貴方が手を伸すならば、私は掴もう
「これは一体……何事ですかね……」
私はソファーの上で固まっている。
私の部屋には朝陽さま、蓬莱の次期社長の洪さん、旻名の次期社長の雷さん、それに一人の男性、合わせて四人が来ている。
お父さんには話が通っているらしく、三人の御曹司は従者も連れずに私の部屋に入ってきた。
朝陽さまが口を開く。
「桐子、手伝ってくれないか?」
「はい?」
私はこの状況が全く理解ができない。
お父さんの計らいで、私の部屋には机と椅子が運び込まれている。
なんだこの即席の会議室。
とりあえず、四人を座らせて、コーヒーを運んだ。
旻名の次期社長であり、松園との合同会社を設立していた雷さんが口を開く。
雷さんは男性なのに、髪の毛が長くて、後ろで結んでいる。
目が切れ長で一見すると、男性なのか、女性なのか、分からない美しさがある人だ。
「はじめまして、薔薇苑さん。僕は旻名の雷と申します。今回は薔薇苑さんにお手伝いして頂きたくてきました」
「私でお役に立てるならば良いのですが」
「さっそくですが紹介させてください。この男は、僕の右腕で飯泉と言います」
雷さんは自分の右側にいる男を紹介した。
飯泉と紹介された男は静かに頭を下げた。
「飯泉は旻名の人間です。蓬莱に出向して仕事をしていたのですが、蓬莱にはめられたのです」
雷さんは丁寧な日本語で説明する。
ひょっとしてこの人が、前に松園総帥が言っていた【損失を出した人】?
でも本当は、蓬莱にはめられて【損失を出したことにされた】ってこと?
「蓬莱で起きた事故は、工場内での事でした」
今度は蓬莱の洪さんが話し出す。
「工場内の機械が壊れて、その一部が商品の中に混入してしまった」
私は聞きながら思い出す。
そういえば、食品の工場で混入事故が報道されていた気がする。
「その管理、点検を任されていたのが、飯泉だったのです」
飯泉さんが頷いて、立ち上がる。
「私は完璧に管理していました。でも機械は、あり得ない方法で壊れていた。間違いなく意図的に」
飯泉さんはそう言い切った。
「誰かに意図的に壊された、ということですね」
私は言う。
飯泉さんは頷く。
「でもその場合、監視カメラがありますよね」
普通工場内は24時間体制で監視カメラが動いているはずだ。
最近は死角がないように、キッチリと張り巡らせている。
薔薇苑の工場もデジタルで常に録画している。
「監視カメラのデータが、そこだけ消えているのです」
洪さんがHDを私の目の前に置いた。
「そして蓬莱は、全ての責任を僕に押しつけた。何の調査もせず、僕を追い出して、旻名ごと切り落とした……!」
飯泉さんは悔しそうに言った。
「僕も、これは確かに変だから調査するように言ったのですが、会社はそれを許さなかった。僕は納得が出来ない」
洪さんは悔しそうに言う。
そして強く右手を握りしめながら続けた。
「これは我が社の恥なのです。だから関連会社に依頼することも出来ない。誰が味方で、誰が敵なのかも分からない。ただ旻名を切れば良いだけだと皆は言う。でも僕は違うと思う。そして朝陽が言うのです、薔薇苑ならデータを復活さえることが出来るかも、と」
私はチラリと朝陽さまを見た。
朝陽さまは、にこりと笑い返す。
いやいや……私はパソコンに強いけど、PCデポじゃないんだし、無くしたデータを復活させるなんて出来るだろうか。
とりあえず、HDをパソコンに繋げて作業を開始する。
私も何度かHDをクラッシュさせて、データ復活のアプリは持っているが、それで戻れば良いけど……やはり無理だった。
このHDが繋がっていてパソコン本体があれば、もう少し入れたかも知れない。
HDを確認するとデフラグをかけられているようだ。
これは犯人も用意周到だ。
というよりも、ここまで美しくデフラグかけられているのを見ると、逆に犯人がいる、という証明になる。
「やはり無理か……」
落ち込む四人を見て、私はある手段を思いつく。
「洪さん、ちゃんと捜査すれば、本当の犯人が捕まる可能性、高いですか?」
「ああ、工場にはセキュリティーもあるし、誰が入ったか分かる。でも現時点では、見せても貰えない」
「なるほど。では、突破口を作るお手伝いをします」
四人が「おお……」とざわめく。
本当に上手くいくか、分からない。
でも試してみる価値はある。
私が考えた作戦は、こうだ。
無くされたなら、作ってしまえホトトギス。
つまり、無くなったデータを作ることにした。
監視カメラ映像を動画の制作。
まず洪さんに壊された状況を聞き、どのように壊されたか、なんとなく想像した。
曰く、見えない場所のパイプのようなものがへし折られていたらしい。
そうなると絵を作るのは、それほど難しくない。
まず誰もいない工場の背景画を準備。
そこに3Dで中に入ってくる人。
その人が座り込む。
ガンガンと音を合成する。
その人が立ち上がる。
そして去って行く。
もし監視カメラ映像が残っていたら、こうだろう、という映像を作った。
3Dは元々興味があってソフトは入れていたけど、あまり詳しくなく、結局歩きの3Dフリーモデルを購入した。
これは動きのデータが作った状態で売られている。
それにしゃがみ込む動きもあった。
それも購入して、画面に合成した。
24時間で録画される映像の画質はそれほど良いものではない。
それも幸いして、正直かなり再現度は高く作れた。
足音も合成、破壊音も合成。
タイム表示を真似るのが一番時間が掛かった。
でもこれがないと一瞬でバレる。
全て終わる頃には、朝になっていた。
四人はそれぞれのお部屋でお休みして頂き、私はなんとか一晩で仕上げた。
琴実がいたら、もっとクオリティーを底上げできたけど、さすがに巻き込めない。
朝、四人は、私が作った映像を、マジマジと見た。
「……データを復帰させたわけでは、無く?」
洪さんは画面から目が離せない。
「明るさを大きく変えると、これが3Dモデルだと分かってしまいます。でも、そんなことする人は居ないと思いますけど」
「こんなものが一晩で作れるのか?」
飯泉さんと雷さんは、画面に噛みつきそうな表情で見ている。
とりあえず、一瞬でも【データが消えてなかった】と思わせられれば、突破口になるかもしれない。
私はそのデータと、とある仕掛けも足して、HDを返した。
「さすが桐子」
朝陽さまが玄関で微笑む。
朝陽さまだ……久しぶりに顔をゆっくり見たな……と思うが、私はとにかく眠かった。
地獄の8時間徹夜。今日が日曜日で良かった。
それに顔にクマもありそうだ……。
私は顔を見られるのが恥ずかしくて、早々と部屋に戻り、ベッドに倒れて1秒で眠った。
結果はすぐに出た。
私の仕掛けが作動した、と洪さんから連絡があった。
洪さんのやり方は、素晴らしかった。
怪しいと思っていた幹部、一人ずつに「実は映像が残ってまして……」と見せて、協力を仰いだ。
そして、その人がどんな動きをするかチェック。
なんと朝陽さまが愛用していた監視カメラを貸したというから、少し笑ってしまった。
朝陽さまの趣味がこんなところで作用した!
監視カメラから、四人いる幹部のうち、二人がこの不正に関わっていることが分かった。
そして実行犯に連絡が行き、実行犯は、またこのデータを消そうとした。
そこで私の仕掛けが発動。
このデータを削除しようとした場合、蓬莱全てのアカウントにgifアニメで小さく作った映像が、メールで添付されるようにしておいた。
当然大騒ぎになり、本格的に捜査が開始された。
そして洪さんの部下であり、幹部二人が逮捕された。
二人には多額の成功報酬が支払われていた。
その支払い主は、白いドレスでまっ赤のルージュ、朝陽を好きだと無邪気に笑った、洪美來さんだった。
しかし美來さんは
「美來は、旻名のロンゲと結婚したくないって言っただけで、工場壊せなんて言って無い」と、見事に逃げ切り体制。
渡したお金はボーナスだと適当なことを言う。
もちろんそれを実行した幹部二人にも理由があった。
旻名を切り落とすことで、旻名のライバル会社からもお金を貰っていた。
要するに、美來さんを利用してお金を貰い、ライバル会社からも裏金を貰っていた。
真っ黒だ。
次期社長の洪さんは、全てを許さなかった。
幹部はクビ。
美來さんを蓬莱の経営関係者から排除。
上海の小さな会社に送り込んだ。
そして、不正を働いたものを切り落とし、よみがえった蓬莱殿上食品と、旻名と、松園は、新会社を設立。
インド市場への本格参入を宣言した。
「ほえー……、朝陽さま、出世したわねえ……」
「なんかアメリカのドラマみたいだよ。ザ・ホワイトハウス!」
あれから二ヶ月。
今日はその新会社のお披露目記者会見が行われていて、その映像がニュースで流れている。
私の部屋で「なんだこの映像は!」と叫んでいた三人が、ピシリと決めてカメラに映っているのが面白い。
何より朝陽さまが素晴らしく凜々しい。
私はそれを見ながらソファーにコロコロ転がった。
「しかし……この映像、酷いね」
琴実が私がつくった工場の合成映像を見て笑う。
「パースが全く合ってない。この人、このまま進んだら床にめり込むでしょ」
「何言ってるの、この下に向かって歩いてるの、角度は合ってるでしょ」
「どう考えても変じゃない? このパキパキした歩き方」
「フリーモデルだから」
「よくバレなかったね」
「320×240pixで作ったから」
「小さっ!!」
私たちは結局工場の動画を使ってクソコラ作って遊んだ。
ポンとラインが鳴って、画面を見ると、朝陽さまだった。
【帰ったら、会える?】
もちろん。
私は微笑んだ。




