君と生きる世界
二月の末日。
ついに朝陽さまが日本に戻った。
食事会を行うので来て欲しいと、松園から招待された。
今までと違い、松園の方から送迎車が来る。
これまた大きくて立派な車で、お父さんと「広すぎて何すればいいのかわからないね」と言いながら、わざわざ離れて会話してみたりした。
今度糸電話を作って持ち込もうと思う。
それくらい、この車は大きい。
お父さんは最近は体調もよく、安定している。
それが私には本当に嬉しい。
車が松園本邸に入って行く。
三回目となると、少し慣れてきた。
石畳の橋を渡ろうとすると、橋の真ん中に男の人たちが立っていた。
朝陽さまと、蓬莱の洪さんと、旻名の雷さんだ。
私は静かに頭を下げてお辞儀した。
私がデータを作ってから、五ヶ月以上が経過していた。
あれから何度もお礼の電話も頂いたし、季節の折りには中国の名産品を送って下さる。
それに朝陽さまとは毎日ラインしてるので、あまり懐かしい感じはしないが、三人が揃うと豪華さが違う。
朝陽さまはキラキラとカッコイイし、洪さんはガッチリしていて短髪、雷さんは髪の毛が長いこともあり、少し影がある美しさがある。
「桐子!」
誰より先に私の元にきたのは洪さんだった。
そして私の手の甲にキスをした。
「我が社の女神」
「おいこら」
洪さんの首を朝陽さまが掴んだ。
「朝陽は本当に冗談が通じないなあ……女神に挨拶をしただけだ」
「気安く触るな」
朝陽さまは洪さんをポイと遠ざける。
その隙に雷さんが近づいてきて、私の手を取る。
「薔薇苑さまのおかげで、我が社は業績回復しました。本当にありがとうございます。薔薇苑さまは本がお好きということですが、我が社は中国で一番在書数がある本屋を経営しておりまして……」
「ええ?! 凄いですね」
「おいこら、勝手に営業するな」
雷さんの長い髪の毛を朝陽さまが掴んで、遠ざけた。
二人は、なんだよー、朝陽は冗談が通じないなーと言いながら、本邸に戻っていく。
お父さんも、二人と話しながら本邸に向かう。
石橋の真ん中で、私と朝陽さまは向き合う。
キンと冷えた空気が、私たちの吐き出す息を空に上らせる。
「……桐子」
「お久しぶりです、朝陽さま」
私はお辞儀した。
「そのドレス……前に着てたやつか」
「はい。見たいと、言って頂けたので」
「そうか。うん、やっぱり似合う。桐子は青が似合う」
朝陽さまは、行こうか、と言って歩き出した。
あれ? 期待してなかったといったら嘘になる。
手を繋いで歩きたかったけど……私たちの関係って、今も友達なのだろうか。
今回の食事会は、松園と蓬莱と旻名でつくる合同会社の話がメインだ。
会場には凛子さまの姿もあって、私は嬉しくなってしまった。
それに顔色が良い!
漣さまと楽しそうに食事されていて、御木元さまが言っていた「最近病院を出たぞ」というのも本当らしい。
朝陽さまも、洪さんや雷さんと、楽しそうに談笑している。
御木元さまと静かに話している印象はあるが、あまり男性と楽しそうにしている事は無かった。
でも、あの三人は気が合うようだ。
あの朝陽さまがつっこみポジションなのが、少し面白いけれど。
見ていると気が付いた洪さんが私にウインクする。
それを朝陽さまが睨む。
洪さん軽すぎる! あれで中国最大の蓬莱殿上食品を率いて大丈夫なのかと思うが、不正を一斉してから業績も向上。
きっとやり手なのだろう。
薔薇苑冷凍も正式に契約を結び、インドへの道が保障された。
個人的にはもう大満足だ。
ちょっと仕事して、あとは漫画を書いたり読んだりして過ごしたい!
朝陽さまと、洪さん、雷さん、それに松園周三総帥がガッチリ握手して、食事会は終了した。
「桐子さん、良いかな」
凛子さまと話していると、総帥に呼ばれた。
最初は恐ろしい人という印象だった総帥も、近くで見れば気の良いおじいさんだ。
口が裂けても言えないけれど。
離れに入ると、朝陽さまとお父さんがいた。
私は小さくお辞儀する。
「今回の話、朝陽から全て聞いた」
総帥が静かに言う。
今までのように、威圧するような言葉の強さを感じない。
私は静かに頭を下げた。
「まったく桐子さんには驚かされた。まさか消されたデータを作り上げるとは!」
「ありがとうございます」
バレなくて良かった……というのが本音だけど。
「朝陽もよく頑張った」
その言葉に朝陽さまがハッと顔を上げた。
そして静かに頭を下げた。
「約束だから、婚約はそのまま続行だ。これからも仲良く頼むよ」
「え?」
私は首を傾げた。
「なんだ、朝陽、説明してなかったのか」
総帥が言う。
「確証が無かったもので」
「あはは、お前も言葉の前に行動するようになったか。良いことだ」
ハテナマークだらけの顔をしている私に朝陽さまが言う。
「俺が蓬莱の娘と結婚するより利益を上げるから、桐子との婚約を解消しないでほしいとお願いしてたんだ」
「え……」
「それはお父様にも伝えましたよね?」
総帥がお父さんに言う。
「ええ、はい。確証がないので言っていません」
「ええーーー?」
お父さんも知ってたの? だからあの時諦めるなとか適当なことを……!
「いや、でも本当に誰も信じて無かったよ。あの時点では。朝陽が本当に三社をまとめて合同会社を作るなんて」
総帥が、あはははと笑う。
朝陽さまは「ありがとうございます」と静かに言った。
「桐子さん、これからも朝陽をよろしくお願いしますよ」
笑いながら総帥と、お父さんは部屋を出て行った。
私と朝陽さまが部屋に残された。
「……友達じゃ、無いじゃないですか」
私は小さく口を尖らせた。
「確証がなくて、言えなかった。桐子は口先だけの男なんて、一番嫌いだろう?」
朝陽さまが微笑む。
「そうですけど……」
でも、待っていてほしいと、あの時に言って欲しかった……。
私は静かに俯く。
この部屋で婚約破棄された時のことを思い出す。
「桐子……」
朝陽さまが私に近づいてくる。
伸ばした手を、止めて、戻した。
そして少し距離をおいて、座った。
「……なんで少し離れてるんですか」
私は朝陽さまをチラリと見た。
朝陽さまは、頭をカクンと下げた。
「…………俺、ずっと我慢してたから、少しでも桐子に触れたら、何するか分からない」
そして大きな手で顔を包んで目を閉じた。
そんなの……。
私は、朝陽さまのスーツの裾を引っ張った。
「……じゃあ別邸に」
まで言いかけて、美來さんが別邸に来たこと思い出して、スーツから手を離した。
「……桐子?」
「別邸に美來さんが来たんですよね」
「え? ああ、下のエレベーターまで。あれは専用だし……って、桐子、嫉妬?」
言われて、今度は私が手で顔を隠す。
入り口まで来てないなんて。
琴実と華宮さんに呆れられるほど、嫉妬していたなんて言えない。
「桐子……」
朝陽さまが私のドレスのスカートを引っ張る。
私は恥ずかしくて指の隙間から朝陽さまを見た。
「別邸に行こう?」
朝陽さまは、私のドレスのスカートを、つんつんと引っ張った。
本当に触れないのか。
私はフッと笑ってしまった。
私は朝陽さまのスーツの裾。
朝陽さまは私のドレスの裾を掴むという、異様な状態で車に乗り込み、別邸に向かった。
エレベーターにカードをタッチして、乗り込んだ瞬間に、朝陽さまは私のスカートの裾を離した。
私のスカートがフワリと舞い、落ち着く前に朝陽さまが私を抱きしめた。
「……桐子」
久しぶりに朝陽さまの香りが、私を包む。
私は首の下に唇を押しつけて匂いに酔う。
そう、これ。
どうしようもなく、この匂いに包まれたかった。
私の朝陽さまの背中に手を回す。
エレベーターが開くと、そのまま一番手前の壁に押しつけられて、キスされた。
「桐子」
唇を数センチ離して、オデコをくっつける。
「桐子、俺、ヤバいわ」
そして再びキスされた。
そのまま朝陽さまはスーツの上着を床に落とす。
「ちょっと……あの、朝陽さま」
朝陽さまは、左手で私の腰を抱き、右手でネクタイを大きく緩める。
すると、更に朝陽さまの香りがして、私はクラクラしてくる。
「桐子、好き」
朝陽さまが目の前で、優しい笑顔で言う。
「私も、朝陽さまが好きです」
朝陽さまが目を細めて、顔をクシャクシャにして笑う。
そして私に優しくキスをした。
そのまま両腕を腰と膝下に回して、私を抱き上げる。
「ちょっと……! 朝陽さま」
そのまま寝室まで私を運ぶ。
初めて入ったが、恐ろしく広いベッドがそこにはあった。
そこに優しく転がされた。
「もういい加減、朝陽、じゃない?」
朝陽さまは緩めていたネクタイを完全に外して、ワイシャツを脱いだ。
そのまま私にキスをする。
「……朝陽、さま」
「まだ言うか」
「恥ずかしくて」
「桐子」
再びキスされた。
今度は激しく、食べられてしまうようなキス。
朝陽さまの手が私の背中に回り、背筋を撫でた。
私たちは何度もキスしながら、ベッドの海を泳いだ。
「おはよう」
オデコにキスされて、目が覚めた。
朝日に包まれた部屋で、この状況が恥ずかしくて……私はモゾモゾと布団に潜り込んだ。
「俺、あっちのシャワー使ってくるから、桐子は部屋のを使って? 服は越智が選んだ。着てやってくれ」
チラリとみると、部屋の奥にバスルームが見えて、白とターコイズブルーのワンピースが掛けてある。
つまりあれは、越智さんが部屋に泊った私のために準備してくれた服で……なんか想像すると恥ずかしい。
その前にいつの間にあそこにかけた?
顔をまっ赤にして布団の奥深くに潜っていく私を、朝陽さまが包んで持ち上げる。
「桐子かわいい」
朝陽さまは、私を抱きしめて、上を向かせて優しいキスをした。
そのまま押し倒す。
「もっとこうしていたいけど、早くから朝食を準備していた越智が泣くから、食べるか」
「早くから……?」
「五時くらいから音がしてたぞ。早すぎるだろ」
ということは、朝陽さまも五時くらいから起きていたということだ。
私はグースカ七時まで寝てたけど……。
これまた恥ずかしくなり、布団にモゾモゾと潜った。
「桐子は何しても起きないな」
「何って……何ですか」
「色々」
朝陽さまは再び私のオデコにキス、頬にキスを始めた。
「あの……朝食に、しましょう!」
私はついに逃げ出した。
朝食は素晴らしかった。
朝から五種類の焼きたてパンに、朝取りだという野菜のサラダに、八王子の契約農家まで取りに行ったという卵のオムレツ。
「いつもこんなに豪華なんですか?」
あれもこれもパクパク食べる私に
「そんなはずないだろう。俺もこんな豪華な朝食は初めてだ」
と朝陽さまは笑った。
そして続けた。
「桐子に朝ご飯を作るのを、越智は楽しみにしてたから」
「……なんだか恥ずかしいですが、嬉しいです」
私はふかふかしたパンを真ん中で割って、食べた。
深いバターの香りに幸せになり、微笑んだ。
三年生になった。
朝陽さまが本当に学園長に文句を言ったのか、寄付金で脅したのかは知らないが、私たちは同じクラスになった。
その時の朝陽さまの上機嫌ぶりといったら、笑ってしまうほどだ。
でも朝陽さまは六年目にして学級委員長の指名を拒否。
理由は「勉強と仕事がしたいから」。
これには先生方も困り、長く説得されたようだが、結局別の方が務めることになった。
朝陽さまは鳳桜学院の大学に進学するのではなく、外部の国立大学の建築科を希望した。
これも、合同会社の仕事をするならば許してやると総帥に言われたようだ。
毎日Skypeで誰かと話をして、受験勉強に打ち込む姿を、私はそっと見守った。
いや、本当のことを言おう。彼氏元気で留守がいい。
琴実と同人誌製作に勤しみ、久しぶりにイベントにも参加しまくった。
そして鳳桜学院の経済学部に進学も決めた。
お父さんの手伝いをしながら、漫画を書けたらそれが一番幸せだ。
年があけて、1月。
朝陽さまも大学に合格、私も推薦が決まった。
そして学院生活、最後の私の誕生日がきた。
「ついに泊まれますね」
「本当に一年以上待ったな」
私たちは、あのツリーハウスに泊まりに来た。
一月の寒さで足元の落ち葉が少し凍っていて、踏むとシャリリと軽い音をさせる。
空気がキンと冷えてて気持ちが良い。
朝陽さまは横に車をとめさせて、中に入っていく。
一番下にウッドハウスがあり、寝室と大きな薪ストーブ。
そして大きな木を伝うように階段が延々と伸びていく。
「行こう?」
朝陽さまと手を繋いで階段を上り始めた。
この階段、下が丸見えになって、上がるたびに地面が遠ざかり、恐ろしい。
ひとりで下りられる気がしない!
途中途中に、指向をこらした小さな部屋が何個もある。
それを覗きながら一番上にある部屋に入った。
広さ四畳程度のハウスの中に、大きな一人掛けのソファーが置かれている。
本当にシンプルな部屋で、景色を楽しむためだけにある。
ハウスを囲むようにデッキが付けられていた。
私と朝陽さまはそこに出た。
「わあ……」
高さ数十メートルから見える景色は圧巻で、遠くの山々まで見える。
365度のパノラマに、私はため息をついた。
「凄いですーー、でも揺れる、怖い、これは怖いーー!」
私は強い風で少し揺れるデッキにしがみついた。
私の腰を朝陽さまが支えて、遠くを指さした。
「ほら、太平洋が見える」
「あれはレース場ですか?」
私たちは景色を見ながら楽しんだ。
そして夕方。
部屋にある大きめの一人掛けのソファーに二人で座って、大きな毛布に包まった。
そして落ちていく夕日を見ていた。
私は後ろから朝陽さまに抱っこされている。
「合格、おめでとうございます」
「ありがとう。構造設計も興味があるし、楽しみだよ」
「構造いいですよね。地味だけど、全ての建物はその計算がない立たないって読みました」
「一年間勉強してきた俺が今いるのが、ツリーハウスの上ってのが面白くないか?」
「確かに!」
私は朝陽さまの腕の中に収まりながら笑った。
朝陽さまは私を優しく抱き寄せる。
「……桐子と会ってなかったら、今もカラ箱のまま文句言ってたかもな」
「私は何もしてません、本当に。朝陽さまと一緒に遊んでいただけです」
「……桐子」
朝陽さまが、私のおでこに柔らかくキスをした。
「俺は、来年も、再来年も、ずっと桐子とここに来たい。もう予約した」
「あはは、早すぎですね」
「俺の部屋で朝食を食べたい。もっと来てほしい。どうして月に一度も来ないんだ」
「だって、勉強も仕事も忙しそうだったし、私はべったりするだけが恋人だと思いません」
オタク活動に勤しんでいた……。
でも、本音は、恥ずかしいのだ、あそこで砂糖菓子のように甘やかされる時間は。
本当に溶けてしまいそうになる。
「本当に桐子は……どこまでいっても桐子だな。ここにいるのに、捕まえたくて、一緒にいたくて、それでも足りない」
朝陽さまは、私の左手を持ち、薬指に金色の指輪を入れた。
「これ……」
「合同会社で利益が出た。それで買った。自分の稼いだ金で、桐子のことを考えて買い物するのは、楽しかった」
私は指輪を見た。
落ちていく夕日が、山の向こうで小さく、それでもまん丸になって光っている。
それと同じ金色の輪。
手をかざして合わせる。
「……ありがとうございます。本当に嬉しいです」
その手を朝陽さまが包む。
そして指輪にキスをした。
私も嬉しくなって、朝陽さまの頬にキスをした。
朝陽さまが私を真っ直ぐ見る。
「誕生日おめでとう、桐子、18才だ」
「ありがとうございます」
朝陽さまは、私をみて微笑んだ。
夕日が朝陽さまの髪の毛を金色に染めていく。
私をみる瞳は、まっすぐで優しい。
「桐子、ずっと一緒にいて?」
「……はい」
朝陽さまは、私の頬を包んだ。
長い指先が、耳まで届く。
「毎日俺の横で、おはようって言って」
「……はい」
包んだ頬を優しく引き寄せて、オデコにキスされた。
優しい感触に目を閉じた。
「毎日桐子の寝顔を見たい」
「……はい」
そして唇にも優しくキスをする。
なんども柔らかく触れて、離れた。
そして私の顔をまっすぐに見た。
「結婚して?」
「……はい」
何故か甘えん坊の朝陽さまに、私は小さく笑いながら頷いた。
私たちは何度もキスしながら、いつまでもクスクス笑いながら話した。
吐き出す息が一瞬で消えるような寒い夜に、大きな毛布に包まり、寄り添いながら。
終わり
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
評価、感想共に、お待ちしています。
時期は決めていませんが、番外編も予定しています。




