5章 夢
村長さん、ハンスおじいちゃん、マーガレットおばあちゃん、シャーリー、アニー、シンディ、ニール、デニス、カイ。
魔法の庭から9人が列になって村へと帰って行く。
クロエおばあさんの家の灯りが庭の向こうに遠ざかり、庭をぼんやり照らしていたホタルの光も、森に足を踏み入れる頃には見えなくなった。
明るかった庭とは対照的に、森は闇に包まれていた。見えるのはみんなが手に持つランタンの灯りが照らすわずかな空間だけ。9人を次第に闇が包み込み、会話もなくなって行った。
そんな中、シャーリーは庭から離れるに連れて、身体が重くなるのを感じていた。会話が少なかったのを幸いに、体調の悪化が誰にもわからないように必死に前へと足を進める。
「今日はみんなにいっぱい心配をかけちゃった……。もうこれ以上心配をかけちゃダメだわ。がんばらないと…!」
必死に心の中でそう言い聞かせる。
そんなシャーリーを応援するようにカエルの鳴き声が聞こえる。
がんばりはしかし、街道に出る頃に限界を迎えた。
街道に出てホッとした瞬間、身体の力が抜けて、その場に崩れ落ちた。
村長さんに負ぶわれて、残りの家路を進み、家のベッドに寝かされたときには意識が朦朧としていた。
ずっと火の中を歩き回る夢を見ていたのは熱が高かったからだろうか。
マーガレットおばあちゃんとハンスおじいちゃんが入れ替わり立ち代り枕元に来ては声をかけてくれたり、冷たいタオルを額に乗せたりしてくれたのは何となく覚えている。
「あ、さ……?」
部屋の中がぼんやりと明るくなっている。
汗をかいたせいか、身体中がベトベトして気持ち悪いが、それがわかるくらいには、頭がはっきりしたようだ。
もぞもぞと身じろぎしてみると、どこか自分の身体じゃないような、動かしづらさがあるが、動かないわけではない。
「シャーリー?気がついた?」
呼びかけられて、部屋の入り口の方を見ると、おばあちゃんがたらいを持って、部屋の中に入ってきたところだった。
「お、ばあ…ちゃ、ん……」
のどが変な感じで、うまくしゃべれない。
出たのはかすれて、自分じゃないような声で、発音もはっきりしない。
「良かった。ちょっとは落ち着いたみたいね」
ベッドサイドにたらいを置いて、優しくシャーリーの額や顔に触れて、体温を確認してくれる。
おばあちゃんの手は冷たくて気持ちよかった。
「わ、たし……熱……?」
たどたどしく訊いたシャーリーに、おばあちゃんが頷く。
「村長さんに運んでもらって、ここに寝かせたときにはだいぶ高かったわ。まだちょっと高いけど、もう大丈夫」
たらいに入った水で冷やしたタオルで、おばあちゃんがシャーリーの額や顔、首周りを拭ってくれた。
「スースー、する……気持ち……いい……」
「熱を下げてくれるハーブの入った水よ。普通の水でしぼったタオルだとすぐに温まっちゃったの。このハーブ水にしてからちょっとずつ熱が下がってくれて良かったわ。シャーリーはハーブと相性がいいみたいね」
ハーブ水の冷却効果で身体も、思考も、スッキリしてきたので、起き上がろうと身体にちからを入れてみる。
仰向けからまっすぐ起き上がろうとするがちょっと頭を持ち上げるだけで、ちからが抜けて、ボフっと枕に沈み込んでしまう。
じゃあ、と思って寝返りを打とうとするが、すごくゆっくりにしか動けないし、背中がちょっと浮くくらいまででちからが抜けてしまう。
「熱を下げるのに、だいぶ体力を使っちゃったのね。大丈夫よ、すぐに元通りになるわ」
シャーリーの様子を見ていたおばあちゃんが優しく言って、助け起こしてくれた。
背中にいっぱいクッションを入れて支えにして座る。
「うん…」
言いたいことや聞きたいことはいっぱいあったけど、まだうまくしゃべれないし、何となく億劫になって、何も言えなくなった。
今までも何度も熱を出したことはあったけど、ここまで弱るのは初めてだ。
「起きていられるようなら、何か食べてみようか。水分も補給した方がいいわね」
不安でいっぱいのシャーリーだが、おばあちゃんはホッとした、うれしそうな表情を浮かべている。
きっといっぱい心配をかけたんだろうな、と思って、まだ全然食欲はなかったけど、コクンと頷く。
「あ…!」
頷いて顔を上げるとき、首筋にべたつきを感じて、身体の他の部分もベトベトしてたんだったと思い出す。
「おばあ、ちゃん…べと、べと…着替え……」
これだけ言うだけでも、声がかすれ、何度も咳をしながらで、ぐったりとしてしまう。
「あぁ、そうね。いっぱい汗をかいたものね。じゃあ、着替えるついでに温かいタオルで身体を拭いてキレイにしましょう。すっきりして気持ちいいわよ」
準備してくるわね、と言い残して、おばあちゃんは部屋を出て行く。
階段を下りていく足音を聞きながら、シャーリーは小さくため息をつく。
魔法の庭からの帰り道、無理をしたことがかえって体調を悪くして、心配をかけないようにがんばったつもりがかえって余計に心配をかけることになってしまった。
どうしてわたしってこんななんだろう……。ちょっとは元気になったと思ったのに、また冬の元気じゃなかった頃に逆戻り。ううん、あの時よりも弱ってるかもしれない……。
身体が弱ってることもあって、思考がずぶずぶと泥沼にはまりこんで行く。
「シャーリー?」
「あ…おじ、い、ちゃ……」
遠慮がちに部屋のドアがノックされ、おじいちゃんが顔を覗かせる。
俯いた顔をあげておじいちゃんを見ると、どうしてだか涙がこぼれた。
「よしよし、つらかったな。頑張ってえらかったな」
やさしく言いながら頭を撫でられると、それだけでだんだんと気持ちが上向く気がする。
「大丈夫だよ。またすぐに元気になって、魔法の庭にも行けるようになるからな」
「ほ、ん…と……に……?」
汗で汚れた顔を、涙でもっとぐしゃぐしゃにしながら首を傾げると、おじいちゃんが力強く頷いてくれる。
「もちろんだとも……!」
おばあちゃんもたくさんのタオルとやかんを手に戻って来て、太鼓判を押してくれる。
「おばあちゃんが知ってること全部試して、シャーリーのこと絶対元気にするんだから、安心してなさい! アニーよりも、シンディよりも、カイよりも元気になるわよ!」
街道を村に向かって追いかけっこするカイとシンディの姿を思い出して笑顔になる。
「さぁ、それじゃ、さっぱりしちゃいましょう! ハンス、台所から水の入った桶を持ってきて!」
おばあちゃんの号令で、おじいちゃんが動き始める。
シャーリーの部屋は2階なので、おじいちゃんは何度も階段を昇り降りして大変だっただろう。
おばあちゃんも思うように動けないシャーリーの身体を、額に汗して丁寧に拭ってくれた。
寒い思いをして、また熱が出ないように、服は脱がさないで肌蹴るだけ。
お湯にはまた何かハーブが入っているのだろう。落ち着くやさしい香りがする。
「もうベトベトするところない?」
温かいタオルで拭いてもらって気持ちよくて、ちょっとうとうとしながら、おばあちゃんの言葉に頷く。
満足したようにおばあちゃんも頷くと、下着とパジャマを着替えさせてくれた。
清潔な服はとても心地よくて、やっと人心地がついた気がする。
もう眠っても火の中を歩き回る夢は見ないで済むだろう。
「ごはんの準備をしてくる間、寝てて大丈夫よ。ちょっと休みなさい」
「ん……うん……」
おばあちゃんの言葉にかろうじて頷いたときには、まぶたは重く、ぴったりと閉じていた。そのまま、下に落ちていくような感覚に身を任せ、眠りに落ちていく。
次に目を覚ますのは、きっとおばあちゃんの作ってくれた美味しいごはんの匂いに誘われて。
そのときには今よりもっと元気になって、もっと頑張れるようになってるはず。
おじいちゃんとおばあちゃんを安心させるんだ。
そう決意するシャーリーの脳裏には、優しく微笑むおじいちゃんとおばあちゃんの姿。
おじいちゃん!おばあちゃん!と声をかけると、手を振ってくれて、二人の先には、お父さんもお母さんも、街の友達も、こっちの村での友達も、大好きな人みんなが一緒にいる。
うれしいな、楽しいな、と思いながら、周りを見回すと、そこは色とりどりの花の咲く魔法の庭で、あぁ、これは夢なんだな、とわかった。
これはシャーリーの夢。そして、魔法の庭の夢。