犯人確保、そして運命はまた廻りはじめる
「桐子、釣れたぞ」
部屋でゴロゴロしていた私のスマホに朝陽さまからラインが入った。
私は慌ててパソコンにログインして、鳳桜学院の裏サイトを見る。
そこには私が狙った通りの展開が始まっていた。
私はスマホから増田先生の電話番号を出した。
このミッションのためにスマホの番号を聞いたのだ。
もちろん琴美と一緒にね。
「先生、すいません。お願いしたこと、伝えてもらって良いですか。ええ、本当に出ました」
その数分後には、私の元に、欲しい情報が入った。
すぐに朝陽さまと、琴美に、ラインを入れる。
「作業に入ります」
ポンとすぐに既読になって、琴美からメッセージが入る。
「手伝うよ。今から薔薇苑家行ってもいい?」
「じゃあ車送るね」
時間は七時で外はもう暗い。
今日は金曜日だし、土日使えば終わるだろう。
パソコンを立ち上げて、検索を始める。
だから何度も言うが、あまり私を怒らせないほうがいい。
私をターゲットにしたことを、後悔させてやるんだから。
私は薄く微笑んで作業を始めた。
……最近、こんなことが少し楽しくなってきているけど、大丈夫だろうか。
名探偵は腐女子なお嬢様。
普通に売ってそうなタイトルだ。きっと売れない……。
どうでも良いことを考えながら、情報を集めていく。
ポンとラインが入る。
朝陽さまだ。
「俺も手伝う」
私はスマホの画面をみて、何度か瞬きした。
朝陽さまが私の復讐を手伝う……?
「気持ちだけで結構です」
私はすぐに返信する。
「今から行く」
「ちょっと!!」
画面を見てリアルに叫んでしまった。
その後何度送っても、既読スルー。
いつも私はやってるけど、実際やられると腹が立つ既読スルー。
これは本当に来る。
朝陽さまが家に来たら、別の意味で大騒ぎになるんだけど。
私は慌てて見える所に置いてある御曹司BLだけは、なんとなく隠した。
部屋に転がる歌舞伎揚げも袋に入れるが、他にお菓子が大量に転がっているし、漫画も雑誌もBlu-rayも床から生えている。
紀元さんが「片付けてもよろしいですか?」と毎日聞くけど「どこにあるのか分からなくなるので」というふざけた理由で断ってきた。
でも、そんなこと言ってられない!
「紀元さん! すいません、私が悪かったです!」
私はお手伝いの紀元さんを探して部屋を飛び出した。
ふと冷静になって自分の服装を見ると、着古したTシャツに、小豆色のジャージ。
陸上部顧問の佐藤をバカに出来ないダメ服装に愕然とする。
飛び出した部屋に戻り、見栄えがする服装に着替えた。
朝陽さまは30分後に、車で薔薇苑家にやってきた。
お手伝いさん総動員して私の部屋を片付けた結果、歌舞伎揚げの欠片ひとつ落ちてない部屋になった。
私はきれいめのズボンとシャツに着替えて、準備万端。
あー……、間に合った。
「お邪魔します」
朝陽さまはニコニコ王子の仮面をかぶっている。
「どうぞ」
私は部屋に朝陽さまを通した。
朝陽さまは、後ろのドアが閉まると、まっすぐに私がいつもいるソファーに座った。
「桐子は、いつもここにいるんだろ?」
「……どうでしょうか」
私は少し離れて立つ。
「右側にパソコン、ここにスマホの充電ケーブルが転がってる。反対側にテーブルでお菓子、後ろに本棚。ここに転がる桐子が想像できる」
朝陽さまはゴロリと転がった。
改めて見ると、なんて自堕落な姿……。
「あ、桐子ポジションに朝陽さまが転がってる」
遅れて部屋に来た琴美が言った。
「正解だろ?」
朝陽さまはニヤリと笑った。
ぐぬぬ、なんだろう悔しい……。
実際作業が始まると、朝陽さまの【権力】と【顔を覚える力】は、使えた。
それに対話術も長けていた。
伊達にパーティーばかり出ていない。
「話を聞き出すのが上手ですね」
私は素直に言った。
「そんなこと言われたのは初めてだ」
朝陽さまは、私のソファーポジションで完璧に和んでいる。
机には漫画タワーが出来ている。手にはガラスの仮面。
「これ、面白いな」
朝陽さまは、結構適当に漫画本に手を出す。
それは良いなあと個人的には思う。
人生興味は広く持った方が良い。
お父さんがそう言って、私に色々な本を貸してくれた。
そして今の私がいるといっても過言では無い。
「それ、この時間から読み始めると徹夜になりますよ」
私は、今朝陽さまが読んでいる巻数を確認しながら言う。
「何度読んでもいいよねー、私はやっぱり紫の薔薇の人と……」
「ちょっと琴美、ネタバレなしでしょー?」
私たちはダラダラ話ながら、パソコンで作業を続けた。
情報収集に時間がかかり、作業は深夜までかかった。
朝陽さまは、当たり前のように薔薇苑家の風呂に入り、パジャマを着て、客間に漫画を抱えて消えて行った。
ここって、朝陽さまの家だっけ……?
結局私と琴美は金、土、日と使って、物を仕上げた。
決戦は月曜日の昼休み。
私は寝不足な目をこすりながら、放送室に向かった。
後ろを朝陽さまが付いてくる。
「……来なくても、大丈夫ですけれど」
私は振り向いて言う。
「いや、行きたいだけだから」
朝陽さまはニコニコ微笑みながら付いてくる。
放送室についた。
鳳桜学院は、お昼休みにテレビを各教室に流している。
いつもリクエストを受け付けて、音楽のプロモーションビデオが多いが、そこで流して欲しいものがある、と連絡した。
基本的に部活の宣伝や、個人が作った作品など、何でも流してくれるのだが、私が作った映像を見て、部員さんは
「……大丈夫なんですか?」
と怪訝そうに見た。
「責任は、私が取ります」
私は静かに頷く。
「じゃあ……」
放送部員は、USBのデータをコピーした。
いよいよだ。
「本人が来たら、退出してくださいね。危険かもしれませんから」
「えー……、怖いなあ。分かりました」
放送部員は少し笑いながら、オンエアーのボタンを押した。
12時のチャイムと共に放送が始まった。
「私の名前は、斉藤美奈子。小学生の時の夢は、お菓子やさんだった」
ボカロを使ったナレーションが流れ出す。
同時に斉藤美奈子の初等部時代の写真が映る。
私たちは、犯人の紹介動画を公開することにした。
それが私が考えた【嫌がらせに対する答え】だ。
鳳桜学院の裏サイトに出入りしてることもあり、犯人の斉藤美奈子は、ずっと鳳桜学院所属のお嬢様だった。
そのおかげで、朝陽さまのネットワークをフルに生かすことが出来た。
「でも、お菓子って、分量ちゃんと測る必要があるのね? 私ったら、失敗ばかり」
これは斉藤美奈子からお菓子を貰ったという男の子に聞いた。
朝陽さまと何度も同じクラスになった子で、上手に聞き出してくれた。
「これが、私が四年生の時に作ったおでんクッション。すごいでしょ? 丸、三角、四角だよ?」
体育館に置かれていた写真が、小学校に残っていた。
恐ろしいね、今は。タグ付けして全部写真が残っていた。
しかしお嬢様が作るおでんクッション……最先端を感じる。
「六年生の修学旅行は、京都。鹿に追い回されて、転んじゃった!」
これも同級生の子に写真を送って貰った。
朝陽さまが、どのグループに所属していたか憶えていて、驚愕した。
私なんて二日前の晩ご飯も思い出せないけどね!
「中等部に入った私は、得意なピアノを生かして、伴奏者に」
なぜか斉藤美奈子は、初等部の頃からドボルザークの「交響曲第9番 新世界より」ばかりを弾いていて、検索するとそればかり出てきた。
これが面白いほど上達しているのだ。
聞いていて少し感動してしまった。
私は初等部からどんどん上手になっていく斉藤美奈子の新世界よりを、高等部まで続けて並べた。
ちなみに映像編集はすべてアドビのpremiereを使用。
映像編集は私の趣味とも言える。作画MAD作るからね。
テロップ処理は琴美に依頼。やはりセンスが必要で、私は少し苦手だ。
「三年生の時には、こんなに上手になったよ?」
これが本当に上手だから、すごいよなあ、斉藤美奈子。敵ながら天晴れだ。
「止めてください!!」
叫び声と共に放送室のドアがノックされた。
来たな。
「放送はそのままで良いので、出て下さい」
私は放送部の人に言う。
そしてドアを開いた。
放送部の人が、女の子の横を走り抜けて出て行く。
そこには、走ってきたのか、短い髪の毛が乱れた斉藤美奈子が立っていた。
一緒に放送室にいた朝陽さまを見て、泣き崩れる。
「すいません、すいませんでした!!」
朝陽さまは冷たい表情で見下ろすだけだ。
斉藤美奈子は、朝陽さまの取り巻きの一人だった。
私の作戦は【何より物証】だった。
だから罠を仕掛けた。
ニセの同人誌を作ったのだ。
これはコピー誌にしたので、一日で作れた。
中身は何でも良かったのだ。
今まで書いていたけど、発表してない作品を何個か入れて、一冊だけ印刷。
表紙だけは書き下ろしで琴美に書いて貰った。
タイトルはずばり【御曹司と結婚したい!】
もちろん嫌がらせだ。
結婚したいのは、この同人誌をアップする人だろうから。
それを増田先生に渡して、浜崎こころさんに伝えてもらった。
「もう一冊、薔薇苑さんが書いた同人誌があったよ」
その一冊は、浜崎こころのみに、渡された。
もし流れたら、出所は、この子のみ。
待って二日。
当然のように鳳桜学院の裏サイトに【御曹司と結婚したい!】は流れてきた。
最初から朝陽さまを狙ってたんだねー……というコメントが溢れるのを、私と琴美は笑って見守った。
そして増田先生に「これは犯罪だよ?」と伝えてもらい、誰に流したのか聞いたのだ。
「そんなに悪い事してるって、分かりませんでした。親戚のお姉ちゃんに頼まれて……」
浜崎こころは泣き崩れたらしい。
親戚のお姉ちゃんが、斉藤美奈子だった。
浜崎という名字じゃなかった。危なかった……。
犯人が分かってから、私と琴美と朝陽さまで協力して情報を収集。
三日間で動画を作り上げた。
私の過去同人誌をアップするなら、私は犯人の過去を動画でアップする。
それだけのことだ。
これでも好意的な作品になったと思う。
私の初期の同人誌とか……これを皆に見られたかと思うと、恥ずかしくてたまらない。
「すいませんでした、すいませんでした!!」
斉藤美奈子は泣き続ける。
「もう私で遊ぶのは、止めてくださいね」
私は言って、放送室内に戻った。
朝陽さまも続いて入ってくる。
そして放送室のドアを締めた。
ドアの前で泣き続ける斉藤美奈子の声が聞こえる。
そんなに泣くなら、最初からやらなければ良いのに。
私はリピートになっていた動画の再生ボタンを止めた。
そしていつも通り音楽番組に切り替えた。
はあ。
犯人が分かって良かったし、これで嫌がらせも減ると信じたい。
また動画をつくのは大変だ。
「動画を削除、と……」
私がマウスを握って操作していたら、その手に、朝陽さまの掌が乗ってきた。
そしてマウスから私の手を離して、手の甲にキスをした。
「…………え?」
私は朝陽さまが突然何を始めたのか、理解が出来ない。
私が朝陽さまのほうを見ると、そのまま顔が近づいて来た。
そしてフワリと前髪を持ち上げられて、オデコにキスされた。
フワリと触れる優しい唇。
そして目が合った。
「運命のキス、やり直しさせて?」
「え?」
私がポカンとしていると、朝陽さまは、両方の掌で私の顔を包み、持ち上げた。
そして、唇にキスをした。
「…………?!」
私は、両手でドンと朝陽さまを突き飛ばし、回転椅子ごと後ろの下がった。
「ちょっと……何してるんですか!」
「運命のキス」
「もう良いですって、それは」
私は叫ぶ。
私の方に、朝陽さまはゆっくり歩いてくる。
「俺とキスするの、イヤ?」
「朝陽さまが好きなのは、凛子さまでしょう? 何でこんなこと……」
ついに私は今までスルーして逃げてきたことを口にした。
朝陽さまが私の腕を完全に壁際に押しつけた。
「……何でだろう?」
少し首を傾げて、真顔で言った。
私の脳内で、何かがブチーンと切れた。
「何でだろうじゃないですよ!」
私は椅子から降りて床に座り込んで、壁際から逃げた。
そして放送室を飛び出す。
すると放送室の前には、人が居て、私が出てくるのを待っていた。
「…………え?」
私はそこから進めず、立ち尽くした。
「私もあれはやりすぎだと思ってました」
「カッコイイ!」
「動画、どうやって作ったんですか?」
そして皆、拍手をして私を見守っている。
あは……あははは……。
立ち尽くす私の横に放送室から出てきた朝陽さまが立った。
「みんな。桐子は僕の婚約者だから、いじめないでね。頼むよ」
そしてニコニコと手を振った。
もう脱力して微笑む力もない……。