感じる違和感と、その笑顔
三学期が始まった。
二学期のように朝から朝陽さまに呼び出されるんだろうな……と思っていたのに、呼び出されない。
凛子さまのことも落ち着いたし、朝陽さまも大人になったのかも!
これで婚約とか関係なく、友達になれないかな? なんて私は思っている。
私は今のところ、朝陽さまと恋愛する気になれない。
去年の九月から朝陽さまと一緒にいるけど、朝陽さまの実像が掴めない。
分かってるのは、人の顔を覚えるのが得意な、監視カメラとGPSロガーを仕掛けるキス魔。
どうだろう、この情報は。
これだけ聞くと完全な変態だ。
最近垣間見える、大声を出したり、崩れた表情の方が朝陽さまのほうが、私は好感が持てる。
でも、もし時間があって、朝陽さまと過ごすか、部屋で漫画を読むかと聞かれたら、問答無用で漫画だ。
朝陽さまに仕掛けられたGPSロガーも調べたら、軍関係の話が大量に出てきて、面白くてアメリカの経済の本も読み始めた。
人類の歴史は全て矛と盾だ。楽しすぎる。
「しかし眠い……」
今日も遅くまで本を読んでいて、寝坊してしまったので、学校まで車で来た。
最近贅沢ライフに少し慣れてきている。
これじゃダメだ、明日から早起きしようと心に誓う。
スティーブンに手を振り、車から降りた。
今日は裏口にある生徒専用通路から昇降口へ向かう。
歩き始めると、後ろから車が来た。
降りてきたのは、朝陽さまだった。
私は立ち止まって頭を下げた。
年末年始は、パーティーで何度か顔を合わせたが、挨拶回りに忙しくて、深く話さなかった。
婚約者として何度かあったが、それも仕事のような場所で、ひたすら笑顔で移動。
だから凛子さまに本当に告白したことは、本人から聞いて無い。
でも、伝わってるだろうな……と思う。
「おはようございます」
「桐子、おはよう」
朝陽さまは、微笑んだ。
日だまりにいるネコに、笑いかけるように丸い表情で。
私は無意味に振向いてしまった。
後ろに凛子さまがいるような気がしてしまった。
でも、当然だが、誰もいない。
朝陽さまの笑顔は、私に向けられたものだった。
私の心の奥が、ザワリと音を立てた。
……表情が、優しすぎる。
「桐子、週末誕生日なんだって? 教えろよ、婚約者だろ」
いや、言葉使いは、そのままだ。
少し安心した。
朝陽さまは、私の鞄をスッと持った。
あ、すいません……と私が言うより速く、朝陽さまが私の腰を抱く。
後ろから別の人が来ていた。
私は自然と朝陽さまに抱き寄せらている。
あの香水の匂いがフワリと香る。
後ろからきた人を先に通して、朝陽さまが私を通路に戻す。
「行こう」
無理矢理手を繋ぐわけでもなく、朝陽さまは私の鞄をもって歩き始めた。
「あの、鞄、大丈夫です」
朝陽さまは、私が延ばした手を、すっと繋いだ。
その手は、少し温かくて、汗をかいているようだ。
なんだかそれも珍しい。朝陽さまの手は、何時触れてもサラリと冷たい印象があるのに……。
「誕生日。一緒に出掛けるぞ」
朝陽さまは私の手を握ったまま言う。
一ヶ月に一度はデートするという契約を結んだが、動画を作るために私の家に朝陽さまが泊まりに来たり、一緒に中学に出掛けたりして、それだけでポイント消化してる気がして、デートはしていない。
それに誕生日は家族とケーキ食べたり、琴美とダラダラするだけで、別に用事はないけど、朝陽さまと過ごすとなると、別の意味を持つ気がする。
私はチラリ……と朝陽さまを見る。行かなきゃ駄目ですかね……?
「行くぞ」
朝陽さまが睨んで言い切る。
なんとなく手を引いてみるが、完全にロックされている。
「デートの権利が貯まってる」
「ぐぬぬ……」
「迎えにいくからな」
「……了解しました」
私は小さく答えた。
朝陽さまが、私の手をキュッと握る。
その手は、さっきより間違いなく汗をかいていた。
「良かった」
そう言って、俯いて微笑んだ。
その笑顔を見て、心の奥で、何かがザワザワと動き始める。
なんか、違わない?
なんだろう、この違和感。
「……怖い」
昼休みの学食で私はゲンドウポーズで震える。
大盛りで頼んだ麻婆豆腐定食は完食した。
「私は桐子の食欲が怖いよ。大盛りご飯なんて、それだけで400カロリーもあるわ」
琴美は今日も小さなお弁当を食べながら言う。
「怖くて怖くて西田カナレベルで震える。すごい違和感がある……あの笑顔……入れ替わった……【転校生】かな……階段から落ちたのかな……」
「凛子さまのことも落ち着いたし、心境の変化じゃない? それに前より優しいなら、それで良いじゃない」
「嫌な予感しかしないよ……」
「泉中行った時に思ったけど、朝陽さま、桐子の事、気に入ってると思うよ」
琴実は空になった小さなお弁当箱を片付けながら言う。
私はハア……とため息をついた。
「あれは、私が朝陽さまに興味ないから、腹立ってるだけだよ。好きになったらザマーミロとか言いそう。企みしか感じられない……」
「そうかな、そこまでイヤなヤツだと思えないけど」
「じゃあ琴実が朝陽さまと付き合えば?」
私はキッと琴実を見る。
「どこかに妄想が実現されるサイトはないかしら」
「ぐぬぬ……」
琴実はスマホを触りながら、おほほほ……と笑う。
「お待たせしました、杏仁豆腐でございます」
ウエイトレスさんがデザートを持ってくる。
「まだ食べるの?!」
叫ぶ琴美を無視して、私は杏仁豆腐を食べ始めた。
「今までの女はすべて俺に堕ちたのに、どうしてお前は墜ちないんだ? とか言われたもん。その作戦には乗らない……杏仁豆腐旨い……」
「まあ期限付きだし。楽しめば?」
「人ごとだなーー」
「先生のことで散々遊んでくれたじゃない。お返しよ」
「超応援してたのに!」
会話で気を紛らわせるが、今までにない緊張感で落ち着かない。
私は杏仁豆腐をモグモグと食べた。




