生まれた日を祝うなら、こんな風に
「桐子と、旅行に行きたい」
そう言われたのは、図書棟で図書委員の仕事をしていた時だ。
「ちょっと……突然何ですか」
私は片付けていた本の山に隠れるように座った。
朝陽さまは、たまに手伝ったり、床に座ったりしながら、ずっと私の仕事が終わるのを待っている。
正直邪魔なのだが、私の委員の仕事スケジュールを完璧に把握していて、逃げられない。
というより、私を教室に迎えにきて、一緒に図書棟に来る。
週に一度の当番日は、朝陽さまとのんびり話す日になっていた。
「桐子が俺の部屋に来ないなら、旅行に行きたい」
「部屋には、最初から行かないとお伝えしたはずですが」
あの部屋には、今まで何人もの婚約者が来たはずだし、そのうちの一人になるのはイヤだった。
私は本を手に取って、立ち上がった。
そしてしっかりと背表紙を並べる。うん、綺麗。
指先で背表紙を撫でると、その指が朝陽さまの掌で包まれた。
「何もしないから」
「絶対お金返すからと、この株上がるからと、男の人の何もしない、は信じるなとお婆ちゃんの遺言でして」
私は適当なことを言う。
「俺だってわかってるよ。桐子は無理矢理何かしても、俺を嫌うだけで、好きにはならない」
「普通は、そうだと思いますけど」
「だから、何もしない。もっと長く一緒に居たいだけだ。クラスが分かれて本当に淋しい」
朝陽さまは強く言い切る。
淋しいって言い切る姿に、ほんの少し可愛さを感じてしまう。
「でも……」
それでも渋る私の手を、朝陽さまが強く握る。
「桐子、月末、俺の誕生日だけど」
ついに有無を言わさぬ態度に出た。
そういえば、私のスケジュールに書いてあった気がする。
それも朝陽さまが私のスマホを取り上げて勝手に書いたのだけど。
「祝って?」
朝陽さまは小首を傾げて私を見る。
「船でもチャーターしますか……」
「旅行に行きたい」
朝陽さまは譲らない。私は、はあ……と長くため息をついた。
どうやら現場で逃げる方向に切り替える必要がありそうだ。
泊まれて現場で私が主導権を握れる場所……。
そう思うと、私に考えがあった。
「……分かりました、行きましょう」
「本当か?」
「その代わり、私にプラン立てさせてくださいね」
「分かった!」
朝陽さまは鼻歌交じりに本を片付け始めた。
なんて雑な入れ方……。
しかもその棚じゃない。私はそれを引き抜いた。
本を並べることに関しては、私はこだわる女だ。
朝陽さまの誕生日は六月の初旬。
天気が心配だったけど、朝陽という名前は晴れを呼ぶのか、見事な晴天だった。
「カジュアルな服装でお願いします」
私はちゃんとそれを伝えた。
車で一時間半、異常に浮かれている朝陽さまと話ながら目的地に向かった。
到着して、朝陽さまは立ち尽くした。
「なんだこれは……」
「テントですよ」
私は着ていた上着を脱ぐ。
「テント……? まさか、桐子、今日はここに泊まるのか……?」
朝陽さまは周りを見渡す。
「そうです。旅行したいというご要望でしたので。その要望、完璧に叶えますよ」
私が選んだ先は、キャンプ場だ。キャンプ場といっても、ここは入山権利を買わないと入れないを施設で、一山丸々キャンプ施設にしている。
ホテル並の設備をもったコテージや、巨大な樹を使ったツリーハウス、湖に浮かぶ小島など、指向をこらした物も多くて、私は大好きだ。
正直普通のホテルに泊まったほうが安いだろう。
でもホテルじゃ、普通にベッドがあるので、夜が怖い。
そこで用意したのが、これだ。
スノーポークのランドロックという特殊なテント!
リビングとベッドルームがあるオールインワンシェルターで、使いやすさ抜群!
ずっと欲しかったのだが、薔薇苑家として成功してから令嬢がキャンプなんて?! と言われて買えなかった。
朝陽さまの誕生日祝いですよ?! と叫んで、色々欲しかったキャンプ用品を買った。
焚火台にアイアングリルテーブルにギガパワーツーバーナー……。
アウトドア用品は良い品で集めるとすごい金額になる。
私は初めて薔薇苑アイスに感謝したほどだ。
キャンプ用品大好き。造形が無駄なくて美しいのが良い。そしてチタンのダブルウォールでスタッキングできるカップたち……!
「凄くないですか?! なんでもかんでもスタッキング!」
私は準備しておいたものを見ながら叫ぶ。
ダイヤの指輪や、美しいアクセサリーと同じくらい、鮮麗されたアウトドア用品は美しいと個人的には思う。
朝陽さまは呆然としている。
「……何がどう使うものなのかさえ、分からないな」
「大丈夫です。私、好きなんです。さ、テントを立ち上げましょう。まず石を拾う」
「あ、ああ」
戸惑う朝陽さまとテントの準備をする。
小学生の時は毎年キャンプにきていたし、夏休みは一週間以上の長期キャンプにも参加していた。
「……全く想像が出来ない女だ……」
朝陽さまがブツブツ言う。
「映画を見るのも、本を読むのも好きですけど、自然はやっぱり常に想像を超えてきますから、そこが面白いですよ」
「桐子と居るだけで、常に想像を越えている……」
「朝陽さま、それはもっと奥まで刺して下さい。角度はこの角度から反対側に向かって、斜めに」
ペグの差し方を教える。
「こっちか?」
「そうです!」
朝陽さまは器用差し込んだ。
私はニッコリと微笑んだ。
「楽しいのか?」
朝陽さまが呆れるように言う。
「とても楽しいです!」
「……だったら、良い」
朝陽さまは、私の髪の毛にフワリと触れた。
テントの横には車を横付け出来るスペースがある。
今日は薔薇苑家の黒塗りの車じゃなくて、電源がキープできるミニバンで来た。
そこから電源をひいている冷蔵庫の中身を確認する。
うん、ちゃんと冷えてる。
「今日使う寝袋を、テントにかけておくとフカフカになります」
寝袋を開いてピンと張ったテントの屋根に寝袋をかけた。
これだけで夜は気持ち良く眠れる。
「……おい、なんだこれは。楽しいじゃないか」
朝陽さまは完成したテントの中に入っていく。
「そうなんですよ!」
私は興奮して言う。
テントとは本来男性が好むものだというのは、よく分かる。
とにかく秘密基地感がすごいのだ。
リビング部分に大きなテーブルや椅子を並べて、ランプも置く。
借りてきたマウンテンバイクも置くと、テンションが上がる。
「ここで寝るのか?」
チャックで締められる空間に朝陽さまが見る。
「見てくださいよー!」
空気を電動で入れてくれるマットを膨らませる。厚さ15cmほどになるのだが、これがあると夜も全く寒くないし、痛くもない。
「なんだこれは!」
朝陽さまは興奮してマットに触れる。
「この上に寝袋で寝るんです。ほら、テントの上に小窓があって、星が見えます」
「なんだこれは!」
朝陽さまは膨らんだマットに上に転がる。
「楽しくないですか?」
「秘密基地だな、これは」
朝陽さまの笑顔は、完全に子どもだ。私は嬉しくなる。
「さ、寝床の準備も出来ましたし、今度は冒険です。山をマウンテンバイクで下りましょう」
「なんだそれは!」
朝陽さまが体をおこす。
「さっきからそればっかり言ってますよ」
私は吹き出す。




