琴美の恋と、私の過去と蜂蜜の味
泥ダンゴがふってくるレベルのイジメを覚悟したが、それほどでもなく、二ヶ月普通に過ごせた。
年末も見えてきて、吹く風は秋から冬に変わろうとしている。
私は冬産まれなので、この時期の空気が一番好きだ。
朝陽さまは週に何度も私を呼び出すけれど、半分は既読スルー。
最後にはスマホの充電切れを装った電源オフで逃げるのにも慣れてきた。
護身術はスティーブンも驚くほど、上手くなってきた。
それに最近は、ふとしたときに崩れる朝陽さまの表情さえ楽しくなってきた。
「一年余裕じゃない?」
なんて話していたある日。
事件は起きた。
ポンとラインが鳴って、見ると琴美からだった。
【やっば。超個人情報流出してるよ】
ん?
クリックすると、そこに見えた文字。
鳳桜学院・裏掲示板
「……こんなサイトあるんだ」
今は殆どの高校や大学に裏掲示板があるけれど、お金持ちしかいない鳳桜学院には無いと思ってた。
私は入り口をクリックするが、IDを要求された。
「ID知ってるの?」
「華宮さんに聞いた。どうやら生粋の鳳桜学院の生徒しか知らせないみたい」
生粋って、何よ。
まだそこで分ける?
そしてIDが送られてきた。
それを使って入る。
一番最初にあるツリーに目が止まった。
【松園朝陽さまの婚約者の薔薇苑桐子は、BL同人誌を書く変態女】
そこには、私が書いた同人誌がアップされていた。
「なにこれー!」
私はスマホの画面をみて叫ぶ。
ふるえる指で、画面をスクロールしていく。
これは某アニメのBL……、これは某ゲームの創作……、これはオリジナルの百合……、遡ると、どんどん私が書いた同人誌が出てきた。
それぞれに多数のコメントがついている。
まあ基本的に「気持ちが悪い」、もしくは「こんな人が相手で朝陽さまが可哀想」。
琴美に電話を繋いで叫ぶ。
「犯人……見つけてやる……!」
「中一の時に書いた【鏡の国のBL王子】も載ってる。絵が、絵が、ヘタすぎるーー! あはははは!」
クールな琴美が爆笑している。
スマホからパソコンに切り替えて、詳しく見る。
かなりの量の同人誌がアップされている。
「……これ、どこまで載ってるの?」
「どうかな。あ、二年生の時に夏コミに出したやつがあるよ。【ラブで完走・激走ペタル】これ、自転車なの? 超曲がってるけど。書けないのに何で書くの?」
「もうヘタなのは、分かってるから!」
私はどんどん画面をスクロールしながら考える。
これって……。
「ねえ、去年私と琴美が一緒に冬コミに出した本は、無いよね」
「最新刊だから?」
「いや、よく見て」
私はアップされていた画像をダウンロードして、隅を拡大表示する。
そこに見えた文字は……
「泉漫研の判子が見える」
私は言った。
「え? 中学校にあるやつが流失したってこと?」
琴美が言う。
私たちが居た泉中学校の漫研部は、夏コミ、冬コミで同人誌を作っていて、そのお金を部費に回していた。
部活の正式な活動として、売る本全てに小さく判子を押している。
それがこの【泉漫研】の判子だ。
「殆どが売り切ってるけど、一冊は保管してるはずだから、それかな」
私はエクセルを立ち上げて、中学校三年間の販売数を見る。
刷った数と売った数。
やはり殆どを完売している。
偉そうに言うけど、20冊くらいしか刷ってないからだけど。
「時は満ちた……増田先生に貰った電話番号を使う時がきたな、琴美よ!」
私はククク……と笑いながら言う。
「ちょっと……! だからさあ、家電しか知らないんだって」
「ククク……最近は私で楽しんでいるようだけど、形勢逆転、さあ、電話するのだ!」
私はノリノリで叫ぶ。
朝陽さま関連でオモチャにされてきたのだ、これくらい許されるだろう。
「えー……、迷惑じゃないかな」
琴美がポツリと言う。
「正当なる理由だね。個人情報流出事件だから! 大変!」
「そう、かなあ……」
「そうだそうだ!」
「迷惑な時間じゃないかな」
「今? 午後9時でしょ? 丁度先生も帰ってる時じゃないかな?! 今がチャンスじゃないかな!」
ああ、人が緊張してる時の外野は、最高に楽しい。
「じゃあ、聞いてみる」
「ラインのIDも聞くんだよ!」
「無理」
スマホの通話が切れた。
うふふふふ……、私はスマホを見やすいように紅茶のカップにもたれ掛からせて立たせる。
そしてソファーにゴロゴロと転がって、歌舞伎上げを食べた。
ワクワクして、スマホの画面から目が離せない。
スマホの画面が光る。
着信! と手に取ったら、朝陽さまだった。
なんだよ……。
私はブツリと着信を切る。
今私は琴美からの電話を待っているのだ。
すると再び朝陽さまから着信。
なんだよもう!!
「はい」
私は間違いなく不機嫌な声で、仕方なく電話に出る。
「なんで切るんだ。一回で出ろ」
「はーい、で、用事は何ですか? 私、今、電話待ちなんですけど」
「鳳桜学院の裏サイトを見たことがあるか」
「あ、それ知ってます、ありがとうございました、失礼します」
私はブツリと電話を切った。
電話を切ると、今度はラインが入り始めた。
内容は【せっかく教えてやろうと思ったのに、何なんだ!】だけど、既読スルー。
契約婚約の時間は、朝8時から夕方6時までって書いたほうが良かったかな。
ゲンドウポーズで琴美からの電話を待つ。
着信! 私は速攻で出る。
「どうだった?」
「……緊張した」
「キャーーー、電話繋がったの!」
「うん、すごい、久しぶりに声聞いた」
「キャーーー!!」
私たちはキャーキャー叫びながら話した。
やっぱり恋はこうじゃないと。
「電話番号変わった? って言われて……」
「え? それって、一度は電話したってことだよね?」
「そう、みたい」
「何の用事で?」
「分からない……」
「聞けやーーーー!」
私は思わず腹の底から叫ぶ。
「いや、だって、無理でしょ」
「それを言われた瞬間しか聞けないって、分かるでしょう? 琴美先生なら!」
「聞けないよ……」
「私には名探偵コナンになれとか、大学に忍び込めとか、好き放題言うのに!」
「人ごとだから」
「よし、人ごとだから、今回は私が言おう。中学校に行こう。現物確認しないと」
「あ、報告忘れてた。桐子の読みは当ってた。漫研にあった同人誌、貸したって。一年生の浜崎こころさんって子に」
「浜崎こころ……ね、その子がアップしたとは思えないから、誰かに渡した可能性があるよね」
鳳桜学院のサイトに入るためにはIDが必要だ。
それを借りてアップしたか、本を貸したか、どちらか。
「それに、本当に同人誌を買った人がアップした可能性もある」
冷静になってきた琴美が言う。
「そうなのよねー……、それもある」
同人誌はこの世界に各20冊程度は存在しているわけで、それを元々持っていた人がアップした可能性だってあるのだ。
「鳳桜学院に泉中学の同人誌を買う人が、居るかな?」
それもフルコンプリート状態で。
「確率はゼロじゃないけど、限り無く低い?」
「オークション関係も見てみる」
私は同人誌オークションのまとめサイトを立ち上げて、泉中学校の本が出ていないか検索する。
結果はゼロだ。
「うーん……とりあえず、浜崎こころさんについて、先生に聞きに行こうか」
私は言う。
「え……本当に行くの?」
琴美の声が少し小さくなる。
「事件は会議室で起きてるんじゃない、泉中学校で起きているんだ!」
「いや、ネットでしょ」
「……ちょっと冷静になってきた?」
冷静に突っ込んだ琴美に、少し笑う。
「……先生、ちょっと声がおかしかった。風邪ひいてるんだって」
「マヌカハニーを持っていこう。100g5,000円のやつだ、金ならあるぞ」
風邪によく効く蜂蜜で、私も琴美も愛用している。
「……押しつけがましくない?」
「ないない!」
「蜂蜜嫌いかも……」
「増田先生、ぽーさんみたいに太ってるから、きっと好きだよ!」
「太ってないもん!」
私たちはお土産を何にするかで30分盛り上がった。
ああ、恋バナ楽しい!




