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庭から始まる冒険譚  作者: 和楽日 餅子
第1話 魔女の棲む庭
2/7

2章 出会いは出会いを呼ぶらしい

森の中の庭に通うようになって10日あまりが過ぎた。

もう何年もそうしているように感じながら、毎日森の小道を抜け、庭でおばあさんと語り合い、庭の手入れをする。

家の裏にある畑や、その更に奥にある湖も見せてもらった。

畑にはシャーリーが来るようになった分、作物を増やした。

湖で釣りもした。

魚は時間があるときに釣って、庭の池に放しておいて、食べるときにまた捕まえる。

何年も捕まらずに池の主になっている魚もいると聞いて、シャーリーはどの魚が主なんだろうと何時間も池を眺めたりもした。

何をしても、何もしなくても、庭での時間は楽しかった。


「おばあさん、そろそろ帰りますね。また明日!」


日暮れが近づくと、おばあさんに別れを告げ、村へと戻る。

カエルが一匹、毎日シャーリーを森を貫く街道に出るまで送ってくれる。

毎日のことなので、もう偶然だとは思えなかった。

おばあさんは、この庭には不思議なことがたくさんあるのよ、と言って笑っていた。

このカエルも、その不思議のひとつなのだろう。


「おばあさんは、魔女なのかも…違う?カエルさん」


帰り道、ふと思いついて呟く。

カエルはケロっとひとつ鳴いたが、これはイエスなのだろうかノーなのだろうか。

今ではほとんどいなくなってしまったが、昔は魔女や魔法使いがたくさんいたのだと言う。

物語の中の話ではなく、本当のことなのだと学校で習ったことを思い出す。

他の人にはない不思議な力は、人から妬まれ、恐れられ、幾度となく起こった魔女狩りによって、魔女も魔法使いもその姿を消したのだと。


「今、世界にはたくさんの問題があります。世界中のたくさんの頭のいい人たち、政治家や学者が解決のために努力し、研究していますが、もし、今まだ魔法というものを使いこなす人たちがいたら、また別の解決への道筋が見つかったかもしれませんね。その可能性を失くしてしまったのは悲しいことです」


どこか遠い目をしながらそう語っていた先生は、若い頃に戦争にいって、片足を失くしていた。

もし、おばあさんが魔女なら、この世界を変えられるのだろうか?

それとも、妬まれて、魔女狩りされてしまうのだろうか?


「自分と違うからと言って、排除しようとするのは愚かな行為です。違いを尊びましょう」


その日の授業を先生はそう言って締めた。

変わった先生だったけれど、でも面白くて、温かい、いい先生だった。

元気になったらまた街に戻って先生の授業を受けられるのだろうか。

また受けたいな、と急に街が、学校が懐かしくなった。


「カエルさん、今日もありがとう、また、明日ね」


道の両脇に茂る篠が大きくなり、草が密度を増した。

街道の近くになるほど、小道を隠すように草木が勢いを増す。

ケロっと一声鳴いて姿を消すカエルを見送って、草をかき分けて街道に出る。


「おまえ!どこ行ってたんだ!!」


その日、街道に出て、最初に目に入ったのは、仁王立ちしてシャーリーを睨む少年の姿だった。

シャーリーよりも背が高く、がっしりした少年に、声変わりしかけのガラガラ声を張り上げてそう怒鳴られて、思わず身体がすくんで、何も言えずに固まってしまう。


「そんな草むらに入り込んで!どこ行って・・・ぐゎ・・・!」


さらに怒鳴りつけてきた少年のくちが後ろから塞がれて、別の少年二人に引きずられるように連れて行かれ、代わりに二人の女の子がシャーリーの前に立つ。

ひとりは、シャーリーよりも少し年上に見える、赤毛の、元気の良さそうな女の子。

もうひとりは色白で、ふわふわの金髪の大人しそうな女の子で、シャーリーよりも年下のようだ。


「ごめんね、びっくりさせちゃった?あいつのことは気にしないで。大丈夫?」


赤毛の子が、固まったままのシャーリーを心配そうに覗き込みながら話しかけてくる。

金髪の小さい子の方も、赤毛の子のうしろに隠れながらも、心配そうにシャーリーを見ている。


「だ、大丈夫・・・。急に怒鳴られたから、ちょっとびっくりしちゃっただけ・・・」


優しそうな赤毛の子の言葉に、ホッと吐息を漏らしながら答える。

シャーリーの答えに、女の子たちもホッとしたように表情を緩める。


「良かった。あたしはシンディ。あなた、丘の上のマーガレットおばあさんのところの子でしょ?」

「わたし…アニー…」


シンディは元気よく、アニーは小声で恥ずかしそうに、それぞれ自己紹介してくれる。


「僕はデニス、こいつはカイ」


怒鳴った子の口を塞いでいる男の子が、二人分の自己紹介を。


「ボクはニール。アニーはボクの妹」


もうひとりの男の子も自己紹介を終える。

ニールもアニーと同じふわふわの金髪で、なるほど兄妹だとよくわかる。


「わたし、シャーリー。マーガレットおばあちゃんとハンスおじいちゃんの孫よ。あ、デニスくん、カイくんを放してあげて?もう大丈夫だから…」


シャーリーの言葉に、デニスがカイの口から手を離し、カイは不貞腐れたようにその場に座り込む。


「あたしたち、シャーリーのことを毎日探してたの。マーガレットおばあちゃんとか、うちの親とかからシャーリーのこと聞いて、学校終わってから毎日」

「村の子供って少ないんだ。僕たちの他はもっとだいぶチビになっちゃって、僕たちは隣村の学校まで通ってる」

「シャーリーはボクたちと同年代だって聞いたらから、ともだちになれるかも、ってね」


シンディ、デニス、ニールがお互いを補うように言葉を重ね、アニーがにこにこしながら頷いている。


「森に行ってるって聞いて、森は危ないところもあるからよ…。悪かったよ、怒鳴ったりして…」


最後、カイが小声で発したぶっきらぼうな言葉に、急にシャーリーの瞳に涙があふれてくる。


「えっ?!あ?!な、なんで泣くんだよ?!オレ、何か悪いこと言ったか?!」


慌てるカイの姿に今度は笑いが止まらなくなり、泣きながら笑う、器用なことになってしまった。

少し遠巻きだった5人が慌てて、シャーリーを取り囲む。


「バカ!カイの顔が怖いからよ!」

「泣か…ない…で…」

「カイも、こう見えて、悪いやつじゃないんだ、大丈夫だよ」

「うっせー!顔怖いのはどうしようもねぇだろう!」

「急に5人で来たからびっくりさせちゃったかな?カイ以外は怖くないから安心して」


口々に慰めてくれる5人に、嗚咽混じりに、大丈夫、大丈夫、と繰り返す。

デニスが貸してくれたキレイにアイロンがかけられた白いハンカチで涙を拭う。

家にいる頃お母さんがしてくれたように、シンディが優しく頭を撫でてくれる。


「大丈夫…ぅっ…ヒック…怖く…ない…びっくりも…ぐすん…してないの…」


泣きすぎて、変な呼吸になりながらも、誤解を解くべく重ねるシャーリーの言葉を、5人は一生懸命聞いてくれる。


「うれしく…て…おともだちに…なれるかもって…言って…くれて…心配してくれて…」

「オレのせいじゃないじゃんかよ…」


不貞腐れたようにぼそっと呟いたカイの言葉を聞いて、涙に負けてどこかに行っていた笑みがシャーリーに戻ってくる。


「うん…カイくんの…せいじゃないの…ともだち…うれしくて…」


言い終えて大きく深呼吸をするシャーリーを、シンディがぎゅうっと抱きしめ、アニーも遠慮がちに混ざってきて、3人で抱き合う。


「そうだよね、街からひとりで来て、ずっと大人としかしゃべってなかったんだもんね!」

「おじいちゃんもおばあちゃんも優しいし、村の人も親切だけど…今日、ちょうど、学校のこととか、思い出してたから…泣いちゃって、ごめんね…」


ちょっと恥ずかしくなって、そう謝りながら、5人を見回す。

アニーが背伸びをして、シャーリーの頭を撫でてくれた。

その様子が可愛らしくて、にっこりすると、アニーもにっこり笑ってくれた。


「そろそろ村もどんねーと、日が暮れるぞー」


カイが言って、5人は歩き始める。

右手をシンディと、左手をアニーとつないで。

今初めて会って言葉を交わしたばかりだというのに、もうずっと前からこうしてこの道を一緒に歩いてきた気がした。

ニールとデニスが前を、カイが後ろを守るように歩きながら、いろいろな話をする。

男の子がいるって、それだけで頼もしいんだなって思う。


「だけど、ホント、いつもどこにいたの?森広いけど、道がついてるところはそんなにないし、すぐ会えるだろうって思ってたんだけどなぁ」

「さっき、何か変なところから出て来たよな?あそこ、道も何もないだろ?おまえ、道のないところ入るような危ないこと…」

「カーイー!また怖い言い方になってる!」


シンディの何気ない疑問に、慌てたようにカイが言って、デニスに注意される。

そのやりとりが面白くて、楽しくて、くすくす笑ってしまう。


「大丈夫!カイくん、そんなに怖くないよ。心配して言ってくれてるのわかるし」

「シャーリーは偉いな。アニーはいつも今くらいの言い方で泣いちゃうんだよ」


シャーリーの言葉に、カイは照れたのか静かになってしまい、ニールがお兄ちゃんっぽく言う。


「カイ、怖いよ!すぐ怒鳴る!」

「あぁ?!文句あんのか、こら、アニー!」


ここぞとばかりに言うアニーに、カイが凄んで、アニーがびくっとしてシャーリーの腕にしがみつく。


「さっき出て来たところ、道があるのよ。街道の近くだと草とか木の葉っぱで分かりにくいんだけど、ずっと奥まで続いているの」


話を戻してシャーリーが答えると、びっくりしたように顔を見合わせ、急に5人が黙り込む。


「どうしたの…?わたし、何か変なこと言ったかしら?」

「いや…うーん…その道って、最後まで行ってみた?もしかして、庭に続いてた?」


他の4人に目で促され、デニスが恐る恐る尋ねてくる。

急に雰囲気の変わった5人に驚きながらも頷くと、みんながみんな、大きなため息を吐く。

カイだけは、興奮したように顔を輝かせているが、他はみな心配そうだ。


「この村の子供は、森で遊んではいけないと言われて育つ。森にはキレイな庭があって、そこには魔女がいて、子供を捕まえて食べてしまうからって」

「そんなの嘘よ!」


デニスの言葉に、シャーリーは思わず声を荒げる。


「うん、もちろん、魔女とか、子供を捕まえて食べるとか、子供だましだと思ってるよ。でも、実際、庭があったんだろう?そして、そこはきっとシャーリーにしか行けない場所だ。僕たちもこの辺の森を何回も探検したことがある。でも、誰も、庭になんて辿り着かなかった」

「行けない…?誰も…?」


思いがけないデニスの言葉に頭が真っ白になる。

他の4人も頷いているし、嘘でも冗談でもない真剣な顔だ。

そして、庭の主人の言葉を思い出す。


『ここはね、なかなか見つけられないようになっているの。一度でも見つけられたら、それは何度でも必要なときに来てもいいって言うことなのよ』


「おばあさんが言ってたのは、こういうことだったんだ…」


思わず呟いたシャーリーの言葉をみんなは聞き逃さなかった。


「おばあさんって誰?マーガレットおばあさんのことじゃないよね?」


デニスに尋ねられ、シャーリーは庭と、その主について語る。


「みんな、怖い?庭も、おばあさんも、不思議ではあるけど、でも悪い人でも場所でもないの。絶対!」


最後にそう強く締めくくったシャーリーに、みんなが揃って頷いてくれて、ホッと緊張の糸が解ける。

庭と、その主人の存在は、短い間にシャーリーにとって、とても大切なものになっていて、それを怖がられたり、悪いものだと思われるのは想像するだけでとてもつらいことだった。


「オレは最初から怖いとか思ってねーし!わくわくするぜ!」


カイの言葉に、他の4人がしょうがないなーと笑う。


「まぁ、怖がってたら、わざわざ探したりしないよね」


ニールが冗談っぽく言って、みんなが頷く。


「探したの?なのに、行けなかったの?」

「探したよ。ボクたちより年上の子供がみんな学校を卒業して、村の学校がなくなることになった年の春だったかな」

「隣村の学校に通うことになると、村に戻ってくる時間が遅くなって、村で遊ぶ時間も少なくなるから、春休みのうちに行けるところに行こうってね」

「探検し尽くした!」


男の子たちが顔を輝かせながら言う。


「あたしとアニーは反対したけど、こいつらを止めるなんて無理だから、監視のためについていくことにしたの」

「みんな…すぐ、危ないことして…すぐ、怪我するの…」


親や大人たちから行くなと言われていた場所を優先して行ってみたらしい。

だいたいがでも行ってみたらたいしたことなくて肩透かしだった。

もちろん魔女の庭も探し回ったらしい。

獣道はもちろん、道がないところにまで分け入って、女の子たちとケンカしたり泣かれたり。


「春休みの半分以上を森の中で庭を探すことに費やしたね…」

「無駄に広いからな、この森…」

「でもついに見つからなかった」


当時を思い出したのか、みんなの顔が曇る。


「なのに、お前は行けたんだよな?」


カイが真剣な表情でシャーリーを見つめて確認する。


「っていうことは、その庭も、魔女のおばあさんも本物だ!」


頷くシャーリーに、デニスが顔を輝かせて言い、みんなもわくわくした顔になる。


「すごいわね!シャーリーだけよ!シャーリーは選ばれたってことよね!」

「シャーリー…特別…!」


みんなの純粋な憧れの表情に、しかしシャーリーは困惑してしまう。


「でも…どうして、わたしが…?どうして、わたしだけ…?」


疑問の表情を浮かべるシャーリーに、ニールがにっこり微笑む。


「シャーリーが庭を、魔女を必要としていたから、か…」

「逆に、庭が、シャーリーを必要としているから」


デニスがニールのあとに続ける。


「必要…?」


「面白いのは、デニスが言った方だよな!冒険の匂いがするぜ!」

「またカイはそういうことを!危ないことはやめなさいって!」


叱りつけるシンディに、カイはくちを尖らせる。


「シンディって、口うるさくて、かあちゃんみてぇ…」


思わず呟いたカイの言葉にシンディの怒りが沸騰、蹴りつけようとしたところをカイに避けられ、そのまま村に向かって追いかけっこが始まる。


「あーあ…まーた始まった」

「シンディと…カイ…ジャレてるの…仲良し…」


兄妹の言葉にシャーリーはくすっと笑ってしまう。


「まぁ、2人のことは放っておいて、僕たちはゆっくり帰ろうか」


デニスの提案に頷いて、村への道を話しながら進む。


「でも、正直羨ましいな、シャーリーが…」


デニスの言葉に、その顔を見上げると、真剣な顔で前を見据えている。


「僕たちは、来年学校を卒業するんだ。僕と、ニールと、カイ。そうしたら別々の道を進むことになる」

「カイだけでなく、ボクたちだって、冒険とか、魔法とか、不思議とか、大好きだけど、もうそんなことは言っていられなくなる」


アニーがシャーリーの手をぎゅっと強く握った。

そのときのことを思って、不安なのだろう。


「そうなる前に、もっと冒険したかった。不思議な出来事に出会ってみたかった」


さみしそうなデニスとニールの言葉に、つい、言ってしまっていた。


「まだ、時間はあるんじゃないの?わたしが庭を見つけた理由、みんなを庭に案内するため、とかってこと…ない…かなぁ…?」


本当は、そんなことはないとわかっている。

それだったら、シャーリーが見つける前に、みんなが見つけていてもいいってことになる。

だけど、デニスたちがさみしい顔をしているのがイヤだった。

少しでも、希望を見つけてあげたかった。


「わたし、おばあさんに聞いてみる!みんなも連れてきてもいいですかって!」


そういうことじゃないのかもしれない。

シャーリーの得た許しで、庭に入れても、それは冒険とは言わないだろう。


「ありがとう、シャーリー。でも無理はしないで」

「シャーリーの話を聞く限りだと大丈夫だとは思うけど、もし、おばあさんの不興を買って、シャーリーまで庭に入れなくなったら、それはもっと悲しい」


ついさっき見せたさみしい顔が嘘のような優しい笑顔で2人は言ってくれる。

2人は大人なんだなと思って。

それが何だかイヤで。

絶対庭に招待して、おばあさんに会わせたいと思う。

まだみんなと子供でいたい。

たぶん、子供時代の最後に出来たともだちだと思うから。


「おーい!シャーリー!かあちゃんが牛の世話するかってよー」


いつの間にか村の入り口が見えていて、仲直りしたらしい、カイとシンディが呼んでいる。


「やるわー!って、カイのおかあさんだったのー?」


びっくりするシャーリーを遠くから見つめるカイと牛飼いのおばさんは、そうして並ぶとなるほどそっくりだった。

庭のことなどなかったかのように、シャーリーと、新しい仲間たちは村へと帰って行く。

そして、まるで魔法にかけられたかのように、6人とも庭の話をすることなく、遊び、話し、別れ、夕飯を食べて、眠りについたのだった。

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