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過去の香りが、今に繋がる

「尻尾を掴んだ……って、ついに朝陽さまも名探偵コナンに……」

「間違いなく桐子の影響だよね」

「いや、別に私はコナンになりたかったわけじゃなくて、やられるから、やり返してただけだよ」

「でも……良かったね、朝陽さまに考えがあって」

「あの態度の理由が分かっただけでも、良かったよ」

 美來さんをどこまで部屋に入れたかどうかは、聞けてないけどね!

 私は結構しつこい女だ。

 これほどしつこいとは、私も知らなかった。


 琴実と話しながら鳳桜学院への坂道を歩いていると、ポンとラインが入った。

【おはよう】

 朝陽さまだ。

 友達だってラインはするだろう? と朝陽さまが言い始めた。

 俺たちは婚約解消したけど、友達だ、と言い張る。

 なんの繋がりもないより嬉しいので、素直に受け入れた。

【うしろ】

 続けて入る。

 振向くと、朝陽さまが後ろを歩いていた。

 久しぶりに見る制服姿に、頬が緩む。

 やっぱり朝陽さまは、制服が似合う。

「おはよう」 

「おはようございます」

 私は静かに頭を下げた。

 朝陽さまは、私を見て、目を細めて微笑んだ。 

 横を朝陽さまと取り巻きの女の子たちが歩いて行く。

 取り巻きたちも、皆事情を知っているのか、私を睨んだりしない。

 むしろ被害者という位置づけなのだろうか。

 まあ虐められなければそれでいい。


「日常が戻ってきた感じ?」

 琴実が私と腕を組んだ。

「そうだね、ちょっと何だろう、胸が痛いけど」

「さあ乙女、学校へ行きましょう」

 私たちは寄り添って坂道を歩いた。

 二年生の二学期が始まる。




「……なんでしょうか、この段ボールの量は」

 私は図書室の裏に積み上げられた段ボールを見上げた。

「一年に一度。痛んだ本を入れ替えるらしい」

 御木元さまが段ボールをヒョイと持った。

「意外と力持ちなんですね」

「空手を習ってる」

「御木元さまが?! ……まあ、ありですかね」

「何を想像した」

 もちろん胴着姿の御木元さま。

 うん、悪くない。

 私たちは、段ボールから本を出して、まず本棚に入れ始めた。

 脚立に乗って、上の方に本を入れていると、手に持った本が落ちそうになった。

 私はそれを取ろうとして、足を滑らせた。

 あ、ヤバい。

 そう思った時には頭に鈍い痛みが走り、御木元さまの声だけが聞こえた。

「薔薇苑!」


 知らない天井……じゃなくて、イタタタタ。

「起きたか」

 私はベッドに寝かされていて、場所は保健室では無さそう……病院?

 状況を理解する。

「脚立から落ちました……ね」

「落ちたな。そして頭をぶった。頭部のCTを撮ったけど、問題なし。良かったな」

「ありがとうございます……」

 私は、のそりを起き上がった。

 二学期初日から病院に運ばれるとは、なんとも間抜けだ。

 少し冷静になって、窓から景色を見ると、鳳桜学院が見える。

 ここって……。

「凛子さまの病院ですか」

「一番近いから、ここに運んだ」

 御木元さまは静かに言う。


 病室のドアが開いて、お医者さんが入ってくる。

 そして御木元さまと私にお辞儀をした。

「薔薇苑さま、気分はどうですか」

「はい。問題ないです」

「軽い脳震盪と打撲です。診断書を用意させます」

「よろしくお願いします」

「お会計は学校の保健会社の方とやりとりさせて頂きます」

「はい」

 鳳桜学院は学校内でのケガは、すべて保険で落ちる。

 まあ学費が高いからね!

 私との会話を終えると、お医者さんは御木元さまの方を向いた。

「御木元さま、四季さまがお会いになりたいとの事ですが……」

「今度にして」

「如月教授もお話があるということで……」

「今度にして」

 御木元さまは、私を連れて病室を出た。

 ひょっとして……。

「御木元さまって、お医者さんの息子さんとかですか?」

「いや、この病院の息子」

「あいやー……」

 さすが鳳桜学院、アッパーしか居ない。

「凛子の病室に行くのか?」

「あ、はい」

 御木元さまは財布から特殊なカードを取り出して、エレベーターの一部にタッチした。

 すると最上階のボタンが押せるようになり、私は凛子さまの部屋に入ることが出来た。


「桐子ちゃん! それに甘城。どうしたんですか?」

 凛子さまが私たちを見て言った。

「えっと……」

 私が言いにくくて口ごもっていると

「図書館にて脚立から落ちて頭部打撲。CTスキャンしましたが、問題はありませんでした」

「桐子ちゃーーん!」

 凛子さまが怒る。

「すいません、不注意でした」

「問題無かったから良かったけど、大丈夫なの? もう痛みは?」

「たんこぶ出来ました」

「もうー……」

 凛子さまが私の頭を優しく撫でる。

 ふえーん……優しい……。

 頭を撫でていた凛子さまの手が、私の頬に触れる。

「桐子ちゃん、痩せて……大丈夫ですか? 寝れてますか?」

「はい。最近は」

 朝陽さまとラインを再開してから、私はよく眠れるようになった。

 ただ【おやすみ】に【おやすみなさい】と返すだけなのだが。

「朝陽との事、聞きました」

 私は静かに頷く。

「もう少し、信じて待って貰えますか。朝陽は、今まで見たことが無いほど、努力しています」

「はい」

 私は静かに頷いた。

「朝陽は最近しっかりしてきたのに。甘城は何も変わりませんね。こっちが話をしているのに、こら、そこで本を読まない」

 振向くと御木元さまはソファで小説を読み始めていた。

「終わりましたか」

「甘城も華宮さんとは、どうなのですか」

「月に一度、定期でお会いしてます。頭の良い方なので、助かります」

 頭が良い……? 最近の私の華宮さんのイメージは、かなり変わってきた。

 言葉を選ばずに言うなら豪快……無双……。

「甘城は昔からこれで。まともな恋の話なんて……あ、小学生の時にありましたね。あの変わった匂いがする子……」

「凛子さま」

 ピシャリと御木元さまが言う。

 凛子さまが口をとがせて黙る。

「凛子さまの悪い所は、自分が知っている情報を全て人に差し出す所です」

「ねえ桐子ちゃん、つまらない男だよね」

 私は口を尖らせた凛子さまが可愛くてしがみつく。

 凛子さまからは清潔な薬品の匂いと、奥には甘い香り。

「でも御木元さまは、意外と助けてくれますよ。この前も……」

「薔薇苑」

「はーい」

 私も同じように口を尖らせる。

 凛子さまと顔を合わせて笑った。

 また今度にしましょう。

 そうしましょう。

 二人で顔を近づけて笑った。

 御木元さまは微動だにせず、本を読み続けている。


 凛子さまに別れを告げて病院を出ると、モワッと暑い空気が体を包んだ。

「スマホ。電源落としてた」

 御木元さまからスマホを受け取る。

 電源を入れると、ポンポンポンポン通知が鳴った。

 すべて朝陽さまだ。


【倒れたって本当か】

【大丈夫か】

【御木元といるのか】

【連絡しろ】

【頭から血が流れてるって本当か】

【意識不明の重体って本当か】

【連絡しろ】

【連絡しろ】


「あはは……」

 私はそれを見て笑った。

 心配しすぎだし、話が色々盛られている気がする。

 私はラインに【CT撮りましたけど、大丈夫でした。学校に戻ります】と返した。

 一瞬で既読になって【教室に寄って?】と来た。

 私はそれをみて微笑む。

 琴実も心配してるから、ついでに。ついでに顔を出そう。

 それなら友達でしょう?

 私はスマホを落とした。


 振向くと、御木元さまが私を見て、微笑んでいた。

 珍しい。


「お手数かけて、すいませんでした。また、付き添って頂き、ありがとうございました」

 私は頭を下げた。

 御木元さまが口を開く。

「なあ、薔薇苑。俺が妄想実現サイトになんて書いたか教えてやるよ」

「え?」

「初恋の子が、元気で、幸せにやってますように、だ」

「えー、素敵。でも見かけによらず、キザですね」

「……そうか、そうかもしれないな」

 御木元さまはシムレスの眼鏡を小さく持ち上げて、言った。

 御木元さまの子どものころ? どんな人だったのだろう。

 きっと聞いても教えてくれない。

 今度凛子さまに聞いてみよう。

「私の初恋は、きっと喘息で入院した時にあった子……名前は美都くんでした。今も憶えてますよ。頬にチューされちゃって!」

「……美都……? 美都……、なるほど、あははは」

 突然御木元さまが笑い出したので、私はとても驚いた。

 声をあげて笑う御木元さまなんてレアすぎる。

「大丈夫ですか?」

 思わず心配してしまう。

「ああ、大丈夫だ」

 目元を押さえながら御木元さまは、私を送迎車に乗せた。

「ありがとうございました」

 残された御木元さまに、私は手を振った。

 御木元さまは、ずっと私の方を見ている。

 見えなくなるまで、私は手を振った。


 車の中で私はぼんやりと美都くんの事を思い出す。

 もう顔なんて全然憶えてない。

 病院で会ったから、病気だったのか。

 今考えると初恋の君のことは、全く分からない。

 でも、今もどこかにいる。

 そう考えると、今繋がっている人たちとの関係をとても大事に感じた。

 スマホを取り出して、朝陽さまにラインする。

【今出ました】

 すぐ既読になった。

【待ってる】

 願わくば、このまま、朝陽さまの過去になりたくない。

 私はスマホの画面を撫でた。



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