華宮さんと御木元さまの真実
「え? 今、なんて?」
私は耳を疑った。
「だから、御木元は私の婚約者だと」
華宮さんはフワフワに巻かれた髪の毛に触れながら言った。
「え? 御木元さまって、あの、御木元さまですよね」
私は少し離れた場所にいる御木元さまを見る。
御木元さまはずっと本を読んでいる。
きっとこちらの声は聞こえているのに、完全に無視だ。
「そうですわ、その御木元です」
華宮さんは当然のように言う。
「……っ、えーーー? そんなの、えーーーー?」
「ちょっと、電車の中で大きな声を出すのは迷惑行為ですわ」
「すいません、でも、そんなの……知らなかったです……」
私は声を小さくしながら言う。
今日は五月の院外学習中だ。
お金持ち学校の鳳桜学院が、唯一全員揃って電車で横浜に向かう。
電車というものに乗る機会が少ない鳳桜学院の生徒のために、一般常識を学ぶという体らしいが、今時本当に電車に乗れない人などいるのだろうか。
令嬢や子息も多いので、それぞれのグループにSPがついているのが異様な雰囲気だけど、私もそれには慣れた。
私と華宮さんには、スティーブンが一緒だ。
今も名前を教えてくれないが、ちょっと仲良しだ。
今日も少し離れた場所で私たちを見ている。
華宮さんは表情一つ変えずに話を続ける。
「言う必要がないから、言って無いのです」
「いやいや、クラスメイトに婚約者がいるなら、教えてくださいよ」
「前も言いましたけれど、私たちの世界に婚約に感情はありません。だから別にどうでも良いのです」
「御木元さまが婚約者だったなんて……」
「冷静な男ですから、婚約者として申し分ありません」
「そうですね、朝陽さまとは、違いますね」
あはは……と若干引きながら言う。
「それは違いますわ。朝陽くんがあんな……まあ、なんでしょうあの表情は」
華宮さんは、隣の車両にいる朝陽さまを見て驚く。
「見ない方が良いですよ、目からビームが出てますから焼けますよ」
朝陽さまはずっと真顔でこっちの車両を見たまま、動かない。
クラスによって車両が別れていて、移動は許されない。
御木元さまがいるからだろうけど、その目は怖い。
最近やたらと嫉妬してるけど、私と御木元さまは図書委員以外で関わりはないし、話をしても本のことばかり。
朝陽さまとは二人で映画館にも行ったし、それなりに近づいているつもりなんだけど、全然駄目なようだ。
感情を貯める箱の底が抜けているのだろうか。
キスこそ「していいか?」と聞かれるので「駄目です」で逃げているが、頻繁に抱きしめられていて、正直困惑している。
「朝陽くんは、元々あんな人じゃありませんでしたから」
「あんな!」
私は吹き出す。
「朝陽くんと御木元の付き合いは長いですし、本音を話し合う数少ない人間だと思いますよ」
「じゃあ、なんてあんなに御木元さまに嫉妬するんでしょうか。華宮さんの婚約者なら、もっと問題ないじゃないですか」
「以前の自分の姿に、御木元がかぶるのでは?」
「……だとしたら、何なんですかね」
「分かりませんよ、私も」
「朝陽さまより、難攻不落な感じですけどね。御木元さまは」
本当に、どんなに話をしても、目元が少し甘くなる程度しかしない。
「家が決めたことなので、感情はそこに無いですし、その方が良い間です、私たちは」
随分とビジネスライクな考え方だなあ……と驚くが、それに反発するほど御木元さまを好きでも嫌いでも無いのだろう。
それくらい落ち着いてくれないものか? と朝陽さまの視線を感じながら思う。
「無限アジ地獄ですよ、華宮さん」
「それどうやって掴むのですか?」
「え? こうして口を掴んで、針を抜く。あ、落ちた」
「きゃああああ!!」
華宮さんが叫びながら距離を置く。
つかみ損ねたアジが下に落ちて、ダバダバと動いている。
私はそれを掴んでバケツに入れた。
「さあ、華宮さんも!」
釣り竿を渡した。
「私は結構です」
「釣れた瞬間は気持ち良いですから、なんでもやってみましょうよ!」
私は強引に釣り竿をを渡した。
ここは水族館内にある釣りスポットだ。ここで釣った魚は、すぐ横にあるゾーンでフライにしてもらえる。
「ええ……?」
困惑する華宮さんに釣り竿を持たせて、餌をつける。数秒ですぐにアジが釣れた。
ここは釣り堀の中に目視できるほどのアジがいる。だからすぐに釣れてしまう。
「な……引っ張られますわ!!」
華宮さんは珍しく大声を出す。
「釣れてるんですよ、持ち上げて!」
「きゃあああああ!!」
持ち上げると魚がビチビチと跳ねる。
私はすぐに網を持っていって、魚から針を外してバケツに入れた。
「ね? 楽しいでしょ?」
「……悪くないですわ。もう一度」
華宮さんはすぐに冷静な顔に戻り、釣り竿を持った。
「さすが華宮さん、釣りましょう!」
琴実よりノリが良いくらいだ。
この釣りゾーンに鳳桜学院の生徒は見当たらない。
日差しも強いし、みんな涼しい水族館内にいるのだろうが、私は園内マップをみた瞬間からここに来ると決めていた。
釣り大好き!
しかし私たちは忘れていた。このゾーンのお約束、それは釣った分だけ食べる。
命の大切さを学ぶゾーン……。
「……アジ7匹もフライで食べるのですか?」
「釣っちゃったから、仕方ないよね」
どんどんさばかれてフライになるアジを私たちは、諦めた表情で見守った。
紙皿に山盛りになって出てきたアジフライ。
食べると、まあ不味くはない。
でも二匹が限界だ。
私はキッと振向いた。
「スティーブン」
「……はい」
私たちを見ていたSPのスティーブンを呼び寄せる。
そしてアジのフライを見せる。
「お願い……」
「職務中の飲食は出来ません」
スティーブンは表情をピクリとも動かさずに言う。
「お願いいい……」
「無理です」
スティーブンに断られて、仕方なく私たちはアジフライ七匹分を食べた。
もうスティーブンの意地悪!!




