねえが、あんだけ金積まれりゃ、誰だってやる気になるさ」
脅すまでもなく聞き出せた。
「何で馬車なんか使ったんだよ? もっと確実な方法が色々あるだろ?」
「馬車を使えって、頼んだ奴が言ってきやがったんだよ。お前らが乗った辺りに停まってた馬車にゃ、全部俺らの仲間が乗ってた。この小娘がどれに乗っても同じことだったんじゃねえかな」
「――その銃は自前か?」
「あ? 借り物だぜ」
「なるほど」
「なぁ、お前らは別にこの小娘の知り合いでも何でもねぇんだろ? おとなしく引き渡してくれりゃ、撃ったりしねぇから、な?」
こいつは素人だ。本気で相手をする必要はないだろう、とヴァレリアは思った。ぺらぺらとしゃべっておいておとなしくすれば逃がしてやると言い出す輩は、殺す気満々の奴かただの馬鹿だ。こいつは恐らく馬鹿の方だ。頼んだ奴も馬鹿としか思えない。回転拳銃が素人に扱えるわけがないのに。
「そういうわけにはいかねぇんだよなぁ」
ティムが勿体をつけて言った。嫌な予感がする。
「――俺らはお嬢様の護衛だからな」
「なっ!?」
男が目を白黒させているのを眺めながら、ヴァレリアは呆れた。そう来たか。彼の言動は想定の範囲内だったが、気は進まなかった。だが自慢げに大ぼらを吹くティムの横顔を見ていると、呆れるのを通り越して腹を括る気になってしまう。話を合わせてやるか。
「残念だったな」
男が慌てたように銃に手をかける。
「くそっ」
撃ち方なんかわからないんだろうけどな、とヴァレリアは胸の奥で乾いた笑いを漏らす。幸せな奴め。やっと踏みつけていた相棒の足を解放してやる。
彼の胸元でペンダントが跳ね、きらりと光った。
「馬鹿だ、な」