垣間見える素顔と、制服ダッシュ
「なんだこの、無駄な登り坂は」
朝陽さまは、前屈みになりながら、泉中学校に続く坂道を登る。
「これが名物、殺し坂ですよ。懐かしいねえ、琴美」
「懐かしいねえ、一番上から自転車ブレーキなしで下って、そこの畑に突っ込んだ前田、二ヶ月入院したもんね」
「両足骨折ね」
「前歯も破損」
懐かしい、懐かしい……と話す私たちの話を、朝陽さまはどん引きしながら聞いている。
「下品の極みだな」
「中学生だからやるんですよ。他にいつやるんですか」
私は振向いて言う。
「一生やりたくない」
汗をかいて坂を登っている朝陽さまを、私はちょっと可笑しく思う。
私の出身中学に朝陽さまがいる状態が、すでに可笑しい。
下手くそな合成写真のようだ。
「なんだ」
朝陽さまが私を睨む。
「なんでもないです」
私は小さく笑う。
「オラーーー、いくぞーーーー!」
「オーーー!」
坂の下から陸上部が駆け上がってくる。
「おお、頑張れーーー!」
私は声援を送る。
陸上部は部員数が少なくて、私も何度か助っ人で大会に出た。
この坂ダッシュもやったなあ。
「え?! 桐子先輩?!」
「薫ちゃん!」
後輩の田本薫が、私を見つけて止まる。
「桐子先輩じゃないですか!」
「お久しぶりです、あ、琴美先輩も」
「これが鳳桜学院の制服ですか。すごーい!」
「可愛い~~」
陸上部の後輩達に囲まれる。
えへへ、鳳桜学院の制服は、本当に可愛いと思う。
私はクルリと回った。
「お前ら、ダッシュはどうしたーーー!」
坂の上で顧問の佐藤が叫んでる。
相変らず変な小豆色のジャージを着ている。
「……よし、行くよ!!」
私はみんなに声をかける。
「え? 走るの?」
琴美が表情を歪める。
「朝陽さまも!」
「お前バカだろ」
「行きますよ! 私に負けたら、今開発中の芋虫アイスを食べてもらいますよ! よーい、どん!」
「お前ふざけんな!!」
朝陽さまを置いて、私は加速する。
そのまま部員たちと一緒に殺し坂を走り始めた。
久しぶりに走ると気持ち良い!
「……お前は、バカ、なのか……」
朝陽さまは、校門横に近くにあるベンチにフラフラと座った。
「朝陽さま、ヤバい。超速い、すごい……残念です、芋虫アイス美味しいのに……モンクロシャチホコ……」
「ふざけるな!」
朝陽さまが肩で息をしている。
私はその横に座った。
「この人凄いですね! 超速いじゃないですか!」
薫ちゃんが汗を拭きながら言う。
「鳳桜学院のリレーでも速かったんだよ~」
何故か私が偉そうに語る。
「ナイスファイト!」
薫ちゃんが私と、朝陽さまに向かって掌を見せる。
「ナイスファイト!」
ああ、久しぶり、このやりとり。
私は薫ちゃんの掌を叩いた。
二人で朝陽さまを見る。
朝陽さまは渋々手を伸して、薫ちゃんの手を無言でタッチした。
「お疲れさまでしたーーー!」
薫ちゃんを筆頭に陸上部は、更に坂を登っていく。
これよりもっと登った山の頂上に陸上部のグラウンドがあるのだ。
私は手をヒラヒラされて見送る。
懐かしいなあー。
ゆっくり歩いてきた琴美が、やってくる。
「制服のスカートで走るとか、バカなの?」
「いやー、懐かしくなっちゃって」
私はスティーブンが取り出したハンカチで汗を拭く。
そういやスティーブンも走ったのに、汗一つかいてない。
すごいなSP。制汗もコントロール出来るのか。
「朝陽さまも、汗すごいですよ」
私はハンカチを裏返して、朝陽さまのオデコに触れる。
「貸せ」
朝陽さまはハンカチを取って、自分で拭いた。
「桐子の挑発に乗るなんて。朝陽さまって結構バカなんですね」
琴美が言い切る。
「なっ……」
汗を拭いていた朝陽さまが顔を上げる。
「でも、今の方が人間っぽい」
「……なんだそれは」
朝陽さまは私にハンカチを返した。
「さ、美術準備室いこ~~?」
私はグイグイと琴美の腕に絡まった。
そして朝陽さまの方を見る。
「今から人間っぽい琴美さんが見られますよ~~」
「桐子!!」
琴美が叫ぶ。
私は笑いながら南棟に向かう。
ああ、古巣最高!