世界でたった一つのプレゼントと更けゆく夜
山の頂上に車でマウンテンバイクを運んで貰い、そこから下る遊びがある。
私はそれが大好きで、キャンプにくるとよくする。
山道も川も、あぜ道も、塗装された道もあり、とにかく楽しい。
朝陽さまは走るのが速いので、体幹が良いのだろうと思っていたけど、本当にその通りで、初めてなのに器用に山を下りていく。
ブレーキのかけ方と、重心の置き方、体の使い方が難しいスポーツなのだが、頭が空っぽになって、ただ自転車に夢中になる所が面白い。
私も朝陽さまも、無言で山を下り続けた。
「……すごいな」
樹齢年百年も経っている木に寄り添うように建てられたツリーハウスの横で、朝陽さまが止まった。
「大きな木ですね」
私はスマホを取り出して情報を見る。
この山だけで使えるwifiが飛んでいて、情報はすべてアプリで見ることが出来る。
「わ、面白い。創業者の人は、この木が好きで、この山を買い取ったんですって。このキャンプ施設で一番最初に作られたツリーハウスは、これなんですって」
大きな木の幹の隙間に小さな部屋が見えて、それがはしごで繋がれている。
「一番上からは、何が見えるんだろうな」
「今度借りましょう。わ、でもすごい、予約は一年待ちですね」
私たちは色々見学しながら山を下った。
湖の真ん中にあるコテージは、床から高さ60センチの場所が360度ガラス張りになっていた。
あれは中から見ると、部屋自体が水の上に浮いてるように見えるのだろ。
傾斜を利用したコテージには水車があり、沢山の川魚が泳いでいた。
見事に管理されているからこそ存在できる完璧な空間だった。
朝陽さまは何度も足をとめて
「すごいな」
と見入っていた。
たっぷり二時間以上かけて山を下り、迎えの車を待つ場所に来た。
そこには足湯があり、私も朝陽さまも靴下を脱いで、足を浸した。
「凄く楽しかった」
朝陽さまが顔をクシャクシャにして笑った時に、私はどうしようもなく嬉しかった。
自分が好きだと思うことを、一緒に味わってくれる相手は、貴重だ。
夕食は家で八割仕込んできた。
キャンプを楽しむ最大のコツは、食事に手を抜くことだと思う。
よく豪華な料理を見るが、あれを出先で作るのは凄く大変で、数時間かかる。
それより出先では簡単に済ませて、その時間は遊ぶ。それが私のやり方だ。
今日は朝ダッチオーブンにパン生地を仕込んできたので、それをたき火に入れる。朝仕込んで日中発酵、夕方焼く。これでフカフカなパンが出来る。
タレと塩麹で仕込んできたお肉は焼くだけ。作ってきた具だくさんのスープを温める。
それで夕食は完成だ。
夕方からどんどん暗くなってきて、たき火が光り始める。
朝陽さまは意外とたき火に夢中だ。
「たき火、あまりしたことがないですか?」
私は肉を焼きながら聞く。
「むしろ、初めてだ」
朝陽さまは火をずっと見ている。
「同じ動きを、一度もしないですからね、火は。見てて飽きません」
私も横で火を見る。パチパチと軽い音をたてて、火の粉が闇に消えていく。
パンは最高にふかふかに焼けたし、お肉を焼くのは盛り上がった。
朝陽さまが焼いた肉は炭化したけど、それでも美味しいといって食べて、具だくさんのスープで暖まった。
食後。
朝陽さまがコーヒーを好きだということは分かっていた。
「……あの」
私は車から木箱を取り出した。
「なんだ?」
たき火に照らされた朝陽さまの表情は、今まで見た中でも、ダントツに優しい。
「これ、プレゼントです」
私は箱を朝陽さまに渡した。
「開けてもいい?」
私は静かに頷いた。
朝陽さまが木箱を開く。
「……これ、まさか……」
朝陽さまが中から物を出す。
「はい、私が作りました」
それは小鹿田焼の刷毛目マグカップだ。
「作った?! これを?!」
朝陽さまがマグカップを取り出す。
「週末二回ほど大分に飛行機で飛びました」
「え?!」
朝陽さまは叫ぶ。
私は焼き物が好きで、その中でもダントツに小鹿田焼が好きだ。
特徴的な幾何学的な紋様。ひとつとして同じ模様がない美しさが素晴らしい。
「薔薇苑関係に窯元さまと知り合いがおりまして。かなり無理を言いました。本当は門外不出な作業を体験させていただきました」
「ひょっとして、最近土日連絡が取れなかったのは……」
「大分に行ってました。素晴らしい場所です、あそこは」
「……は、あははは、あははははは!」
朝陽さまは、今まで見たことがないほど大きな声で笑い出した。
「そんなに笑うことですか?」
大変だったが、実は朝陽さまにプレゼントという名で窯元に我が儘が言えて嬉しかった。
朝陽さまは、目元を押さえて笑い涙をぬぐう。
「いや、本当に、こんなに嬉しいプレゼントは初めてだ。大分まで行って、自分で焼いたとか……あは、あはははは!」
朝陽さまは、マグカップ片手に笑い続けた。
「実は、お揃いです」
私は車から、私の分のマグカップを出す。
一回り小さく作った。
本音を言えば失敗したものだ。あと二十個ほどあるが、すべて家に置いた。
自分で焼いた焼き物は、すべて愛しい。
持って来たコーヒー豆を丁寧に挽いて、並べたマグカップにコーヒーを注いだ。
「良いですね」
私は嬉しくなる。
お揃いのマグカップに注がれたコーヒーは、闇夜に深く、甘く、香りを漂わせる。
朝陽さまはマグカップを大切そうに両手で包んで、コーヒーを飲んだ。
「……こんなに美味しく感じるのは、初めてだ」
「良かったです」
何にしようか、本当に悩んだけれど、喜んでもらえて良かった。




