パーティー
パーティーが始まった。いつもなら入り乱れてダンスに興じる貴族たちも、今日は心なしかおとなしい。皆サイラスが第一臣下だと思い込んでいたので、まさに寝耳に水という顔だった。サイラスならばすぐさま取り入っておくべきだろうが、商人の息子が任命されたとなると話は別である。貴族たちは情報交換に精を出し始めていた。
「大丈夫か」
メアリーはスティーブンに声をかけた。やはり彼に積極的に寄っていこうという者はいないようだ。
「大丈夫なわけあるかよ、ばーか」
疲れた声が返ってきた。
「馬鹿、か。未来の皇帝に向かって」
「これはこれはご無礼を申し上げましたメアリー皇太子殿下」
「棒読みだな」
「ふん。で、しがない商人の息子に皇太子殿下が何の用だ?」
「その商人の息子が、第一臣下に任命されたわけだが? 一体誰が、どんな手を使ったんだ?」
「知らねえよ。俺が第一臣下になったところで、誰の得にもならない」
「そうよねぇ、おかしいわよね」
口を挟んできたのはフランツィスカだった。メアリーは無意識に少し身構える。
「久しぶりね、メアリー。そのドレス、よく似合ってるわよ」
「ありがとう」
「どうなさったのかしらね、陛下は」
「気がふれたんじゃないか」
メアリーはばっさりと斬り捨てた。
「おいおい、仮にもお前の親父だぞ」
「だからこそだ」
「何か言ってやってくれよ、フランツィ」
スティーブンは肩を竦める。
「あら、メアリーは正しいわよ。サイラスを選ばないのは馬鹿げているわ」
「あなたがサイラスを推すとは、意外だな」
「本気で仰ってるの?」
「いや」
メアリーは素直に首を振った。
「――あなたは、フランツィスカ・オブ・キャベンディッシュだからな」
「ふふ、よくおわかりだわね」
「で? 大臣の息子を差し置いて商人の息子を臣下に据える意味は何なんだよ?」
「わからない」
「父もおかしかったわよね。父にとってサイラスは所詮手駒でしょうけど、その駒の最強の使い道が阻まれたにしては随分おとなしかったわ。顔をしかめただけだった」
「それ以上の使い道を見つけた、と?」
「それ以上の使い道なんてないわ」
フランツィスカは断言した。彼女は自分の頭が弾き出した解答を疑ったことがないのだろう。大した自信である。
「ほんとかぁ?」
スティーブンは疑いの目を向けた。
「少なくとも、今わかっている条件下で計算すれば、そういう解答になるだろうな」
メアリーは慎重な言い方をした。
「他の使い道がないとするなら、オットーは全て知っていたということになるぞ」
オットーのことだから商人の息子に邪魔をされたとなれば赤ら顔をさらに赤くして激怒したとしてもおかしくはない。それが、告げられた時こそ唖然としていたものの、その後も至って冷静な振舞いを見せていた。
「まさか、んなことってあるか? けどそういや式典の前、機嫌良さそうだったもんな」
「そうね。悪くないどころか、上機嫌だったわ。父自身がスティーブンを推したということも考えられるわね」
「はあ? そんなの、何のメリットがあるんだよ」
「お姉さま!」
アンナが突然会話に加わってきた。
「大臣が呼んでいたわ」
メアリーは訝った。
「何の用だろうな」
「あら、面白いじゃないの。早く行って聞いてきなさいな」
フランツィスカが楽しげに言った。
メアリーがふんと息を吐きつつ行ってしまうと、フランツィスカはにやりと笑みを深くした。
「ところでスティーブン、なかなか見ものだったわよ? さっきメアリーのドレス姿を見た時のあなたの顔!」
と、アンナの顔が少し歪んだ。フランツィスカはおや、と思ったがなおも続けた。
「あなたの固まり方ったら、尋常じゃなかったんだもの。思わず笑っちゃったわ」
「――あれに見とれねぇのは男じゃねえよ」
スティーブンが妙に真剣な顔で答えた。フランツィスカはアンナと顔を見合わせ、そしてぷっと噴き出した。
「す、すごいこと言うようになったのねえ、スティーブン! あっはははは」
堪え切れずフランツィスカが大声で笑い出した。貴族の令嬢にはあるまじきあけすけな笑い方をぎょっとして見ている者もいたが、彼女は気にもとめない。
「男じゃない、ですって! 言うわねえ」
「何だよ、人を軟派者みたいに。俺は大真面目だぞ」
「あらま、そうでございましたか」
と言うと、彼女はまたひとしきり笑った。
「そんなに笑うなって」
「そうよ、笑いすぎよ、おねえさま」
フランツィスカは軽く目をみはった。アンナが非難するとは思わなかったのだ。と、そこへつかつかと歩み寄ってくる者がいた。
「アンナ様」
マリアだった。またもやスティーブンを完全に無視している。
「フランツィスカ様、少しアンナ様をお借りしてもよろしいですこと?」
「ええ」
フランツィスカはにこやかに頷く。アンナはマリアに連れて行かれ、リッジウェイ伯爵たちの輪に取り込まれて談笑し始めた。
「スティーブンはどうなのよ」
唐突にフランツィスカが聞いた。
「は?」
「わかってるくせに。アンナのことよ」
スティーブンの表情がわずかに変化した。他人の心を読むのが得意であるはずのフランツィスカだが、この時の表情の変化の意味は読み取れなかった。苦しみとも悲しみとも愁いともつかない、どこか諦めたような空虚な顔だった。
「何でだろうな」
スティーブンのことだ、何のことだかさっぱりわからない、としらばっくれるのだろう――と予想していた彼女はあっさり裏切られた。
「なぜって、どういう意味よ」
「何で、アンナなんだろうな」
「ふうん……あなたのことを好きなのが、愛しのメアリーじゃなくて、アンナなのがご不満ってわけ?」
スティーブンは不貞腐れたようにそっぽを向き、答えなかった。
「でも私は、メアリーも脈ありと見てるんだけどなぁ。ああ、メアリーが素直じゃないのがいけないんだわ、あの子ったらまったく……」
「あいつはああいうやつだよ。良くも悪くも、な」
そう言って苦笑する彼を見ていると、また笑いがこみ上げてくる。