3章 庭とともだちと意外な事実
シャーリーは寝不足の目をこすりつつ、ベッドから出た。
夕べは、新しくともだちが出来た興奮でなかなか寝付けなくて、ベッドの中で寝返りを打ってばかりいた。
思えば街にいる頃も、ともだちは少なかったし、良く会うなーくらいの知り合いから始まって、気がついたらともだちと呼べる存在になってた、というパターンばかりで、昨日みたいに初対面からいきなりともだちになりましょう!そうしましょう!ということは初めてだった。
「ともだちに…なったよね…?」
不安が心を過ぎるのを慌てて打ち消そうとかぶりを振る。
昨日はみんなで牛の世話をした後、家まで送ってきてくれて、おじいちゃんとおばあちゃんも喜んでくれた。
「そうだ!おじいちゃんとおばあちゃんが証人だ!」
証人がいることに気づいて、元気を取り戻し、身支度を整えて、1階にある台所へ向かう。
今日はいつもよりちょっと遅めだから、おばあちゃんはもうほとんど朝ごはんの支度を終えてしまっているかもしれない。
「おばあちゃん、おはよー・・・う・・・?」
キッチンが静かだなーと思いながらも、入っていくと、そこには誰もいないし、料理をした形跡もない。
「あれ?・・・おばあちゃーん!・・・おじいちゃーん!」
声をかけながら、台所、洗面所、居間へと回って、ふと窓の外に目をやると、おじいちゃんとおばあちゃんが歩き回っているのを見つけた。
庭に出てみると、いろんな種類の草や木の苗、肥料が散乱している。
「シャーリー、起きたのか。おはよう」
「おじいちゃん、おはよう。何をしてるの?」
シャーリーに気づいたおじいちゃんが近寄ってくる。
おばあちゃんは何やら考え込みながら、庭を眺めている。
「ばあさんが庭の模様替えをしたいというんでな。手伝っていたんだよ」
「模様替え?!」
おじいちゃんの言い方に首を傾げていると、頭をぐりぐりと撫でられた。
「お庭も模様替えしたりするんだね」
「そうだなぁ、こんなおおがかりなのは久しぶりだがな」
考え込んでいたおばあちゃんが、何かを思いついたように顔を上げる。
お母さんに良く似てるけど、お母さんよりも日に焼けて、深い皺が刻まれたおばあちゃんの顔が、シャーリーはとてもキレイだと思った。
「シャーリーおはよう!朝ごはんの前にちょっとだけと思ったら、結構時間経ってたみたいね」
シャーリーに気づいたおばあちゃんが手を休めて近づいてくる。
「おばあちゃん、お庭の模様替え、大変なの?」
普通に聞いたつもりだったのに、声に出したらすごく心配そうになってしまった。
シャーリーを安心させるようにおばあちゃんはやさしく笑ってくれる。
「大変にするのもしないのもおばあちゃん次第なんだけどねぇ、考えてたら欲が出ちゃって。ちょっと大変になりそうね。おじいちゃんががんばってくれるから大丈夫よ」
おばあちゃんの言葉に、おじいちゃんは苦笑している。
苗の数だけ見ても、ちょっとじゃすまないくらい大変なのがわかるのに、おじいちゃんはイヤとは言わない。
ちょっと困った顔にはなってるけど笑ってる。
「おばあちゃん、わたしもお手伝いするよ!」
疲れたら体調を崩しちゃうからいいわよと断られちゃうかな、と思ったけど、おじいちゃんもおばあちゃんもうれしそうに頷いてくれた。
「そうしてくれると助かるわ。まだちゃんと方針が決まってないからはっきりとは言えないけど、1週間くらいはかかっちゃいそうだし、まぁ、のんびりやりましょう。まずは朝ごはんを食べないとね!」
村に来て、春になって、体調が良くなったからだろうけど、お手伝いをさせてもらえるのがシャーリーはうれしかった。
街でお父さんとお母さんと暮らしているときは、シャーリーは体調を崩すといけないからと言われて、お手伝いをさせてもらえなかった。
二人のお姉ちゃんはお手伝いしなくていいなんてうらやましいとかずるいとか言ってたけど、でもシャーリーは仲間はずれになった気分だった。
ぶつぶつ文句を言いながらも一緒にお料理したりお掃除したりするお母さんとお姉ちゃんたちはとても楽しそうに見えたから。
「朝ごはんの準備もお手伝いするね!」
シャーリーの声が弾む。
庭仕事の手伝いも、日々の家事の手伝いも、ここに来るまではほとんどやったことがなかった。
ベッドから離れられない状態から、ちょっとずつ良くなるにつれて、おじいちゃんもおばあちゃんもいろんなことをやらせてくれた。
やりすぎて疲れて、ベッドに逆戻りしてしまうことも多かったけど、それでも楽しかった。
「こきつかわれて腹ぺこだ。ばあさん、シャーリー、朝ごはん山盛りで頼むよ」
おじいちゃんの言葉に笑いながら、台所へ向かう。
頼むよ、と言いながら、おじいちゃんも準備を手伝うのはいつものこと。
おばあちゃんがメニューを決めて、おじいちゃんとシャーリーが材料を出してきて、おばあちゃんとシャーリーが野菜の皮を剥いたり切ったり下ごしらえ。
おじいちゃんはその間テーブルを片付けて、拭いて、お皿を出して、出来た料理から盛り付けていく。
息の合った流れ作業だ。
「サラダとハムエッグとトースト、ホットミルク。簡単なものばっかりになっちゃったけど、勘弁してね」
テーブルに料理を並べ終えて、おばあちゃんが肩をすくめる。
「充分じゃ。これ以上出来上がるのを待ってもいられないしな。さぁ、食べよう。いただきます」
「「いただきます」」
おじいちゃんの号令で、声を合わせ、食べ始める。
庭の畑から収穫したばかりの野菜、飼ってる鶏が今朝産んだばかりの卵。
自家製採り立ての材料で作った朝ごはんはいつも通りに美味しかった。
「食べ終わったら、庭の構成をもうちょっと考えたいから、後片付けはおじいちゃんとシャーリーに頼んでいいかしら?」
トーストにジャムを塗りながらおばあちゃんが言う。
ジャムももちろんおばあちゃんの特製だ。
「はーい!」
「わかったよ」
シャーリーもおじいちゃんも二つ返事。
「庭の構成って、どんなことを考えるの?」
「そうねぇ…。冬の間、シャーリーとずっと一緒にいられたから、いろんなハーブを試してみたの。覚えてる?」
ハーブ、というとお茶とか料理だけど、それだけじゃない気がして一生懸命思い出す。
冬、この家に来たばかりの頃は、体調が悪すぎて、熱で頭がぼーっとしてることも多くて、あまり記憶が定かじゃないけれど、暖炉にかかった鍋からはいい香りの湯気があがっていたし、枕辺には日替わりで匂い袋が置かれていたような気がする。
そう言うとおばあちゃんはうれしそうに頷く。
「そうよ。鼻が通って呼吸が楽になる匂いとか、咳が楽になる匂いとか、湯気と匂い袋の組み合わせでも効果が上がったり下がったり、いろいろあるのよ」
「知らなかった!おばあちゃん、すごいのね!」
シャーリーが褒めると、おじいちゃんが、うれしそうにおばあちゃんを自慢する。
「ばあさんの得意技なんだよ。ばあさんは昔から、わしや、村の人や、大勢この技で助けてきたんじゃ」
「大勢ってほどじゃないけどね」
そういうおばあちゃんもうれしそうだ。
「街の家でもシャーリーに使ってって、お茶とか匂い袋とか、いろいろ送ってはいたけど、やっぱり効いてる様子とか、体調の具合とか、近くで見られないとぴったりするものは使えないのよね」
「そうなんだ~!難しいのね」
シャーリーの言葉に頷きながら、おばあちゃんは考え込んでいる。
「この冬の間、シャーリーに効く草木がいくつかわかったから、それを増やそうと思ったんだけど、そうすると庭の見た目も変わるし、草木同士で仲がいい悪いもあったりしてね…」
このおじいちゃんとおばあちゃんの家の庭は、昔から、いつ来ても草や木や花がいっぱいだった。
自然豊かな田舎だからと思っていたけれど、おばあちゃんが育てていたからで、しかもシャーリーを助けるためだった。
そう思うと、温かい気持ちになって、自然ににこにこしてきてしまうシャーリーだった。
「もうちょっといろいろ考えたいから、方針が決まるまではお手伝いは大丈夫かな。明日から、朝ちょっと早めに起きて手伝ってくれる?庭の手入れは朝の早い時間がいいのよ」
今日からすぐにでもバリバリ手伝いたいシャーリーだったが、おばあちゃんの言葉にちょっと残念に思いながら頷く。
「じゃあ、おばあちゃんは庭にいるわね。後片付けお願い。シャーリーのお弁当、台所に準備してあるからね。簡単になっちゃったけど…まぁ、大丈夫でしょう!」
「うん、ありがとう!おばあちゃん、がんばってね!」
ごちそうさま、とテーブルを後に庭へ出て行くおばあちゃんを見送って、シャーリーとおじいちゃんは後片付けを始める。
「お庭の手入れって大変なんだねぇ…」
おじいちゃんが洗った食器を布巾で拭いながら呟く。
「ばあさんの場合は特に凝り性だからなぁ。庭で言っておったろう?大変にするもしないもおばあちゃん次第だと。ただ植物を増やすだけなら、植えるだけじゃから、そんなに大変じゃないさ」
今日の朝ごはんは簡単だったこともあって、三人分の皿洗いもさくさく進む。
「もう何年も大きく変えてなかったから、今回は気合が入ってるようだなぁ。明日から、大変じゃが、見てるだけでも面白いぞ。魔法みたいに庭が変わっていくからのぅ」
魔法みたいにという言葉に、何故か胸がどきっとする。
おじいちゃんは皿洗いを終え、最後の一枚をシャーリーに手渡した。
「明日から、森に行くのお休みした方がいいかなぁ?」
「まぁ、シャーリー次第じゃろう。ばあさんは考えながら、少しずつ作業していくから、1日中庭仕事って訳でもないしのぅ。森の空気を吸うのも身体にいいだろうし、お休みせんともいいと思うがな」
布巾で拭い終わった食器を棚に片付け、代わりに水筒を取り出して、中に牛乳を注ぐ。
「明日、どんな感じか見てから決めようかな。とりあえず今日は夕方まで森に行ってくるね。昨日の…お、おともだちともまた遊ぶかも…しれないし…」
おともだち、という言葉がまだ何だか照れくさくて、しどろもどろになるのを、おじいちゃんはうれしそうに見ている。
「あの子らはいい子たちだよ。この村の子らはみんないい子だ。シャーリーが仲良くなれて良かった」
「うん。みんなすごく優しいの」
昨日のいろんなやりとりを思い出しながらうなづく。
今日はちょっと早めに森の庭を出て、街道でみんなを待ってみようか。
森の庭のおばあさんにも紹介しなくちゃいけない。
そう思うと、気持ちが急に森の庭のことでいっぱいになってそわそわしてくる。
「それじゃあ、おじいちゃん、わたし、そろそろ支度して森に行ってくるね!」
「あぁ、行っておいで。気をつけるんじゃよ」
おじいちゃんの声に見送られながら、二階の自室に駆け上がり、いつものカバンにハンカチと薄手のショールを入れる。
ハンカチは、昨日泣いたときに持ってなくて、デニスから借りてしまったので、反省して、確実に入れることに決めた。
ショールはまだ夕方とかは寒い日があるからと、おばあちゃんが仕立ててくれたお気に入り。
森に行く準備は、あとはお弁当と水筒を持てば終了。
台所に戻るとおじいちゃんはもういなくて、庭からおばあちゃんとおじいちゃんの話す声が聞こえる。
いつもよりずっしりと重いお弁当と水筒をカバンに詰めて、家を出る。
「おじいちゃん!おばあちゃん!森に行ってきますー!」
庭にいる二人に手を振って、今日も森に出発する。
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「おばあさん、こんにちわ」
村の人たちと立ち話をしつつ、森の庭に着いたときにはもう昼近くなっていた。
「あら、シャーリー、こんにちわ」
庭の主は、枯れた花を集めてるところのようだった。
枯れた花や葉っぱを、そのまま木につけたままにしておくと、木を弱らせてしまうと言っていた。
これは大事な作業なのだ。
「おばあさん、わたしも手伝います!」
すっかり慣れた様子で家の中からハサミと籠を取ってくると、庭を歩き回って、枯れた花や葉を取り除いていく。
黙って同じ作業を繰り返していると、いろんなことを考えてしまう。
今は特に…。
何ておばあさんに新しいともだちを紹介したらいいんだろう?
「あっ…!やっちゃった…」
ボーっとしてしまっていたのだろう。
枯れた花を摘み取るはずが、まだつぼみの枝を切ってしまっていた。
何だかくやしいような情けないような気分になってため息が漏れる。
魔法の庭だとか、おばあさんがきっと魔女だとか、特別な理由もあるけれど、だけどシャーリーの目的の根本はともだちをともだちに紹介したい、それだけだ。
ともだちとともだちを引き合わせるだけのことがどうして出来ないのだろう。
「シャーリー、ちょっと休憩しましょう。その枝も持ってきてね」
見るとおばあさんは手に一輪挿しの花瓶を持っていて、テーブルにはお茶の準備が出来ている。
「この庭には無駄なことなんて起こらないのよ。全てに意味があるの」
一輪挿しに挿されたつぼみの枝は、まだ咲いていないのにとてもきれいだった。
「きれい…」
「このつぼみはシャーリーみたいね。これから咲こうとする希望と未来に輝いてる」
おばあさんの言葉にシャーリーは首を横に振る。
不器用で、何かをしようとするとすぐどぎまぎしてしまって、これから輝ける自信なんて全然なかった。
「何か、話があるんじゃない?」
さりげなく、お茶を飲みながら、何でもない風におばあさんが訊いてくれた。
あんまりさりげなかったから、シャーリーも何も考えずに言葉を発していた。
「昨日、新しいおともだちが出来たんです」
ひとこと発したら、あとは流れるように言葉が出て来た。
それにおばあさんはうれしそうに、楽しそうにうん、うん、と頷いてくれる。
「良かったわね。いいおともだちが出来て」
「それで、あの…。おばあさんにも会って欲しいんです!ここに連れて来ちゃダメですか?」
勢いだった。
言ってから、もうちょっと言葉を選べば良かったかな、とか別のタイミングがあったんじゃないかな、とかどきどきしてしまった。
「楽しそうね。ここに大勢お客さんが来るなんて、久しぶりだわ」
反省したり、後悔したり、頭の中がぐるぐるしているシャーリーを余所に、おばあさんの返事はシンプルだった。
「良かった…!断られちゃうかと…」
「あら、どうして?あぁ、わたしが魔女で、ここが魔法の庭だから…?」
おばあさんはおかしそうにくすくす笑っている。
「そんなの嘘だもの。それに、久しぶりではあるけれど、ここにお客さんが来たこと、何度もあるのよ?」
「そうですよね…。魔女とか、魔法とか…。嘘ですよね」
ホッとしたような、だけどちょっと残念なような気持ちで呟く。
「連れていらっしゃい。シャーリーのおともだちだったら大歓迎よ」
晴れた日の太陽のようににっこり微笑むおばあさんに、シャーリーも笑顔になって頷いた。
「さて、じゃあ、気がかりがなくなったことだし、お昼ご飯にしましょうか?」
今日は庭に着いたのが遅かったこともあって、太陽はもう中天を越えて傾き始めていた。
シャーリーは頷いて、お弁当を取り出す。
マーガレットおばあちゃんの作ってくれたお弁当を確認して、庭のおばあさんと二人で、追加する料理を考えるのは庭での楽しい日課のひとつだった。
「え……?」
「ぷっ…くくく…ふふぁははははは・・・!!」
しかし、この日、お弁当箱を開けて中を見たシャーリーは思わず言葉を失い、庭のおばあさんはお腹を抱えて笑い出す。
お弁当の中には、ハムとベーコンの塊と、ソーセージが2本、何の料理もされずにただ詰め込められていた。
「ひゃは…はっ…あはは…マーガレットったら…くすくす…相変わらずねぇ…」
発作のように笑い続けていたおばあさんが、笑いすぎて溢れた涙を拭いながら呟いた言葉に、シャーリーはあれ?と思う。
「マーガレットって…おばあちゃんの名前、話しましたっけ?それに、相変わらずって…?」
「あぁ、しまった。ついばらしちゃったわ。さっき、言ったでしょう?ここにお客さんが来たことがあるって」
深呼吸を繰り返して、呼吸を整えながらおばあさんが言う。
シャーリーは目をぱちくりしているしか出来ない。
「来たことがあるのよ。マーガレット、あなたのおばあちゃん。シャーリーがマーガレットの孫だって、すぐわかったわ。若い頃のマーガレットに良く似ているもの。それに、マーガレットも、シャーリーがここに来ているって気づいてるのね。じゃなきゃ、いくらなんでもこのお弁当はないわぁ~!」
そう言うと、また笑いの発作に襲われて、苦しそうにお腹を抱える。
シャーリーはまだおばあさんの言葉を飲み込めずに頭の中が真っ白になっている。
「ついでにもうひとつ教えちゃおうかしら?さっき、魔女も魔法も嘘だって言ったけど、全部が全部嘘ではないの」
キョトンとおばあさんを見つめるシャーリーの頭を優しく撫でながら、おばあさんは言葉を続ける。
「ここは魔女の棲む庭ではないけれど、魔女に魔法をかけられた庭ではある。わたしは魔女ではなくただの庭の管理人。庭に魔法をかけた魔女は、ここではなく村に棲んでいるの。マーガレットが本当の魔女なのよ」
おばあさんの言葉が飲み込めず、頭が真っ白になっていたハズなのに、どうしてだろう。
この言葉は、まるでシャーリーの心に一文字ひともじ刻み込まれるように聞こえてくる。
マーガレットおばあちゃんが魔女。
心の中で、その言葉が何度もリフレインして、やがて目の前が真っ暗になって、シャーリーは気を失っていた。






