鳳桜学院に降り立つ王子と、パフェが食べたい
そして春。
私たちは鳳桜学院高等部に入学した。
「学校が駅と合体してるなんて……合体変身メカ物が書けそう……手から電車が出るの……最近そんなのやってたね」
「この駅の名前が鳳桜学院だからね」
私のボケを無視して琴美は歩き出す。
私たちが引っ越した沿線沿いには、鳳桜学院という駅がある。
その駅と学校はひとつになっていて、デザインから沿線の駅とは違う。
中世ヨーロッパを思わせる石畳に天井には見事なステンドグラスに舞う天使の像。
駅を出るとどこまでも続く石畳の横には煉瓦の建物が並ぶ。
そして長い坂道を登り切ると三角の屋根が美しい大聖堂のような建物……それが鳳桜学院の入り口だ。
「大聖堂が、入り口!」
私はブツブツ言いながら歩く。
駅から直結してるくせに、というかこの駅は学生書がパスモに仕込まれてて、それがないと降りられない。
それくらい特化してるのに、駅から校舎までが遠い。
都内なのに鳳桜学院自体は森の中にあり、その森を囲むように高層ビルが立っている。
ようするにここら一体が鳳桜学院の敷地なのだ。
当然だけど、敷地はぐるっと囲まれていて、厳しいセキュリティーに守られている。
だから都内でも有数のお坊ちゃま、お嬢様が通う学校として有名で、車で通うのが当たり前の方々のために専用の道まである。
芸能人の生徒も多く在籍していて、コンサートホールからバレエ専門の舞台、オーケストラホールまである。
ようするに私は、駅から遠くてイヤだって話をしている。
駅をつくるなら、校舎に直結しろって話をしている。
「遠い、遠いよね!」
私は坂道をぜーぜー言いながら歩く。
太ったからしんどいわけじゃないぞ。朝陽さまとの出会いに向けて500g痩せたからね?
「そうかな。人が少なくて良い道じゃない」
琴美は汗ひとつかかずに深紅のスカートをひるがえした。
鳳桜学院の制服は有名デザイナーが手がけたワンピースジャケットだ。
色は深みのある深緑。肩章と大きめの袖カフスは凜々しい。
腕には鳳桜学院の校章、鳳凰と桜が描かれている。
ダブルボタン仕立て風になっているフロントは体を細く見せてくれる。
後面ウエスト編み上げ仕立てが可愛くて、スカ―トは深紅でジャケットワンピースとの対比が美しい。
真っ白な襟元の踊るリボンは学年によって違う。一年生は白、二年生は青、三年生は深紅だ。
靴下は紺色のハイソックスで、足をスッキリと見せてくれる。
身長155センチで体重はホニャララグラムでおかっぱ髪の、至って普通の私だが、ここの制服を着ると凜々しく見える。
それだけは、この学院に決まって嬉しかった。この制服大好き。
私より身長が10センチも高くて細身でショートカットの琴美が着ると、凜々しいを越えてもうカッコイイ。
「痩せる……私はあと三キロ痩せる!」
琴美の細い後ろ姿を見ながら宣言した。
「駅前に鳳桜パフェって見えたけど」
「明日からでも遅くないな」
私たちは笑いながら坂を登る。
鳳桜学院は元々お金持ちしか入学出来ないので、特別枠というのは存在しない。
クラス分けも完全にランダム。初等部から中等部への入学も完全にエスカレーター式というわけではなく、厳しい足きりがあるらしい。
それは本人の能力だけではなく、親の財力も関係してくると聞いて、戦々恐々。
寄付金払えない人は追い出されるということだろう。
うちなんて完全なアイス成金だし、これから上流階級に食い込むぜイエイ! 的なノリも無く、夏と年末だけ同人誌だせればそれで良かったりする。
もし叶うなら、存在しないという漫研を鳳桜学院に作りたい。
アッパー階級風に漫研を作るの何になるの? 漫画読書研究会? ありなんじゃない、これ?
だって鳳桜学院には巨大な図書館もあるし。
毎日漫画を読んで感想を語り合う研究会。私ぜんぜん嫌いじゃないな。ホワイトボード出して語りたいなあ。
ミステリーの難しい話を書き出しながら読むの好きなんだよね。トリックがよく分かる。
「妄想サイトの力が生きてるなら、朝陽さまと桐子は同じクラスだよね」
琴美は私を見た。
「あー……緊張してきた。実はずっと緊張してるの。もうすべては始まっているのよ……」
「イヤだとか言って。期待してるんじゃない」
「サイトの力なんて信じてない……でもちょっと信じてる……でもあり得ないし……」
私はモゴモゴと言った。
「あり得てほしいんだ?」
「えーーー、朝陽さまだよ? やっぱり期待しちゃうよね?!」
はしゃぎながら校舎に向かう私たちの目の前に、人の山が出来た。
大きな男の人が目の前に立ちすぎて、前が見えない……というのが本音だ。
隙間から見ると、大きな黒塗りの車が校舎の目の前に横付けされて、中から誰か降りてきた。
「キャーーー、朝陽さまよ!」
私の隣にいた子が叫ぶ。
朝陽さま?! 私は更に隙間に顔を突っ込んで見る。こんにちわ、少女漫画界のカオナシです。
車が去って、静かに立っている後ろ姿。
高い身長に、長い腕、それにキリンみたいに細い腰に、本当に飴色の髪の毛。
車が去った風でフワリと揺れて、振向いた。
テレビで見た松園朝陽がそこに立っていた。
朝陽さまは、人だかりに気が付いて、にっこりと微笑んで手を振った。
「きゃああああ!」
女の子たちが悲鳴を上げる。
朝陽さまは静かに石畳を上がって、校舎内に入っていく。
その姿は、まさに鳳凰学院の王子様。
すぐ後にテレビで有名な芸能人も車から降りてきたが、女の子たちは朝陽さまのほうに夢中だ。
みんなゾロゾロと後ろをついて校舎内に入っていく。
その場に私と琴美だけが残された。
「松園朝陽の人気は、すごいな」
鞄を持ち直した琴美が言う。
私は言葉も無かった。そして確信した。
あんなレベルの人が、私を気にするはずがない。
一気に安心して、それだけで泣きたくなった。
妄想は、妄想のままで終わった。
私はそう、安心していた。