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豪華な箱に興味がなくても、試食は可能

 恋バナにテンションが上がりすぎて忘れていたが、同人誌をサラされたのだった。

 学院に向かう道で、周りの生徒が私をみてクスクス笑う。

「噂の的、復活」

 琴美はニヤリと笑って言う。

「最近静かだったのに……」

 私は静かに首を振る。

 ポケットの中でスマホが振動している。

 これはまた朝陽さまかも知れない。

 もう昇降口についてしまったし、気が付かなかったことにして教室に行こう。

 私はスマホを鞄の中に移動させた。

 昇降口で上履きを出すと声がした。

「おはようございます」

 顔を上げると、華宮さんが立っていた。

「おはようございます。あの、サイトのこと、教えてくれてありがとうございます」

 私は頭を下げた。

「あんなことして、何が楽しいのしょう。私は嫌いです」

 華宮さんが冷たく言う。

「もう何でも良いじゃないでしょうか、私を攻撃したくてたまらない」

「攻撃したら婚約解消されるわけでも無いのに」

 その言い方が冷静で、私はプッ……と笑ってしまう。

 琴美と似ている。

 二人が仲良くなるのも理解が出来た。

「華宮さん、ひとつ聞いても良いですか? 浜崎さんって名字に憶えはないですか?」

 琴美が聞く。

「浜崎さん? その方があの本をアップされた人ですの?」

 華宮さんが巻かれたカールをフワフワさせながら言う。

「もし名前に聞き覚えがあれば、助かります」

 浜崎こころさんのお姉さんや、お兄さんが鳳桜学院にいるって事はあり得るのでは? と私と琴美は考えた。

「IDを持っている人間は初等部から鳳桜学院に居た全員です。卒業生まで含みますよ。私も把握しかねます」

「ですよねー……」

 当然の結果だ。

 私たちは小さくため息をついた。

「ありがとうございます!」

 でも、鳳桜学院に長く在籍している人で味方がいるという状況がありがたい。

 私は頭を下げてお礼を言った。

「犯人、今回も見つけるますの?」

 華宮さんが微笑みながら言う。

「もちろんです」

 私はニヤリと微笑んで言った。

 なんだろう、最近の私は探偵ばかりしてないか?

 でも泣き寝入りだけはしたくない!


「なるほど、全部スキャンデータね……」

 私は生徒会準備室のパソコンを触りながら言う。

 華宮さんから、在校生の名簿なら、ここで見られるんじゃないか、と教えて貰ったのだ。

 お昼ご飯を購買のパンひとつ持って来て、私は準備室に籠もった。

 琴美は図書棟で卒業生の名簿を確認してくれている。

 浜崎なんてありふれた名前……見るだけで沢山有る。

 とりあえずリストアップと思ったのだが、名簿は先生がプリントしたものがスキャンされた画像データだったのだ。

 ちょっと意味が分からない。

「仕方ないな……」

 私はそのファイルを全てプリントアウトする。

 そしてOCRソフトの体験版をインストールして、プリントアウトしたファイルをスキャンする。

 生徒会準備室は、パソコンのスペックも高いし、プリンター、スキャナー、タブレットまで揃ってるのに誰も使ってない。

 なんて勿体ないんだ。

 スキャンしてOCRソフトを通すと、自動的にエクセルファイルに変換された。

 元がエクセルの表なので、再現率はかなり高い。

 昔のOCRといえば、本当に使えなかったけど、最近のは凄いわ。

 後ろのセキュリティーが開く音がする。

「朝から無視するな、薔薇苑桐子」

 声がして振向くと、朝陽さまが入ってきた。

 琴美から【朝陽さまが桐子さがして図書棟練り歩いてたから、そっち行くかも】と来ていたので、驚かない。

「すいません、忙しくて」

 私はどんどんスキャンして、内容を確認。

 合っていたらプリントアウトした紙をシュレッダーに入れる……を続けた。

「今度は何をしてるんだ」

 興味を持ったのか、朝陽さまが私の後ろに立つ。

「データ化して浜崎を検索します」

「なんだそれは」

「丁度良かったです、ここに来て下さって」

 私はスキャンが終わったデータを高等部、中等部、初等部に色分けする。

 そして検索。

 浜崎という名前で在籍する生徒の名前をソートで一覧。

 色分けしてるので、どの浜崎が、どこに所属しているかすぐに分かる。

「なるほど。高等部には四人の浜崎さんが居ますね。朝陽さま、憶えがある人は居ますか?」

 私は朝陽さまの顔を見た。

 朝陽さまはポカンと私を見ている。

「……パソコンに詳しいんだな」

「日常の使用範囲だと思いますが」

「いや、俺は……出来ないな」

「そんなことどうでもいいから、どうですか。名前に見覚えは?」

「あ、ああ。一年の浜崎美帆は……仕事の取引先の子だ。二年の浜崎曜子は……関連会社で働いてるな。三年の浜崎理恵は応援団で一緒だっただろう」

「朝陽さま、すごいじゃないですか。名前だけで思い出せるんですか」

「パーティーばかり出ているからな。人の顔と名前は一瞬で覚える」

 朝陽さまは言う。

「えー、凄いなあ」

 私は素直に感動した。

 何より私は、人の名前と顔を覚えるのが苦手で、常に一致しない。 

 パーティーでもそれに一番苦労した。

 向こうは私を分かって居て、近づくのだ。

 私が一度で名前を覚えないのは、失礼。

 でも本当に難しくて……。

「本当に凄いです。私は苦手です」

「そんなことが凄いのか」

 朝陽さまがキョトンとして言う。

「私に出来ないことを出来る人は、みんな凄いですよ」

 それが私のモットー。

 世界を狭めないたった一つの明るい考え方だと私は思う。

 私は表を一部だけプリントして、データとOCRソフトを消す。

 各履歴も忘れずに消す。

 そして三人の浜崎さんに丸を打った。

 とりあえず今日はこの名簿をゲット出来たから、良いか。

 準備室から出ようとすると、私の手を朝陽さまが引っ張った。

「どうしたんですか」

 油断してた。

 私は身構える。

「どうして薔薇苑は、俺に興味がないんだ」

「は?」

 私は素で聞き返す。

「普通の女は、用もないのに俺を追い回すし、松園の家に入りたがる。どうしてお前は違うんだ」

「朝陽さまがいう普通の女は、玉の輿を狙っている人たちで、普通ではありません」

 ポカンとしている朝陽さまに向かって続ける。

「私は逆玉に興味ないので、松園という箱に興味ないんです」

「俺を箱だと?」

「松園という箱に興味ないということは、店に置いてある商品のパッケージに興味が持てないってことです。わかりますか?」

「パッケージ?」

 朝陽さまが反芻する。

「お店に置いてある商品の箱に興味が持てなかったら、手に取りませんよね、買いませんよね。あげく中身が黒い。もうちょっと、お断りです」

「今俺は、丸ごと否定されているのか」

「店にあっても買わないって話です」

「どうしたら買うんだ」

「今薔薇苑アイスは、積極的に試供品を配ることで、このギャップを無くすように努力しております。アイスはその場で消費されるものなので、一時の楽しみになれるようにサイズもSSSから準備……って、あれ仕事の話になってますね」

 最近私はお父さんに頼まれて仕事を手伝い始めた。

 仕事はちょっと楽しい。

 男性相手にロジカルな説明をするのは、嫌いじゃない。

 女は感情から。

 男は理解から。

 お父さんが貸してくれた経営の本に書いてあったよ!

「というわけで、会議は終了。後日ログをアップしますので、ご意見お待ちしていますーー」

 私は生徒会準備室から逃げだそうとする。

「よし、じゃあ、俺を試食したら、どうだ」

「は?」

 私は顔を歪めて振向いた。

 何を言っているんだ、この人は。

 ついに壊れたか?

 朝陽さまはニコニコ微笑んで続ける。

「薔薇苑アイスも試食を配ってるんだろう? ほら」

 朝陽さまは両手を広げて待っている。

「……今、お腹すいてないので」 

 素で返答してみる。

「何もしない。ちょっとこっちに来い」

 朝陽さまが結局私を睨む。

「いや、何もしない、と、ちょっとこっち来いが繋がりませんけど」

 食べるなら、中身が黒くないアイスが良いんだけど。

 朝陽さまは手を引いて私を抱き寄せた。

 私は朝陽さまの真ん中に収まる。

 背中に腕を回して、抱っこされる。

 逃げようとすると、力で押さえ込まれる。

「試食だろ?」

「ちょっと意味がわかりません」

 これ以上何かしようとしたら、一瞬で出よう……と体制を少し低くする。

 懐に入れられたら、膝を狙えとスティーブンに習った。

 チラリと上目で確認すると、朝陽さまが私の頭頂部にアゴをコツンと乗せた。

「いたっ……」

「試食」

 コツン。

 朝陽さまは無言で、もう一度アゴを乗せて、アゴをグリグリし始めた。

「痛いんですけど」

「試食だから」

「もう離して下さい」

 朝陽さまは私の頭頂部をまだグリグリしている。

「何なんですか、この時間は」

「試食」

 朝陽さまは、試食と言い続けながら、数分間続けた。

 私は諦めて時を待つことにした。

 朝陽さまの胸元からは、少しだけ香水の匂いがして、これはどこの香水だろ……と思った。

 そして香水をつける男は苦手だと思う。

 匂いは脳内に直結で残るという本を読んだ。

 私はきっとこの香りをどこかで嗅ぐたびに、試食と言われて頭グリグリされた、この妙な時間を思い出すのだと思う。

「ごちそうさまでした」

 突然開放された。

 変な例え、やめておけば良かった。

 もう言わない!

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