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薔薇の棘より、副委員長

「私に棘があるというですか、朝陽さま」

「華宮が一瞬でクラスに馴染むなんて、初めて見たよ」


 あああ……目の前で松園朝陽とお蝶夫人が談笑している。なんだこの眩しすぎる光景は!

 絵に書きたい……! と思ってノートを掴んだけれど、一瞬で鞄に閉まった。

 このノートを見て、私を「可愛い女の子だな」と思う男は、たぶん存在しない。出てくる感想は間違いなく「変態」もしくは「病気」だ。それくら分かってる。

 ただ今までの私は、可愛いと思われるよりノートのメモのが大事だったけど、この場合はノートのメモより朝陽さまの印象のが大事だ。

 私は談笑する二人からコソコソと離れて廊下に出た。

 気が付くと、廊下に人だかりが出来ている。


「華宮さまと朝陽さま、お二人が話されてると本当に華やかですわね」

「初等部からのお友達ですって」


 私は人の隙間からこっそりと朝陽さまを見学する。その距離5m。テレビで見た通り、本当にカッコイイというか、溢れる気品がパンパない。

 鳳桜学院の制服がダブルボタンだから、ガンダムS○EDのア○ランみたいに見える……私、ア○ランに憧れてずっとおかっぱなの……。

 朝陽さまはズボンのポケットに親指を指した状態で華宮さんと話している。

 いたずらにぶら下がる四本の指が可愛すぎる。

 すごく指が長くて、指先の爪が四角っぽい……医者に向いてる指ってやつだね! 本で読んだよ。

 医者の朝陽さま……私ピノコになる……。

 ああ、絵に描きたい。でも朝陽さまの前でノート展開する勇気は……ちょっとない。


 ていうか、さっきのが初めての出会いじゃない?


 私は妄想実現サイトに初めての出会いでキスって書いたから、これは事実上、サイトの力は入学までだったってこと?

 それならそれで、安心のような……すこしがっかりのような……。

 でも、初めての出会いでキスしたら、ほぼ変態だよ? いや、朝陽さまなら良い……。どっちだよ私は。

 ブツブツ小声で言っていると、妙に華やかなチャイムが鳴り響き、私は忍者のような動きで教室に戻った。

 席は五十音順で、私は窓際、後ろの席は琴美だ。


「福田さんが居なくて良かったね」

 私はチラリと振向いて言う。

 私は薔薇苑で【は】。琴美は本田琴美で【ほ】。いつも席が近いのだが、たまに【ふ】で福田さんが挟まる。 

「なんで逃げ出したの」

 琴美はニヤニヤしながら言う。

「逃げてないよ、一時退避」

「キスはどうした」

「ちょっと……!」 

 私は琴美に近づいて睨む。

「変なこと言わないでよ!」

「それをかき込んだのは、誰?」

 ニヤニヤする琴美のおでこにデコピンした。

「クラス役員決めを始めます」

 担任の橋本先生が入ってきたので、私は姿勢を戻した。


「このクラス大当たりだね。朝陽さまも居るし、御木元さまも一緒よ」

 隣の席の海田さんと駒乃さんが小さな声話しているのが聞こえる。

 御木元……? チラリと朝陽さまのほうを見ると、朝陽さまの後ろの席に真っ黒でサラサラな髪の毛に、リムレスの眼鏡をかけた男の子いた。

 朝陽さまと仲よさそうに談笑している。二人ともレベルが違うイケメン……!


 ……やっば。今すぐBL本書ける……! 私は頭を抱えた。


「朝陽さまと御木元さまは、幼稚園から同じなんですって」

「でも同じクラスになられたのは、久しぶりですよね」

「これ、幼稚園の時の朝陽さまと御木元さまですの」

「まあ、素敵」


 海田さんはスマホを触って、写真を表示しているようだ。

 私も背筋を伸してみようとおもうが、見えない。

 幼稚園って、鳳桜学院の? 私はスマホで鳳桜学院の幼稚園の制服を検索する。

 すると真っ白な襟に紺色のセーラー服が出てきた。男子も、女子も、セーラー服! 

 私、女の子のセーラー服も好きだけど、何より男の子のセーラー服が好きで。

 我慢できないわあ……とノートを取り出して絵を書き始めた。


「さっきから見てると、すごいわね」

 私の隣の席で、朝陽さまと御木元さまの話をしていた海田さんが、私の手元を覗き込む。

「絵が好きで」

 私は愛想笑いをして答えた。初めての人と話すのは緊張する。

「へえ、変なの」


 言われて黙る。まあ普通の反応だ。

 小学校の時からノートだけが友達だった。

 喘息で学校も休みがちで、本と漫画とアニメに浸って生きてきた私に、リアルの友達はハードルが高かった。

 だって心の中が読めない。小説なら漫画なら、相手がどう思ってるか書いてあるのになあ……。そんなことを真剣に思っていた。

 上手な絵だね、と褒めてくれた子が、裏で私のことを気持ち悪いって言ってるのを聞いた。

 漫画家になるのが夢だと言うと、頑張ってね! と言ってくれた子が「あのヘタクソな絵で?」と笑うのを聞いた。

 妄想は私を守る壁だ。それがないと怖くて生きていられない。

 でも琴美だけは違った。どんなに冷たい言い方をしても、全部正しい。嘘がない。それだけで信じられた。

「えへへ」

 前から回ったきたプリントを、私は後ろの席の琴美に渡した。

「またノート出してヘタな絵書いてるんでしょ」

 本当にヘタだから、仕方ない。

 絵は琴美が書けばいいのだ。といっても書くのを止める気はないけど。



 プリントには役名が書いてある。

 学級委員長、副委員長、本部役員、風紀にベルマーク……。

 私はプリントを見て、生唾を飲み込んだ。

 ここで副委員長になったら、妄想サイトの力はまだ生きている。

 手に握ったシャーペンが汗で濡れて、手をふりふりして乾かす。


「じゃあ、委員長指名します。まあ、言わなくても分かると思うけど」

 橋本先生が言うと、クラスの全員が朝陽さまを見た。

「……え。また僕? 中学の時も三年間やったんだけど」

 朝陽さまは苦笑して、頬杖を付いた。

 その全く困ってないのに、苦笑として言えない笑顔……! それに肘から手首までが長い……そしてあの指!

「多数決を取る必要もないな。すまないけど、朝陽くん、今年もよろしくね」

「わかりました」

 クラス中から拍手があがる。もちろん私もチンパンジーがシンバルを叩くように手を叩き続けた。

 来るぞ副委員長。

「じゃあ、副委員長は……」

「はい!」

「はい!」

「やります!」

 私と琴美と華宮さんと以外、八割の女の子が一斉に挙手をした。

 みんなやりたいの?! そりゃそうだよね、飛鳥さまと一緒だもんね。え?! 挙手?!

 私の挙手すべき? え? あそこで戦うの? と手を上げたり下げたり妙なダンスをしていると、挙手した全員が前に集まって、ジャンケンを始めた。

 ポツンと残された私と琴美。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず?」

 琴美が言う。

「さすがに虎に気が付かれるよ、あれ」

 私は完全にひいていた。

 ジャンケン、ポン! うぎゃああああ……! とお嬢様が集まる学校とは思えない悲鳴が上がっている。

 窓際の席。

 カタン……と音を立てて、朝陽さまが立ち上がった。



「ごめん、四年目をやるなら、一つお願いをしていいですか」

「どうしました?」

 先生がジャンケン大会を止める。

 朝陽さまは真っ直ぐに前を見て言った。



「副委員長の指名を。出来れば、薔薇苑さんにお願いしたんのですが」



「ふぁっ?!」

 私はノートを破る勢いで顔を上げた。

 前でジャンケン大会をしていた女の子たちが一斉に私を見る。

 薔薇苑さん……私ぃ?!

 朝陽さまを見ると、朝陽さまと目があった。

 飴色の前髪に、私を射貫くような真っ直ぐな瞳。ほとんどの生徒が席を立っているので、私と朝陽さまは視線の直線で結ばれる。

 心臓が暴れ出して息が苦しい。目を反らしたいけど、反らせない!

「薔薇苑さんは途中入学組だし、そういう人に積極的にクラス運営に関わってほしいと僕は思います」

「そういうことなら。良いかな、薔薇苑さん」

 橋本先生が私をほうを見る。

 というか、クラス中が私を見ている。

 私は重力に負けたようにコクリと頷いた。


 妄想サイトにかき込んだことは、ここでも本当になった。


 背筋に汗が流れ落ちる。

 これは本当に、あのサイトの力なの?

 本当に私が、朝陽さまと一緒にクラス役員を……?

 チラリと朝陽さまを見ると、人の隙間から私のほうを見ている朝陽さまと目が合う。

 そして朝陽さまは小さく私に手を振った。

 ひええええ……ヤバい、口元が緩む!!

 私は五センチくらい頭を動かしてお辞儀をした。

「私も途中入学だけど、おかしいなあ」

 後ろの席の琴美がフフフ……と笑いながら言う。

 えーー……と女の子達は言いながら席に戻る。

 私の隣の席の海田さんがが

「庶民でオタクなくせに、何様なの?」

 と言いながら座る。

 おおおおおお……これが噂の悪役令嬢に虐められる主人公ポジション?!

 妙にテンションが上がっちゃう私は、ネット小説読みすぎかも知れない。

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― 新着の感想 ―
ア○ラン知ってるのでめちゃくちゃイメージしやすかったです笑
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