青色になったリボンと、図書棟で二人
四月になり、二年生になった。
制服のリボンの色は青色になり、少しだけ誇らしい。
大きな桜の木の下に張られたクラス分けを見て、私は叫んだ。
「神は居ない……!」
琴実とクラスが離れてしまった。
「まあ、こういうこともあるんじゃない?」
琴実は冷静に言う。
琴実がいたから、なんとか頑張れた一年だったのに。
「ひとりなんて無理だよ……」
「あ、ほら、華宮さんが同じクラスじゃない」
「そうだね……」
ほんの少しだけ助けられた気になる。
でも琴実なしで一年頑張れるだろうか。
心底不安で、泣きたくなる。
背後に影を感じて振向くと朝陽さまが立っていた。
おはようございます……と声をかけようと思ったけど、鬼のように掲示板を睨んでいるので言葉を飲み込んだ。
「……学長にクレームをつけてやる……」
クラス分けを睨んでいる。
「あ。離れましたね」
琴実が楽しそうに言う。
よく見ると、朝陽さまとも別のクラスだった。
ほう……それは気楽かもしれない。
恐ろしいほどの絶望から、数センチ浮上した。
「寄付金カットだ」
朝陽さまがスマホを取り出す。
「大人げない、大人げない」
私は朝陽さまのスマホを叩いて阻止しようとする。
「ほら、私と同じクラスですよ?」
琴実が両手の人差し指で頬をさして、ニコニコと笑いかける。
「絶対に許さなねえ……」
朝陽さまは琴実を無視。
付いてくる取り巻きたちを、うっとうしそうに振り払いながらスマホを操作しながら消えて行く。
「……朝陽さま、かなりダークになってきたね」
琴実はクスクス笑いながら言う。
「取り巻きを嫌がるようになったのは、間違いないね」
今までスルーだったのが不思議だけど。
私だったら常について来られるなんて、どんなに仲良しでも無理だ。
「じゃあ、クラス委員長は華宮で」
クラスから拍手が起こる。
「よろしくお願いします」
この学校のクラス委員長は、先生の指名で決まる。
二年生は都内の高校全てが集まる学校運営協議会の参加があったり、今年は高校教育改革会という大規模な会もある。
やりたい、やれます、で勤まる仕事じゃない。
鳳桜学院のクラス委員長や、生徒会役員は、学年が上がるほど仕事が重くなる。
「では、副委員長は……」
「はい!」
「はい!」
次から次に、立候補者が手を上げる。
副委員長でも、仕事はかなり多いと思うんだけど、みんななんでやりたいの?
スマホが鳴り、確認すると、琴実だった。
【こっちの委員長は、今年も朝陽さま。そっちは?】
ああ……と納得する。朝陽さまと一緒に色んな会議に出られたり、二年生は生徒会の合宿もあるはずだ。
それが目的なのか。私は納得した。
隣のクラスからこの情報が流れたのね。
スマホの画面を確認した女子たち八割が立候補して、ジャンケン大会を繰り広げた。
懐かしいなあ……一年前に朝陽さまに指名されたのを思い出す。
檀上で華宮さんが「あなたがやらないの?」というオーラを出しているので、無言で首を振った。
超・お断りである。一年生でやったから、もう良いでしょ?
スマホがなって確認すると、朝陽さまだった。
【桐子も、委員長か、副委員長だろうな?】
笑顔で当然のスルー。
既読にもしない、タップしない。
そのまま電源を落とした。
授業中はスマホ禁止なので、はい。
悲鳴が響き渡る壮大なジャンケン大会が終了して、次々委員が決まっていく。
「じゃあ、次は図書委員、二名」
「はい」
私は手を上げた。
「はい」
声の先を向くと、御木元さまも手を上げていた。
あ、御木元さまも同じクラスだったのか。
私は御木元さまを見て、小さくお辞儀する。
御木元さまも、私をみて目を伏せるような小さな挨拶をした。
去年から図書委員を狙っていた。
だって図書委員は、自分の希望の本を買える権利があるのだ。
「銀の三角が無いなんて!」
私は図書委員のパソコンを触りながら言う。
「そんな権利があるなんて知らなかったな」
御木元さまは、私の横のパソコンで在書リストを見ながら言う。
「え? それが目的で図書委員になったんじゃないんですか?」
私は本のリクエストをかき込みながら言う。
「去年も図書委員だったから」
「そうなんですか」
「別に欲しい本があるなら、買えるだろう。薔薇苑アイス。業績向上中」
御木元さまはパソコンを落として、私を見る。
「違うんですよ、図書館に置いて他の人に読んで欲しいんですよ、面白いじゃないですか」
「本は本で面白いから、それで良いだろう」
「それはそうなんですけどー」
御木元さまは借りた本を読み始めた。
今日は図書委員の最初の集まりがあったのだが、私と御木元さま以外は、みんな帰ってしまった。
「……それは、なんて本なんですか?」
私は御木元さまが読んでいる本の表紙を覗き込む。
「SF」
御木元さまは静かに言う。
「彼女がエスパーだったころ……。へえ、面白そうなタイトルですね」
「SF読むのか」
御木元さまは本から目を離さずに言う。
「御木元さまが前に読んでたルグインも読みましたよ、闇の左手」
「あれを?」
御木元さまが、やっと本から目を離して私を見る。
「超読みにくかったです、久しぶりに絶望しました」
「はは、そうだろうな」
御木元さまが目を伏せて口元だけで笑う。
「なんでSFはすぐに報告書から入るんですか」
「なんでって……設定が書きやすいからだろう」
「なんで設定しか書いてなんですか?」
「設定がSFの全てだからだ」
「取り扱い説明書じゃないですからー」
「それに近いな」
私と御木元さまが話していると、図書室のドアが開いた。
朝陽さまだった。
「どうしました?」
私は御木元さまの隣で手を振った。
「桐子。お前、スマホ落としてるだろ」
朝陽さまが私のほうに向かって凄い速度で歩いてくる。
「あ……」
そういえば、役員決めからずっと落としている。
「探したぞ」
「すいません、何か約束してましたか」
私はスケジュールを確認しようと、スマホの電源を入れる。
すると大量の留守番電話……すべて朝陽さまだ。
琴実からもラインが入っている。
朝陽さまが探し回ってるよ? ……うん、知ってる。
「ずっとここに居たのか」
朝陽さまが私と御木元さまがいた机の前に立つ。
「図書委員になったので、本を読んでました」
私は借りた【重力波は歌う】を見せた。御木元さまも、本から目を離さずに、持っている本を持ち上げて朝陽さまに見せる。
「……帰るぞ」
朝陽さまが私の腕を掴む。
「ちょっと……」
強い力に、体が振り回される。
「お先に失礼します」
私は御木元さまに頭を下げた。
御木元さまは、本からチラリと視線を上げて、小さくお辞儀した。
その間にも朝陽さまは私の腕を引っ張り続けている。
朝陽さまは図書棟を出ても、私の腕を離さない。
「朝陽さま、ちょっと、痛いです」
私は立ち止まって、腕を振り払う。
「……なんで委員長じゃないんだ」
「委員長は指名制ですよね」
「なんで副委員にならないんだ」
「ジャンケン大会に出る趣味はないので」
「桐子!」
朝陽さまは、私の両肩を掴む。
私は朝陽さまから目を反らして、唇を尖らせる。
「……銀の三角を図書館に置きたかったし……」
「御木元は、駄目だ」
朝陽さまが私の肩を強く掴んで言う。
「ただ同じ図書委員だってだけですよ」
「御木元と一緒に居るのは、止めてくれ」
「なんでですか?」
私は憮然として聞いた。
別に何をしてるわけでもない。普通に本の話をしているだけだ。
嫉妬される理由がない。
それに朝陽さまと御木元さまは、仲良しなんじゃないの?
「あいつは………」
「?」
たっぷり数秒見つめ合って、朝陽さまが口を開く。
「……桐子、今日、俺の部屋にきて」
朝陽さまは私の肩を掴んでいた手を緩めて、私を抱きしめた。
「質問の答えになってませんよ」
私は胸を押さえて、離れようとする。
ここは学校の図書棟の目の前だ。
「俺の部屋の来たら、答える」
「じゃあ答えなくていいですーー」
「俺の部屋に来い」
「行きませんーーー!」
私たちはそこで意味不明な相撲大会をした。
最後には先生に窘められて終わった。
二年生になった初日に何をしてるんだ、私たちは。




