新たな真実と、琴美の恋
「キスする必要が、どこにあるの?」
「いやー、最高の出来だったよ、映像」
「妄想サイトの事は忘れたいのに!」
「教室のポカンとした空気がもう、面白くて」
「……ねえ、ちょっと琴美聞いてる?」
全く人の話を聞いてない琴美に、私は叫んだ。
季節はもう冬で、図書棟の屋上は超寒い。
「聞いてるよ、桐子」
「なんでキスした本人が普通に居るんですか!」
「婚約者だから」
朝陽さまは普通にデッキのベンチに座って答えた。
「いやー、おもろかったです。録画しとけば良かった」
「あ。俺、教室に監視カメラ仕込んでおいたから、大丈夫」
朝陽さまがニコニコ微笑みながら言う。
「やっぱり変態だーーー」
そういえば、朝陽さまは盗撮マニアだった。
当然だけど、GPSを仕込まれた制服は捨てた。
お金持ち最高ー!
「……よし。成功したし、増田先生に報告するよ」
琴美はスマホを取り出した。
屋上に来たのは、それが目的だった。
「頑張れー!」
私はマフラーを鼻先まで上げて、コートのポケットに両手を入れた。
琴美が電話をかけた。
オホン、オホン……と声を整えながら、一カ所をクルクルと歩き回る。
そして、スッと立ち止まって、顔を上げた。
どうやら電話は一度で繋がったようだ。
「今お電話、大丈夫でしょうか。本田です」
電話相手に、頭を下げる。
サラリーマンのようだ……。
琴美は報告を始める。
笑いながら楽しそうに報告していた琴美の表情が、一瞬変わった。
そして「わざわざありがとうございます」「いえいえ」「そんなー」と何度も繰り返して、電話を切った。
ダラリとスマホを持つ手が下がる。
その血の気を感じない動き。
「どうしたの?」
私は琴美に近づいて聞いた。
琴美は私から目を反らしたまま、動かない。
その目は一点、床を見つめている。
「琴美さーーん」
「…………先生、来年結婚するんだって。現国の浜田先生と」
「えっ?!」
「私に一回電話したのは、それを言うためだったけど、言えなかったって……」
「え………………」
私は立ち尽くす。
なんて言ったら良いのか、分からない。
脳内で言葉を探すけれど、適切な言葉が見当たらない。
「いや……うん、先生相手だもんね、うん、分かってた。無駄だって、分かってたよ」
「琴美!」
私は琴美にしがみつく。
指先に触れる制服は、外気で氷のように冷たくなっている。
私は温度を取り戻すように、制服を握る。
「大丈夫。分かってた、大丈夫」
琴美は繰り返す。
「大丈夫じゃないよ。ね、今日は家に来て? 一緒にご飯食べよう? 薔薇風呂入ろう? 今から車呼ぶから」
「大丈夫。一人になりたい」
「琴美!」
琴美にしがみついて、目を見ようとするが、こっちを見てくれない。
その時、後ろで朝陽さまが口を開いた。
「本田琴美。お前、先生に告白しろよ」
ベンチに座ったままの朝陽さまが言う。
「何言ってるんですか、アホらしい」
琴美はすぐに言い捨てる。
そして屋上のドアを開けて、図書棟の中に入ろうとする。
「結婚前に告白しないと後悔するぞ」
後ろから朝陽さまの声が追う。
「…………それを貴方が言いますか、松園朝陽」
琴美がキッと振向く。
「俺だから、言えるんだ」
朝陽さまはベンチから立ち上がった。
「知ってますよ? お兄さんの奥さんに何年も恋してて? 結婚されても好きで? それでも何も言えない男が、私に何を言うの?」
「琴美!!」
切れた琴美は、言葉のナイフを投げつけるクセがある。
華宮さんとケンカした時もそうだ。
冷静なクセに切れると早い。
私はしがみついて止める。
「俺はもう言えない。でもお前は言えるだろ」
「貴方が言えないのは、関係を守りたいからですよね。今も。そんな温かい場所からなら、何とでも言える」
朝陽さまが、琴美の横に立った。
「じゃあ、俺が凛子に告白したら、お前も言うか?」
「…………………………は?」
私も琴美も、動きを止めた。
朝陽さまが凛子さまに、告白する、だと?
「地雷を、踏む、ということ?」
私はおずおずと言う。
「この気持ちを地雷だと言うなら、もう何年も爆発せずに置いていて、錆びてるな。それでも好きで、言えなかったのは、関係を変えたくなかったからだ。そんなことに、最近気が付いたよ」
朝陽さまが今まで見たことがないような優しい表情で言う。
「……分かったわ。貴方が告白するなら、私も言う」
琴美は、朝陽さまを真っ直ぐ見て、言った。
「分かった」
朝陽さまは、スマホを取り出した。
「……凛子。話があるんだ。時間取って貰えないか? そうか、ありがとう」
そして電話を切った。
「報告する」
そう言って、階段を降りていった。
私と琴美は、その後ろ姿を、ただ呆然と見送った。
「……マジで?」
「マジで……?」
二人で延々十分は「マジで?」と言い続けた。




