7章 本
シャーリーは、2日間をほぼベッドの上だけで過ごし、さらに3日は家の中だけ、そして意識を取り戻して6日目にやっと庭に出られるくらいに回復した。
早く魔法の庭に行きたいのになかなか良くならない、と焦れることもあったが、でも冬の間はずっと寝たり起きたりの生活で、もちろん庭に出ることも許されなかった。そのことを思えば、早い回復だと自分を慰めることが出来た。
それに、冬の間と大きく違うことがある。
アニー、シンディ、ニール、デニス、カイ。5人の村のこどもたちは毎日遊びに来てくれて、いろいろな話をしたり、部屋の中で出来る遊びをしたり、シャーリーをそれとなく慰め、励ましてくれた。
みんなが来るのは、学校が終わった後、夕方。その時間が待ち遠しくて、朝起きるともう、早く夕方にならないかなと口にしては、おじいちゃんとおばあちゃんに笑われた。
「シャーリー、これ、クロエおばあさんから借りた本なんだけど、とても面白いんだ。みんなで読んでいいって言われたから、良かったらシャーリーも読んでみて。ボクとアニーは読み終わって、別の本を借りてるんだ」
家の中なら歩き回ってもいい、とおばあちゃんの許しが出た日。夕方見舞いに来たみんなと居間でお茶を飲みながらしゃべっていた。
アニーに促されニールが取り出した本は、ハーブと同じように、魔法の光に覆われていて、シャーリーは目を丸くした。
「どうかしたの? シャーリー、何か驚くようなことあった?」
目を丸くしたシャーリーにニールが気づき、それぞれにしゃべっていた他の4人も、二人に注目している。
「あのね、その本……、光ってるの……。魔法の光だと思う」
魔法の光が見えることは、すでに話していた。驚かれ、喜ばれ、そして早く魔法の庭に行って、どう見えるのか知りたいね、とみんなで楽しみにしていた。
「こっちの本はどう?」
今度はデニスが別の本をかばんから取り出して、シャーリーに見せる。しかしそちらはごく普通の本で、光っているようには見えない。
横に首を振るシャーリーに、デニスは納得したように頷く。
「こっちの本も、シャーリーに読んでもらおうと思って持って来たんだ。うちにあった、それなりに貴重な本なんだけど、そういう問題じゃないんだな」
「やっぱり、クロエおばあさんから借りて来たってことが重要なのかしら?」
シンディが不思議そうに、2冊の本をペラペラとめくりながら首を傾げる。クロエおばあさんの本の方はページがめくられるたびに光の粒が中からこぼれ落ちるように出て来ては空中を漂い、やがて消える。
「クロエおばあさんの本は、どんなことが書いてあるんだ?」
「おとぎ話のような、昔話のような感じかな。短い話がいっぱい載ってるんだけど、どれも魔法使いの話で、どんなところでどんな魔法が使われていたかみたいな感じかな」
デニスに尋ねられて、ニールが答える。
「ホントに……あったみたいな……不思議な話だけど……作者は、不思議と思ってないの……」
言葉を選びながらたどたどしくアニーが言う。
「そう、だから、記録っぽいんだ。面白い話なんだけど、書き方がレポートみたいで」
「僕が持って来た本の方も短い話がいっぱい載ってて、ホントにおとぎ話、昔話だな。魔法使いの話もあるけど、騎士や王子さま、お姫様とかも出て来るし、動物が主役の現実にはありえない話も多い」
本は貴重だ。最近は増えてきたけど、それでもまだ少ない。子ども向けはなおさら珍しい。1冊手に入れば近所や親戚みんなで回し読む。デニスが持ってきた本もそういう風にして、みんな読んだことがあるらしい。カイも、あぁ、あの本か、と呟いている。そのまま、あの話が面白かったとか、この話が好きだとか、雑談になろうとしていたとき、本をめくっていたカイがそれを見つけた。
「3016年11月記すって最後のページに書いてあるぞ」
一瞬シーンと静まり返り、みんなで顔を見合わせる。
「えぇぇぇぇ?! それって何年前よ?!」
「2000年近く前だな……」
「今年……4869年……」
「でも、これ、デニスが持って来てくれた本と同じくらいキレイよ?」
「僕の本も古いけど、100年は経ってないよ」
「本って、そんなに劣化しないで持つものなのか……?」
「オレの教科書なんて、1年しないでボロボロだぞ」
「それはカイが勉強嫌いでわざと乱暴に扱うからでしょう!」
「教科書と、こういう本は、作り方がまた違うから、一概に比べられないけど……」
いろんな意見、疑問が、噴出してすごい騒ぎだ。しかし、誰もそれに答えることは出来ず、やがて再び静けさが訪れる。
「この本はおかしい……!」
沈黙のあと、みんなが口にした言葉は同じだった。
―――――
次の日。
シャーリーはいつも以上に夕方を待ち遠しく思っていた。
昨日は結局、魔法の庭に行って、クロエおばあさんに話を聞かないと何もわからない、という結論に達した。アニーが持っていたクロエおばあさんに借りたもう1冊の本も、やはり魔法の光をまとっていて、クロエおばあさんと魔法の庭に何らかの原因があるとしか思えなかった。
そして、気になることがもうひとつ。
「あら、懐かしい本ね。おばあちゃんも昔読んだわ」
夜、ベッドの上でクロエおばあさんから借りた本と、デニスが家から持って来てくれた本とを並べて眺めていた。どちらも革の装丁が施された、分厚くずっしりと重い立派な本だ。
内容も興味深いと思うよ、とニールが言い、アニーも面白いと太鼓判を押した。みんながいない昼間は暇だ。体調も回復してきたから夜もあまり眠れない。すぐにでも読んでみるつもりで置いていってもらったが、読もうとするといろんな疑問がわいてきて、ページをめくれずにいた。
そんなときにおばあちゃんがハーブティーを持って来てくれた。
「クロエおばあさんから借りた本なんだって。こっちはデニスの家にあった本」
「これも立派な本ね。村長さんは教育熱心だから……。良い本が借りられて良かったわね」
あんまり夜更かしして読んではダメよ、などとごく普通の会話が続いた。いつもの寝る前の会話と変わらない楽しいひと時。しかし、シャーリーはそれに違和感を感じた。普通すぎる。
そうだ! 魔法の光について、おばあちゃんは何も言っていない。
「ねぇ、おばあちゃん。この本の魔法の光、不思議だね」
それだけ言うのが、とてもどきどきした。
「魔法の光……?」
おばあちゃんが首を傾げる。何のことだか、おばあちゃんはわかっていなかった。
おばあちゃんには見えていなかったのだ。本がまとう魔法の光が。
どきどきと胸が高鳴る。おばあちゃんに見えなくて、シャーリーには見える。それはきっととても重要なことだ。シャーリーにとって、魔法の庭にとって。
早く! 1分1秒でも早く明日になって、そして夕方になってほしい。むしろ今からすぐにでも、みんなの家を訪ね歩いてこのことを話したい。そしてそのままみんなで魔法の庭に行って、クロエおばあさんに詳しい話を聞きたい!
しかし病み上がりのシャーリーにそんなことが許されるはずもなく、そもそも元気な時でも夜に出歩くことは禁止されている。
おばあちゃんは魔法の庭にあった立派なおもしろい本としか思ってなくて、それ以上のことは何もわからなかった。
明日みんなが来たら何かわかるわよ、となだめられたが、シャーリーにはわかっていた。
何かがわかるとしたら、自分が魔法の庭を訪れる時だと。
もどかしくて眠れず、魔法の本をめくってみた。光をまとっているから他に灯りがなくても、文字を追うのに不自由はない。
―――世界は光に満ちている。
本の中のその言葉が、どうしてか頭を離れなかった。
結局寝付いたのは、夜明け近く。カーテンの向こうがうっすら明るくなる頃だった。
最初はもどかしい気持ちを落ち着かせようと読み始めた物語は、ニールとアニーが言う通り、とてもおもしろくてすぐに夢中になった。記録文のような淡々とした語り口が心地よく、想像をかきたてられた。
きっとこの本に書かれていることは、おとぎ話じゃなく、本当にあったことなんだろう。魔法の庭を知るシャーリーにはそう信じられた。
昔、世界は本当に魔法に満ち溢れていたんだ。
本を閉じ、枕に頭を埋めながら思う。
今、魔法は姿を消した。魔法の庭や、魔法の光が見えるおばあちゃんやシャーリーは珍しいというか、奇跡に近い存在なのじゃないだろうか。だとしたら、それにはきっと意味があるんだろう。どんな意味なんだろう。どうして、おばあちゃんで、シャーリーなのだろう。
考えなきゃ、と思った。しかし、その考えはぐるぐると同じところをずっと堂々巡りして、答えに行き着くことなく、いつしか眠りに落ちていた。