蜂蜜味の恋は、耳まで染める
「前髪、変じゃない?」
琴美は一差し指で前髪を撫でた。
「可愛い」
正確には、美術準備室に向かうにつれて、身なりを整え始めた琴美が可愛いんだけど。
「制服、変じゃない?」
「似合ってる」
「リボン、これで良いかな」
「バッチリ」
「……迷惑じゃないかなー」
「ここまで来て何をいう!」
ブツブツという琴美と腕を組んで、美術準備室に向かう。
スマホで時間を確認すると、約束の五時丁度だ。
美術準備室前についた。
琴美は声をひそめた。
「(んんっ。声、変じゃない?)」
「(いつも通り可愛いよ? さ、ノックをどうぞ)」
琴美は右手を握りしめて、空中でふわふわと動かす。
そして一度動きを止めて、私のほうをチラリと見た。
私は無言で頷く。
大丈夫。
琴美は意を決したようにドアをノックした。
「どうぞ」
中から声がする。
「失礼します」
琴美がドアを開けた。
眩しいほど夕日が差し込む美術準備室。
部屋に充満する油絵の具とコーヒーの匂い。
この部屋は相変らずだ。
「久しぶりだね、本田さん、薔薇苑さん」
増田先生が微笑んだ。
薄汚れた白衣も、水色の変な柄のシャツも、変わらない。
「お久しぶりです」
琴美は頭を下げた。
「後ろの方は……?」
先生が朝陽さまを見る。
「桐子の婚約者です」
琴美が普通に紹介する。
「ええ?! 薔薇苑さん婚約したの? 本当にお嬢様だなあ~。おめでとう」
「ありがとーーございまーす」
適当に答える。あと10ヶ月で解消される婚約だけどねー。
朝陽さまが私の後ろから、一歩前に出て丁寧にお辞儀をした。
「松園朝陽です。薔薇苑さんと婚約させて頂きました。本日は勝手にお邪魔して申し訳ありません」
朝陽さまが見事にキラキラ王子の仮面をかぶる。
先生は目をパチパチさせて朝陽さまを見ている。
「おおお……なんかすごいキラキラしたカッコイイ人だね。良かったねえ、薔薇苑さん」
「あははははははははは」
私は引き笑いで返す。
先生が淵が割れたカップにコーヒーを準備してくれた。
それを飲みながら話は本題に入る。
「これ、浜崎さんが今朝返してきたよ。貸したの悪かったかな」
オホン! と咳き込みながら、先生が同人誌を机に並べた。
本当に風邪を引いているようだ。
「いえ、貸した先生が悪いわけないですよ」
琴美と私はパラパラと同人誌を手に取る。
私は一冊のあるページに手を止めた。
そしてスマホで、サイトに上げられた写真を見る。
「やっぱりこれだと思うんだけど……」
とあるページが汚れている。
写真も同じように汚れている。
「うーん……この写真だと分かりにくいなあ」
琴美は見比べる。
やはり現物を見ても、完全に黒とは言いがたい。
「浜崎さんは漫研に興味があると言って、ここに来たんですか?」
琴美が先生に聞く。
「そうだよ。一年生で、まだどこの部活にも入ってないって言うから」
「もう11月ですよ? 部活が盛んな泉中で、入ってないなんて」
「先生、パソコンログインしてください」
私は後ろから言う。
「ええ……? パソコンはほとんど使わないんだけど」
「部員名簿一覧を見て下さい。ネットワーク上に職員室のサーバーがありますから」
私は後ろから言う。
うーん……こうかな? ここかな? パスワード? うーん……。
先生は、なれない手つきでキーボードを操作して、名簿を出した。
「あ……」
「やっぱり」
浜崎こころは、四月にからバレー部に所属していた。
「もう、先生は簡単に騙されて」
「すいません」
「優しすぎるんですよ」
「部員が増えるのは、嬉しいことだと思いまして」
「考えなしなんだから」
「すいません」
二人の可愛いやりとりを、私は後ろでニマニマしながら聞く。
「会っていく? 浜崎さんに。聞いても……答えないよねえ」
琴美が振向いて言う。
「むしろ警戒されるから、私たちは会わないほうが良い。何より、黒だという、物証が必要だよね」
私は腕を組んで考え込む。
ひとつ、やってみたいアイデアがあった。
「先生に、協力をお願いしても良いですか?」
「僕が役にたつなら」
先生は垂れ目を、更に垂らして微笑んだ。
「では、失礼します」
私と朝陽さまは、美術準備室から出る。
琴美も出ようとしたので、お腹をグイグイ押して、部屋に残した。
顔を近づけて、小声で話しかける。
「(飴、渡したら?)」
「えっ?!」
「(ラインも聞きなさいよ)」
「無理」
「(電話の理由も)」
「無理ーー」
えー……という表情をする琴美を残して、私は無理矢理ドアを締めた。
そして廊下に出してあった椅子に座る。
耳を澄ませば、中の声は……聞こえる。
朝陽さまも、私の横に座った。
「……本田は、あの教師が好きなのか?」
朝陽さまが小さな声で言う。
私は無言で頷く。
中からの声をこっそり聞く。
「先生、あの、風邪引いてるって伺ったので……」
ガサガサと音がする。
「あ、ありがとう。この飴大好きだよ」
おお、渡せたようだ。
「良かったです。……あの……」
琴美が黙る。
いけ、聞け! ラインか、電話の内容か!
「あの……………………また、来ます」
「待ってるよ」
ガラリと扉が開いて、琴美が出てきた。
「(もーーーーーーーー……)」
私は琴美を睨む。
琴美も私を、キッと睨んだ。
その顔は、まっ赤で、耳まで赤い。
「……作戦聞かせなさいよ!」
琴美が早足で歩き出す。
私は後ろから琴美の腕に自分の腕を通した。
「飴、渡せて良かったね」
「ん」
琴美は小さく頷く。
可愛い~~~!




