1章 森の中
森の中を続く細い道を進んで行くと、その庭は突然目に飛び込んで来る。
最初は庭だと気づかないだろう。
塀や生垣があるわけでない。
森が突然開けたと思うと、いろんな種類の樹々や花々が、そこに在るのが当然という風に息づいている。
しかし良く観察すると、ちょうど手入れがしやすい位置に、踏み固められた道が伸びているし、自然というには不自然に、枯れた花葉や雑草が見当たらない。
そして開けた場所の向こう側、森との境に、ちらっと見え隠れする家に気づいて、そこが庭であることに気づく。
シャーリーがその庭を見つけたのは春の初めだった。
長い冬、体調を壊して、ずっと家の中に閉じこもっていたのが、春の訪れと共に回復して、外を出歩くようになった。
身体を治すためにやってきた祖父母の家。
両親と、姉たちや弟と別れ、ひとりやってきた田舎。
ともだちを作る間もなく寝込んでいたから知り合いもいない。
寝込んでいる間は、苦しくて、つらくて、孤独で。
だけど春になって外に出られるようになったら、現金なくらいさみしさを感じなかったし、むしろ自由な気がした。
祖父母の他に知り合いもともだちもいないのは変わらないのに。
ひとりで村を歩き回り、春の訪れを感じ、胸を躍らせた。
そして、興味は村に寄り添うようにある森へと向いた。
普段住むのは街の中で、開発されたそこには森はない。
森は、薄暗くて、静かなのにいろんな気配がして、ちょっと怖いような気がして、でもその何倍もワクワクした。
話したら止められる気がして、誰にも言わないで、こっそりと森の中に入った。
森の中にも道は通じていて、きっとどこか他の村や町に続いているのだろう。
そんな道に沿って歩きながら、樹や草や、虫や鳥や、たまには動物も、いろんなものを観察する。
最初は大きな道沿いだけだったのが、だんだんとそこから伸びる細道にも入るようになり、森の奥へと入っていくようになるまで、そう日数はかからなかった。
前にも祖父母の住むこの村を訪れたことは何度もあるけれど、ひとりで森の中に入るのは初めてのことだった。
シャーリーはすっかり森に魅入られて、日に日に森の中で過ごす時間は増えて行った。
その姿は村人の目につくところとなり、祖父母へと報告された。
でも、祖父も祖母も咎めることはしなかった。
シャーリーはもう12歳で、もう数年すれば大人の仲間入りだ。
身体が弱くて、大事にされ、甘やかされてはいたけれど、危険なことはしない、というくらいの信頼はされていたようだ。
「森の奥へ行くときには、木の枝にこのリボンを結びなさい。迷子にならないように、目印よ。森には他よりも早く夜が来るわ。暗くなり始めたら、真っ暗になるまであっという間。明るいうちに森を出ること!」
祖母はそう言って、毎日お弁当と水筒を持たせてくれた。
シャーリーの身体の弱さは体力のなさも原因している。
体力をつけるには、空気がキレイな森の中を歩き回ることはとてもいいことだと、祖父母も、そして両親やかかりつけの医者も思っていた。
祖父母もシャーリーも朝はそんなに早くない。
ゆっくりめの朝食を3人で取って、家事を少し手伝ったあと、祖母の用意してくれたお弁当と水筒を手に家を出る。
最初は村の中を歩く。
家と家は離れていて、畑がたくさんあって、鶏や豚、牛が飼われている農村だ。
子供は少ないし、シャーリーが散歩している時間には学校に行っている。
シャーリーの顔馴染みは、農作業中のおじさんやおばさんだ。
手を休めてシャーリーに声をかけてきて、シャーリーからも声をかける。
村に来てから農作物や家畜のことにずいぶんと詳しくなった。
「シャーリー、今日もお散歩かい?今日はいちだんと顔色がいいね」
洗濯物を干してる途中のおばさんに声をかけられる。
シャーリーの母親と同年代だろうと思うが、恰幅が良くてたくましくて、母親とも、街にいたときの同級生の母親たちともずいぶんと印象が違うな、と思う。
「おばさん、こんにちわ。今日はとても調子が良くて、朝ごはんもおかわりしたのよ。おばさんちの牛さんのミルク、おいしかったー」
「それは良かった。今日も牛乳届けておくからね。牛乳は栄養があるから、いっぱい飲んで元気になるんだよ」
「うん!今度また牛さんの世話させてもらえる?」
昨日、森からの帰り、おばさんが牛を放牧場から小屋へと連れ帰っているところに出くわして、一緒に連れ帰ってきた。
その後も飼い葉をあげるのを手伝い、搾乳するところを見学させてもらい、お土産に絞りたての牛乳をもらった。
昨日の夕飯は、その牛乳でシチューを作って食べ、今朝も、そのまま飲んだり、オムレツに使ったりと大活躍の牛乳だった。
「もちろんだよ。シャーリーが手伝ってくれたら大助かりさ。今度は乳搾り、見てるだけじゃなくてやってみるかい?」
おばさんがウィンクしながら言った言葉に、シャーリーは飛び上がって喜ぶ。
「ありがとう、おばさん!とってもたのしみ!」
「昨日と同じくらいの時間、日が暮れる少し前ならいつでもいいからね。体調のいいときにおいで」
無邪気に喜ぶシャーリーを、愛しそうに微笑みながら見つめて言うおばさんに、手を振って別れ、森へと向かう。
森へ辿り着くまでに、こんな感じで3,4人に声をかけられる。
初めて話しかけられたときから、みんなが気さくで、こういうところも、街とは違うなぁと思うシャーリーだった。
今日、シャーリーは初めての場所を訪れようと思っていた。
森を貫く大きな街道から続く、獣道のような小道。
何日か前に見つけたその道が、シャーリーは気になって仕方なかったが、普通に歩いていては見落としそうな細い道のわりに、森の奥の奥まで続いていそうで、今まで踏み込む勇気が出なかった。
気になって横目で眺めながら通り過ぎ、別のもっと大きな道に入ってみては、さっきの細道のことを考える。
そんなことを何度か繰り返して、今日こそは、と心に決めてきた。
道を隠すように生える草をかき分けて進む。
今まで通って来た道とは違う方向に続いていることに気づいて、わくわくした。
あまり人が通らないのか、道がわかりにくくなっているが、確かに一筋、人の通れる空間が続いている。
遠くに鳥の鳴き声が響き、近くには虫や小さな生き物の気配がする。
ときどき見られているような気配を感じるのは気のせいだろうか。
思った通り、それは長い道だった。
そろそろ引き返した方がいいかもと何度も思いながらも、シャーリーは何かに呼ばれるように先へと進んで行き、そしてついに、目の前が開けた。
「わぁ… きれい…!」
目を見開いて眺めながら、思わず呟いた。
背の高い木々がない広い空間。
木に邪魔されることなく、陽光が差し込み、草花たちを照らしている。
しばらくは感動で動くことが出来なかった。
目にその光景を焼き付けようとするかのように、じっくりと、ゆっくりと、周りを見渡して行った。
最初は自然に出来た光景なんだと思い、その奇跡に感動した。
しかし、ひとつひとつの花に、草に、目をやり始めると違和感を感じ始めた。
「あれ?これ、道が続いてる?続いてるだけじゃなくて…あちこちに伸びて、分かれたり、またつながったり…?」
一歩、また一歩とその光景の中に足を踏み入れていくにつれて、違和感は確信に変わった。
「ここ、誰かがお世話してるんだ…!すごい…すごい!」
その確信は、最初にそこを見つけたときを上回る感動を呼び起こした。
一本一本の花が、草が、まったくの無駄なく、生き生きと息づいている。
この素晴らしい光景が、人の手によるものだなんて!
そして、新たな視点をもって、辺りを見回したとき、隠れるように建つその家に気づいた。
家というよりも、小屋と言った方がいいような、簡素で小さな建物だった。
だけど、その庭。
そう、人の手を感じ、家の存在を知った今、そこはもう庭以外の何物でもなかった。
その庭に置くには、それ以上でもそれ以下でもありえない、絶妙のバランスで建てられた家だった。
「この庭を造った人が、あそこにいる…」
それはもう確定だった。
村から通ってきているのかも、なんて考えは露も浮かばなかった。
その人の存在も含めて、きっと、この庭は完全なんだとシャーリーは思い、そして、その人に逢いたいという気持ちをもう抑えることが出来なかった。
男の人?女の人?
若い?年寄り?
優しい人?怖い人?
ううん、怖い人の訳がない。
この庭がこんなに優しいのだから。
シャーリーはゆっくりと、庭の奥の家へと足を進めて行った。
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彼女は、その庭の女王であり、下僕であった。
1日のほとんどを庭で過ごし、庭を美しく保つためだけに、日々を費やしてきた。
その庭を訪れる人はほとんどいない。
特にここ数年、いや、十数年だったか、数十年だったか。
人と話すことを忘れてしまいそうになるくらいの孤独の中に生きて来たが、人に限らなければ、その庭はとてもにぎやかだった。
花の声を聞き、草の声を聞き、虫たちに話しかけ、鳥たちと歌った。
庭で収穫したハーブをお茶にして、つかの間休憩していた時だった。
「あら、まぁ、かわいらしいお客さま」
森からその家を見つけるのには少々時間がかかるが、家から、庭を訪れる者を見つけるのは容易い。
この家はそういう位置に建てられていた。
庭に足を踏み入れたシャーリーを、庭の主は早々に見つけ、そして観察していた。
「大人しそうな子に見えるけど、子供だからどうだろう?庭を荒らしたりしないかしら?」
少しの不安と、たくさんの期待と。
久しぶりの来客は、期待に応えてくれたようだった。
その歩みはゆっくりで、庭の調和を乱さぬよう、期待以上の慎重さだった。
にこりと微笑み、主は席を立つ。
来客用のお茶を用意するために。
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「ご、ごきげんよう。勝手にお庭にお邪魔しちゃってごめんなさい」
スカートの両脇を掴んで、膝を屈めてお辞儀をする。
偉い方へのお辞儀の仕方よ、と母に習った。
庭の中ほどにいるときから、その人の視線を感じていた。
姿も見えていた。
女の人。
歳を取った、でも上品で綺麗なおばあさん。
この庭で大きな声を出すのは合わない気がして、小さな声でも届く距離にまで近づいてからの挨拶になった。
そんなシャーリーの気持ちを、おばあさんも感じてくれていたのか、彼女が近寄るのを、柔らかな微笑みを浮かべながら待っていてくれた。
「いらっしゃいませ、小さなお客さま。私の庭はお気に召して?」
その声は、見た目よりも若々しくて、歌うように庭に響いた。
この庭に、おばあさんの姿に、ぴったりの声だ、とシャーリーは思った。
「はい、とっても!このお庭はとてもステキです!びっくりしました…」
最初に見たときの、そして自然に出来た場所ではなく、人の手で造られた庭だと気づいたときの、大きな感動がよみがえって、頬が上気して、声が震えた。
それをうれしそうに庭の主は眺めて、誘うように椅子を引いてくれた。
「わたしはシャーリーです。このお庭は、あの…おばあさん…が…全部造ったんですか?お世話するの大変じゃないですか?」
おばあさん、と呼ぶのがちょっとそぐわない気がして、でも他の呼び方もわからなくて、少し言いよどんでしまった。
訂正しないということは、そう呼んでもいいということなのだろう。
物静かな庭の主に、失礼のないようにと気をつけながら話しかける。
二人分のハーブティーを淹れて、シャーリーの向かいでなく、一緒に庭を眺められる隣の位置に、庭の主は椅子を置いて座った。
「造った、というと大げさすぎるかしら。元々、ここはキレイな場所だったの。お世話も、お水をあげたり、他のお花や草にいじわるしてる草を抜いたり、枯れたお花や葉っぱを取ったり、お散歩の合間に出来るようなことしかしていないのよ」
ゆったりと庭を眺めながら、昔からずっとこうしてきたかのように、会話を交わす。
「シャーリーは、お庭や、お花や草が好き?」
その言葉に、深く頷きながらも、ちょっと違和感を感じて言葉を探す。
「好き…なんですけど…うーん…わたしが好きっていうよりも…わたしを守ってくれてるみたいな、応援してくれてるみたいな感じがして、ホッとするんです」
シャーリーのことばに、庭の主は深く頷く。
「そう。植物たちはやさしいのよね。あなたの言いたいこと、よくわかるわ」
そう呟く言葉に、庭を見つめる瞳に、どことなく寂しさを感じて、シャーリーは言葉を重ねる。
「おばあさんはお一人でここに住んでらっしゃるの?わたしがまた来たらお邪魔ですか?」
植物たちと良く似た雰囲気を持つこの老婦人は、シャーリーがそう訊いたら、心でどう思っていても、きっと否とは言わないだろうと思った。
それでも、またどうしても来たい、彼女と話がしたいと思って、言葉が口をついてしまった。
「ここはね、なかなか見つけられないようになっているの。一度でも見つけられたら、それは何度でも必要なときに来てもいいって言うことなのよ」
思ったとおり、にっこり笑いながら、肯定の返事を返してくれたが、その言葉はどこか謎めいて聞こえた。
確かに、見つけにくくて見落としやすい細道だったけれど、それ以外の何かがあるような口ぶり、と思っていると、どこからともなく、ぐぅという音がした。
すぐに2回目が、さっきよりもはっきりと、シャーリーのお腹から聞こえて、慌てて両手でお腹を抱える。
そういえば、太陽はすっかり天辺に昇っている。
ここまで長く歩いたし、身体は時間に正確だった。
「お昼にしましょうか。シャーリーは何か好き嫌いはある?」
笑いながら尋ねる老婦人に、シャーリーは慌てて、肩から提げていたかばんを見せる。
「おばあちゃんが、お弁当を持たせてくれました!あ、でも、二人分には足りないかも…」
「あら、まぁ、わたしにもご馳走してくれるの?だったら、そうね、お弁当のおかずと被らないものを何品か作り足して、お弁当とわたしの料理、いろんなものをちょっとずついただくのはどう?」
老婦人からのすてきな提案に、シャーリーは大きく頷いて、早速お弁当をかばんから出して、テーブルの上に広げた。
「まぁ、おいしそう。シャーリーのおばあさんは料理上手なのね。あ、ソーセージがあるわ。お肉のお料理が何種類も!うちはお魚や野菜は豊富なんだけど、お肉はなかなか手に入らないの。久しぶりでうれしいわ」
本当にうれしそうに顔を輝かせて老婦人が言うので、シャーリーは思わずくすくすと笑ってしまった。
それを見て、老婦人も笑って、和やかな笑い声が庭に響いた。
「そうね、お魚をポワレにして、お野菜とハーブを使ったソースをかけましょう。他にもお野菜のお料理を何品か。シャーリーはお料理できる?」
「おばあちゃんのお手伝いはしますけど、ひとりではまだ作れません」
「シャーリーの歳だったら、それで充分よ。今日は私のお手伝いをしてね」
気軽に招き入れられた家の中は、たくさんの物で溢れていたが、雑多な感じはしなくて、あるべきものがあるべき場所に収まってる感じがした。
それは庭と同じで、とても自然だった。
ふたりは取りとめもない話をしながら、何の野菜が好きかとか、好きな料理は何かとか、和気藹々と楽しく料理を作った。
老婦人は庭作りだけでなく、料理も手際良く、まるで魔法のように次から次へと料理を仕上げていく。
4品追加で作った料理と、シャーリーのお弁当を庭のテーブルの上に並べると、バランスが良く、見目も良いフルコースのようになった。
「おいしそうに出来たわね。さぁ、いただきましょうか」
ちょうど家の影に入ったテーブルからは庭全体が見渡せた。
森から見るのとはまた雰囲気を変える庭だが、どこから見ても美しい。
「わぁ…おいしい…!」
老婦人の作った小魚のポワレをひとくち口にして、思わず感嘆の声が漏れる。
「それは良かったわ。ここにはいろんな植物があって、お料理の味を良くしてくれて、身体も元気にしてくれるのよ」
「すごくいろんな種類のスパイスを使ってたし、お野菜もいっぱい使ってましたよね」
料理しているときのことを思い出しながら言うと、老婦人は満足げに頷いた。
「良く観察してたわね。いろんな植物や野菜を組み合わせると、ひとつだけで食べるよりも、強い効果を出してくれるの。シャーリーもそうでしょう?ひとりでは出来なかったことが、おともだちと一緒だと出来たってこと、いっぱいあるでしょう?」
その言葉に、しばらく会っていない街の友人たちの顔が思い浮かぶ。
病弱で学校を休んでばかり、なかなか一緒に遊ぶことも出来ないシャーリーにも優しくしてくれた、得がたい友人たちだ。
「わたし、身体が弱くて、いつもおともだちには助けられてばかりで…。なのに、この村に引っ越すってこと、ちゃんとお話して来られなかったんです」
今まで感じてなかった寂しさが急に募る。
あるいは、感じてない振り、忘れた振りをしていたことが、急に隠し切れなくなったのかもしれない。
「大丈夫。そんな良いおともだちですもの、きっとシャーリーのこと、待っていてくれるわ。おともだちってね、長い時間、長い距離を離れていても、顔を合わせたらすぐに前に会ったときに戻れるものなのよ」
「おばあさんにも、そういうおともだちがいるんですか?」
シャーリーの言葉に、にっこり笑って、いろんなともだちの話をしてくれた。
それはまるで物語を聞いているようで、とても楽しく、時間の経つのを忘れさせた。
「シャーリーにも、きっともっともっと大勢おともだちが出来るわよ。今日、ひとり出来たし、ね?」
冗談ぽく笑い、自分を指差す老婦人に、笑顔がこぼれる。
「わたしが、おばあさんのおともだち?いいんですか?」
「えぇ、もちろんよ。歳の離れたともだちは得がたく、そしてとても大切なもの。しかも、シャーリーみたいな良い子、絶対に仲良くして、おともだちになってもらわないとね」
「うれしい!村に来て初めておともだちが出来ました」
「わたしもうれしいわ。でも、本当に初めてかしら?気づいてないだけかもしれないわよ?」
シャーリーの頭の中が???でいっぱいになる。
顔にもそれが出ていたのか、老婦人がくすくす笑う。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて、太陽は傾き始める。
「またいつでもいらっしゃい」
老婦人に見送られ、森の中の細道を戻って行く。
来るときは何度も引き返したくなった心細い道が、帰り道はずっと歩いていたい気持ちいい道になっていた。
目立たない小さな花が所々に咲いているのに気づいて、心がほっこりした。
「けろっ!けろけろっ」
そんな花のひとつに見惚れて立ち止まっていると、道の少し先で小さな緑色の蛙が鳴いた。
「カエルさん?さっきからかさこそ音がしてたけど、カエルさんだったのかな?」
「ケロ」
返事をするようにひとつ鳴くと、ぴょんぴょんと数回跳ねて、先に進み、シャーリーの様子を伺うように立ち止まる。
花から蛙に注意が向いて、追いかけるように道を進んでいくと、あっという間に村へと続く大きな道に出た。
「あ、もう、ここまで来ちゃった。行く時よりずっと早かったな。カエルさんのおかげかな?」
呟いて、足元を見回すが、すでに蛙の姿はなくなっていた。
「わたしのこと、送ってくれたのかしら?紳士的なカエルさんだわ」
楽しい気分になって、村への道を歩く。
おじいちゃんとおばあちゃんに、ステキな庭を見つけたことを話そう、ずっと年上のともだちが出来たって話そうと考えながら歩いていると、この日も牛を連れたおばさんに行き会い、そのまま牛の世話をさせてもらうことになった。
「大丈夫かい?手伝ってもらえるのは助かるけど、疲れるだろう?うちにはシャーリーと同じくらいの歳の息子がいるけど、すぐに疲れた疲れたって言って、全然手伝いやしないんだよ」
「大丈夫!牛さん、かわいいし、やったことないことだから楽しいです」
牛の餌をバケツで餌箱に運びながら、おばさんと話をする。
シャーリーの動きを眺める牛たちは、餌を早くと催促するように鳴いている。
その脇でおばさんは搾乳の準備を始めている。
朝の約束で、今日はシャーリーもやらせてもらえるようだ。
「おばさん、餌あげ終わりました!」
「そうかい、ありがとう。それじゃあ、次は乳搾りだね。最初にやってみせるからね、よく見てるんだよ」
そんな感じで、牛の世話を終え、お礼に絞りたての牛乳をもらって帰るころには、辺りは暗くなり始めていた。
明日はもっと早く森を出るか、牛の世話はお休みしないと、と考えて歩いていると、おじいちゃんが途中まで迎えにきていた。
「おじいちゃーん!ただいまー!」
大きく手を振りながら近寄るシャーリーの頭をおじいちゃんは優しく撫でてくれた。
「今ね、牛さんのお世話をしてきたんだよ。今日も牛乳もらったの」
「そうかそうか。頑張ったね。楽しかったかい?」
「うん、とっても!今日は乳搾りもしたのよ」
おじいちゃんと並んで、いろいろ話しながら歩いていると、おばあちゃんの待つ家からはいい匂いがただよってきている。
何か、もっと報告することがあったような、と思いながら、話は夕飯の献立へ、そしてまた別の話へと移っていってしまう。
「あ、お庭の話、してないや…でも…もう…眠い…」
そのことに気づいたときにはもうベッドの中。
シャーリーの特別な1日は、幕を下ろした。
はじめまして。
和楽日 餅子と申します。
昔から小説を書くのが好きで、書いてはお蔵入りさせたり、書いては電脳の海に0と1の電気信号にして流したりして参りました。
そんなわたしでも作品を発表できる場があると聞きましたので、お恥ずかしながら投稿させていただきました。
いや、もう、どっきどきですね…!
このお話は一応週1連載の予定です。
遅筆なのです…。
そこそこ長くなりそうな予定ではありますが、予定とは未定ということです。
無事ENDマークをつけられるよう、ご愛顧と応援をいただけたら幸いです。
これからどうぞよろしくおねがいいたします。