4章 家に灯る火
いろんな人の声が聞こえる。
笑い声、囁き、呟き、また笑い声。
とても楽しそうで、その輪に入りたくて、でもそう思えば思うほど声が遠くなる。
待って…待って…!
呼べば呼ぶほど逃げていく笑い声に、別の音が重なる。
カサ…カサカサ…と乾いた音。
違う、こっちじゃない、待って…待って!
「・・・って!」
近くではっきりと自分の声が響いて、それと同時に目がぱっちりと開く。
「シャーリー?起きた?」
何度か目をぱちぱちして、すぐ側からそう声をかけられ、意識がはっきりする。
「あれ…ニール…?わたし眠ってたの…?ここ、どこ?」
側らでシャーリーを見守っていたらしいニールが、読んでいた分厚い本から顔を上げ、パタンと閉じる。
「しゃーりぃー?おきたぁ…?」
足元で、シャーリーの寝るベッドに突っ伏して寝ていたらしいアニーも寝ぼけ顔を上げる。
「ここは森の中の庭。おばあさんの家の中だよ」
「えっ…?森の?だって、どうして、ニールとアニーがいるの?」
寝起きでまだ頭が働いていないこともあって疑問しか浮かばない。
「シャーリーおはよう。僕もいるよ」
「シャーリー、具合は大丈夫?」
台所と寝室を区切る衝立の向こうから、デニスとおばあさんが顔を出していた。
「おばあさん!デニスも…!何だか…まだ夢見てるみたいだけど…うん、大丈夫みたい」
ベッドの上にもぞもぞと身体を起して、首を回したり手を曲げたり伸ばしたりしてみるが、異常は感じない。
そんなシャーリーを見てニールは優しく微笑む。
「シャーリーを街道で待っていたんだけど、日が暮れてきても出て来ないから心配になってみんなで森に入ったんだ。そうしたら、シャーリーが言ったとおり、細い道が続いていた。もう、ね、すっごい興奮したよ!」
嬉しそうに話すニールに、シャーリーもうれしくなる。
デニスとアニーもうれしそうにしている。
「で、この庭に辿り着いてみたら、おばあさんが倒れたシャーリーの側で途方に暮れていたんだ」
ニールの言葉に苦笑しながら頷くおばあさん。
「なかなか目を覚ましてくれなくて、寒くなってくるのにちからがなくて動かせないし、ホントに困っちゃってたの。みんなが来てくれて助かったわ」
ちからもちのカイを中心に、みんなであーでもないこうでもないと相談しながらベッドに運んだらしい。
みんなの話を聞きながら、だんだんと目が覚めて、気絶したときの記憶が戻ってくる。
「わたし…びっくりしちゃって…気絶しちゃったんだ…」
アニーが手を伸ばして、呆然としているシャーリーの頭を撫でてくれる。
「カイくんとシンディちゃんが村に行ってるの。もうすぐハンスとマーガレットが来るでしょうから、そうしたらまた詳しく話しましょう」
そう言っておばあさんはキッチンへ戻っていく。
「シャーリーは夜にここの庭見たことある?」
ベッドの足元に腰を下ろして、アニーが顔をきらきら輝かせて尋ねてくる。
ニールとデニスも同じく顔を輝かせている。
「日が暮れる前に帰るのがおじいちゃんとおばあちゃんとの約束だから…すごいの?」
3人の輝く顔を見れば答えは想像に難くない。
思った通り3人は揃って頷く。
「たぶん虫だと思うんだけど、庭中が小さく光ってるんだ」
「一匹一匹は小さな虫で小さな灯りなんだけど、ところどころで群れになって足元に、宙に、舞って光を放っているんだ」
「すっごいキレイなの!」
三人の興奮がシャーリーにうつってベッドを出て、庭に駆け出したい気分になる。
「ホタルという虫なのよ」
トレイに人数分の湯気の立つカップを載せ、おばあさんが戻ってくる。
デニスとニールが衝立をどかし、椅子をベッド周りに人数分運んできて、みんなでベッドを囲んで座る。
「ホタル?」
「ここに来るのは特殊な種類みたいだけどね。お尻が光るのよ。あとヒカリゴケもあるわね」
カップの中身は優しい味のハーブティーだった。
湯気でニールのメガネが曇り、それを見てみんなで笑い合う。
「この庭はマーガレットが、シャーリーのおばあちゃんが造ったの」
「え?おばあさんが…あなたが造ったんじゃないんですか?」
おばあさんの言葉に、みんなはきょとんとする。
シャーリーは2回目なので、少し落ち着いて聞いていられる。
「いいえ。わたしはただの管理人。マーガレットから世話の仕方を習って、維持しているだけなの」
「マーガレットおばあちゃんの家のお庭もキレイ」
アニーは納得したようで、うんうんと頷いている。
「維持しているだけでもすごいけどなぁ…」
「うん。庭ってすぐ草が生えたり、植えた覚えのない花や木も生えてくるよな」
自分の家の庭の草むしりを手伝わされたことを思い出しながら呟くニールとデニス。
「それは、この土地のちからのおかげと、マーガレットの工夫ね。今の形になるまでには何年もかかったのよ」
「なるほど。それなら理解出来る」
「そういえばうちの庭もマーガレットおばあさんに手入れの仕方を教わってからだいぶ手伝いの回数が減った気がする」
おばあさんの言葉にニールとデニスが納得する。
「何年も…?じゃあ、マーガレットおばあちゃんも、ここに住んでたの?」
アニーの質問におばあさんが頷く。
みんなで話しているのがとても楽しそうに見える。
それは、シャーリーも同じだった。
そしてみんなもきっと。
「わたしと、ハンスとマーガレット、あともうひとりが一緒に住んでいたわ。村の人も良く遊びに来てくれたのよ」
遠くを見つめるようにしておばあさんが答える。
きっとその頃のことを思い出しているのだろう。
と、そのとき扉をノックする音が聞こえた。
「あぁ、みんなが着いたみたいね」
おばあさんがカップを置いて立ち上がり、玄関の扉を開ける。
おばあさんの家は小さいのでベッドからも玄関が伺える。
ドアを開けると、心配そうな顔をしたマーガレットおばあちゃんがいちばん前に立っていて、庭のおばあさんとぎゅっと抱き合った。
「クロエ…久しぶりね。孫娘が世話になったわ」
「いらっしゃい、マーガレット。世話なんて何も。シャーリーが来てくれて、昔を思い出して毎日楽しかったわ」
名残惜しそうにおばあさんと離れ、マーガレットおばあちゃんはシャーリーのところに近寄ってくる。
それを見て、デニス、ニール、アニーが場所を空ける。
おばあさんは、ハンスおじいちゃんや村長さんと挨拶をしていて、その後ろにカイとシンディの姿が見える。
「シャーリー、起きてたのね…」
ホッとしたように微笑みながらマーガレットおばあちゃんがシャーリーの頭を撫でる。
「おばあちゃん、心配かけてごめんなさい」
シャーリーが言うと、マーガレットおばあちゃんは何でもない、と顔を横に振って、シャーリーの額や首筋に手を当てる。
熱を測っているのだろうその手はとても冷たくて、でも頬は赤く染まっていて、寒い中を急いで来てくれたんだな、と申し訳なさが募る。
「謝るようなことじゃないわ。目が覚めて良かった。どこかつらいところはない?熱はそんなに高くないわね」
「大丈夫。ちょっとびっくりしちゃって…。あと、昨日あんまり眠れなかったから…」
挨拶を終えたおじいちゃんや村長さんたちも家の中に入ってくる。
カイやシンディも、目を覚ましているシャーリーを見てホッとして笑顔になっている。
「ごめんなさい、マーガレット。わたしがあなたが魔女だって話したの。こんなにシャーリーがびっくりするなんて、軽率だったわ…」
おばあさんは申し訳なさそうに小さくなってマーガレットおばあちゃんに謝る。
「クロエったら、まだそんな話をしてるの?わたしはただちょっと庭仕事が得意なだけの普通のおばあちゃんよ」
「マーガレットこそいい加減認めなさいよ。普通のおばあちゃんがこんな庭を造れるものですか」
庭のおばあさん、クロエおばあさんとマーガレットおばあちゃんが言い合いを始める。
しかし、丁々発止に言い合っていても二人とも楽しそうで、6人の子供たちは顔を見合わせてくすくすと笑い合った。
「クロエさん、マーガレットさん、お久しぶりで積もる話があるのはわかりますが、今日のところはこの辺にしましょう。子供たちもいることですし、早く村に戻らないと」
村長が二人の間に入り、マシンガントークがようやく止む。
「待ってよ、お父さん。帰る前に、もうちょっと説明してもらわないと、またシャーリーが悶々として熱を出しちゃうかもよ?」
デニスがシャーリーを見てニヤリと笑いながら言う。
人を出しにして…と思いながらも、実際気になることばかりなので、コクンコクンと頷いておく。
「どうしますか?」
村長が二人のおばあさんに判断を仰ぐと、マーガレットおばあさんが頷く。
「まぁ、デニスの言うことももっともね」
「みんな寒い中を歩いてきて冷えているでしょう?温かいものでも飲みながら少し話してから帰るといいわ」
クロエおばあさんはうきうきした様子を隠せずに台所へ。
アニーとシンディが手伝うために後を追う。
「シャーリーたちは何を飲んでいたの?」
マーガレットおばあちゃんに尋ねられ、ハーブティのカップを手渡すと、色を見たり匂いを嗅いだりしてからひとくち口に含む。
「なるほど、今のシャーリーにぴったりだわ。昔教えたことを覚えてたのね」
マーガレットおばあちゃんが返してくれたカップにくちをつけて味わう。
「おばあちゃんとクロエおばあさんの友情の味?」
シャーリーの言葉にうれしそうに微笑んで頭を撫でてくれた。
「さぁ、お茶が入りましたよ」
クロエおばあさんとアニーとシンディが人数分のお茶を持って戻ってくる。
カップが足りなかったのか、スープボールに入ったものもある。
みんなで、はふはふと息を吹きかけ覚ましながら熱いお茶をすする。
「おいしい…。懐かしい味ですな」
村長が呟く。
懐かしい、ということは、村長もまたここで過ごしたことがあるのだろう。
「さて、何から話をしたものかな…。デニス、お前は何から聞きたい?」
村長から話を振られて、デニスは一瞬考える。
「クロエおばあさんが魔女なんですか?それともマーガレットおばあさん?そもそもここは魔法の庭なんですか?」
デニスの言葉に他のこどもたちが、それそれ!と言わんばかりに頷く。
大人たちが顔を見合わせ、無言で打ち合わせが行われ、ハンスおじいちゃんがくちを開く。
「この庭に魔法がかけられているというのは事実だ。だがな、マーガレットもクロエも、魔女と呼べるほどの魔法は使えない」
おじいちゃんの言葉に二人が頷く。
「私は庭造りが得意で、ハーブについての知識もいろいろ持っているけれど、それは人の書いた本を読んだり、試行錯誤して手に入れた知識で、魔法じゃないわね」
「私はそんなマーガレットからいろいろ教えられただけ。もっと魔女とは程遠いわ」
明らかに落胆する子供たちに苦笑しながら二人のおばあさんが説明を加える。
「でも、じゃあ、この庭にかかっている魔法って?それに、魔女じゃないにしてもこの庭はすごすぎませんか?」
冷静に質問を重ねるデニスにおじいちゃんが頷く。
「どんな魔法がかかっているのかはわからないんじゃ。だが、入れる人間と入れない人間がいて、庭が人を選んで呼んでいるとしか言えなくてのう。それを魔法のちから以外の言葉で呼ぶのは適さないと思うんじゃ」
庭による選択を身を持って経験した子供たちには納得の行く言葉だった。
「この庭を造るとき、私は魔法のちからを感じたわ。何だか自分で考えて庭を造っているんじゃなく、造らされてる気がしたの。だからこそ、こんな素晴らしい庭が造れたんだと思ってる」
「私もね、この庭を毎日見ながら、自分で世話をしている気がしないのよ。この庭という場所そのものが魔力を持っていて、私はその魔力に突き動かされ、使われている。そんな気がするの」
ふぅ・・・とたくさんのため息が輪唱のように聞こえる。
「つまりは良くわかんねぇってこと?」
カイが身も蓋もないことを言って、シンディに頬をつねられているが、シャーリーはその言葉がとてもしっくりしてしまった。
大人たちも苦笑しながらも頷いている。
「魔法はもうだいぶ前に絶えてしまったからね。良くわからないことばかり、というか、わかることなんてほとんどない状態なんじゃ」
「わかっているのは、魔法のちからはある、ということだけね」
ハンスおじいちゃんとマーガレットおばあちゃんの言葉に、場がシンと静かになってしまう。
あるのなら、その証明をしたい、詳しく調べたい、ふとそんな思いがシャーリーの胸に湧き起こったが、何となく口に出せずに、そのまま胸に仕舞ってしまった。
「じゃあ、なんで、魔女に食われるとか嘘の噂広めたんだ?じいちゃんばあちゃんたちも、村長も、ここ来たことあるんだろ?」
冒険に憧れていて、ちからが有り余っていて、カイがいちばんがっかりすると思ったのに、意外と冷静にそんな質問を投げかける。
「魔法のちからについてはわからないことばかりだ。子供たちにどんな影響があるかわからないし、逆に人が多くここを訪れたら庭の魔法のちからが薄れてしまうかもしれない。それを恐れて私たちは庭を秘密にすることにして、子供が近寄らないように噂を流したんだ。おまえたちには逆効果だったみたいだがね」
村長さんの面白がってるような、苦笑まじりの視線にシャーリー以外の子供たちが身を小さくする。
「これからも、ここ、来られるかなぁ…」
アニーの呟きには、誰も返す答えを持たない。
「庭次第、としか言えないけれど、私はみんなが遊びに来てくれるのを楽しみにしてるわ」
「僕の予想では、これだけで終わるはずがないんだ。またいろいろ話を聞かせてください、クロエおばあさん」
デニスの自信満々の言葉に、みんなは深く頷く。
「わかってると思うが、今ここにいる者とその家族以外には、庭とクロエさんのことは秘密にしておくこと!」
村長さんに言われて、はーい!とみんなで声を合わせる。
「さて、それじゃあそろそろ村に帰りましょうか。シャーリーは2,3日家で静養させるわね」
シャーリーとクロエおばあさんはちょっとがっかりしながらも、不承不承頷いて、別れを交わす。
「子供たちだけじゃなくて、村長やマーガレット、ハンスもたまには顔を見せてね。シャーリーが来るまで何年もひとりぼっちだったんだから」
拗ねたように言うクロエおばあさんに、みんなが笑顔に包まれる。
またの再会を約束して、ひとりずつ家の外に出る。
狭い家に大勢で詰め込まれていたからか、外の空気がとてもおいしく感じる。
「シャーリー、うしろ、振り向いてみて」
クロエおばあさんからこっそり本を借りて、いちばん最後に家を出て来たニールが、家の方を振り向くように言う。
ずっと手を振り合って別れを惜しんでいたクロエおばあさんがまだ立っていて、その姿を家の灯りが包み、さらに手前の庭がぼんやりとした明かりに染められていて、まるでおとぎ話の絵本の挿絵のような風景だった。
「ホタルね…」
もう一度おばあさんに手を振ってから、前に、森へと歩を進める。
「ホント…すごかったね…また、見たいな…」
「見られるよ。ボクたち6人は、きっとこの庭と縁が深い。ボクの予想っていうか、希望だけどね」
本を借りたのは、また返しに来るという理由をつくるためだったのかな、と思いながら、大人たちに続いて進んで行った。
すっかりまっくらになった森の中でそれぞれが持つランタンの明かりだけが動いていた。
いつもにぎやかなくらいの虫の声も、カエルの声も、その日は何も聞こえなかった。
ただただ、静かだった。