続く未来に、虹が見えるなら
「蓬莱の次期社長が?」
「そうなんだよ……このタイミングで……」
お父さんはフルーツが山のように飾られた病室で表情を曇らせる。
入院して四日、まだ検査も続くのに、中国最大の流通企業、蓬莱殿上食品から連絡があった。
次期社長が日本に来て、薔薇苑アイスの輸送用パッケージ工場の視察を希望しているらしい。
もちろん工場長や、副社長がメインで対応するのだが、薔薇苑から誰も出ないわけには行かない。
それに蓬莱の次期社長は、私に会いたいらしい。
「何でですか?」
「よく分からないんだけど、薔薇苑桐子さんとお食事出来ませんかと話が来てる」
「食事するのはかまいませんし、何なら工場見学も行きますよ」
「桐子ー、助かるよ」
お父さんは私をみて涙ぐむ。
こうなったのは、妄想サイトに【お父さんが倒れる】なんて書いたからだ。
もちろん接待で、お酒や高カロリーなものを食べ続けたお父さんにも責任があると思う。
でも書かなかったら……と思わずに居られない。
まさに身からでた錆。
私は引き受けることにした。
家に帰って、輸送パッケージの説明書を読破、工場長に色々と説明してもらい、当日を迎えた。
カラッと晴れた八月の上旬。
蓬莱殿上食品の方々は、数十人の視察団を連れて来た。
「初めまして。蓬莱殿上食品の洪天神です」
「初めまして。本日父に代わってご同行させて頂きます薔薇苑桐子です」
「よろしくお願いします」
薔薇苑の送迎車から降りてきた洪さんは、流暢な日本語を話し、身長がとても高い。
155cmしかない私は見上げるレベルで、短い髪の毛が気持ちの良い男性だった。
洪さんは私を見て微笑んで言った。
「貴方が桐子さん。なるほど、可愛らしい方ですね」
……? どこからか私の情報が流れているのか?
オタクでお絵かき大好きな薔薇苑さん……とか?
とりあえず、微笑み返して、スルーした。
工場見学は、私も面白かった。
薔薇苑アイスは、最近、アイスの売り上げより、アイスを輸送する特殊パッケージに力を入れていた。
それは元々アイスを輸送するためにあった商品なのだが、薔薇苑が少し改変することで、飛躍的に機能が伸び、特許をとった商品はよく売れているようだ。
土地自体が巨大な中国で食品を一定の温度で輸送することは、何より大事なのだと、洪さんは丁寧な日本語で話してくれた。
ラーメンアイスから始まった薔薇苑アイスは、薔薇苑冷凍として、確固たる地位を築き始めていた。
本当に冗談だったんだけど……まあ、成功したから良いか。
私は試供品のアイスを食べながら思った。
我が社のアイスは相変らず旨い。
何個もある工場を回り、視察を終えた頃には、夜になっていた。
「我が儘を言って、すいません」
「いえ、私で宜しければ」
夕食は天ぷらにした。
役員たちは別の部屋で食べている。
私と洪さんは、油の前、まさに特等席で頂いている。
私は職人さんが、どんどん天ぷらをあげていくのを見るのが好きなのだ。
ナスに、エビに、ウニ……。
天ぷらって、本当に美味しい。
料理歴はそれなりに長いけど、天ぷらだけは満足できるものが出来ない。
人生で初めてつくったかき揚げは、油にいれた途端に空中分解して、ただのカリカリとしたタマネギになった。
あんなむなしいことは無い。
私は次々とサクサク食べた。
「本当に美味しそうに食べるんですね」
洪さんは微笑んだ。
「すいません、天ぷら大好きで」
まあ天ぷらだけじゃないけど。
「朝陽の言ってた通りだ」
「え……?」
私は洪さんを見た。
「彼は何度も蓬莱に来てくれて、僕と友達になったんだ。この前日本の屋久島に行ったよ」
「え? 縄文杉ですか?!」
「僕と朝陽が上陸するまで、ずっと雨だったけど、僕たちが登り始めたら晴れてきてね。虹に包まれた縄文杉を見ることができたんだ」
「さすが晴れ男……」
屋久島といえば、30日の間に31回雨が降ると言われている場所なのに。
「全部朝陽が準備してくれて、三日間、本当に素晴らしい時間を過ごしたよ」
「ええーー……」
私は信じられなくて、ポカンと口をあけてしまった。
あの朝陽さまが、登山?
たくましくなったなあ……と私は嬉しくなる。
「朝陽はずっと桐子さんの話をしててね。僕は何度も君の話を聞かされたよ」
食べていた天ぷらが一瞬のどに詰まる。
「ちょっと……まず伺いますけど、どんな……」
「基本的に武勇伝かな」
「あーーー!!」
アウトーー!
私は頭を抱えた。
スパイク見つけたとか、証拠写真撮ったとか、同人誌作ったとか……そんな話? 怖くて聞けない。
「どうしても本人に会ってみたくなって、薔薇苑さんの工場視察を決めたんだ。商品も素晴らしいね。ぜひ使わせて貰いたい」
「ありがとうございます……」
私は微妙な表情を作って頭を下げた。
良かったのか、悪かったのか、分からない。
洪さんは続ける。
「僕の妹は気むずかしい女だけど、朝陽くんなら上手に付き合えるんじゃないかな」
その言葉を聞いて、頭の芯がシャンとして、全ての音が遠ざかる。
そうだ、この方は蓬莱の次期社長で、朝陽さまが婚約する方のお兄さん……。
「そう、ですか」
私は何とか言った。
「昔会ったときは、もっとぼんやりした人だったと思うけど、いや、朝陽は非常にチャーミングで、僕も気に入ったよ」
そうですか……と何度も言いながら頷いた。
もうちゃんと、蓬莱と何度もあってるんだ。凄いなあ。
絆深めて……このまま婚約して……。
目に涙が浮かんできたので、慌てて穴子の天ぷらを追加で頼んだ。
朝陽さまも頑張ってる。
私も頑張ろう。
それだけは、真っ直ぐに思えた。




