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人生のフィンガーボールに指を入れて

 私は中三になり、進路希望を出す時期になっていて、琴美と近所の工業高校のデザイン科を希望していた。


「なんで鳳桜なのよ、私は西工業のデザイン科に行きたいんだけど」

「あそこは我が家の品格に合わない」

「なにが品格じゃーー!」

 私が勢いよく立ち上がると、天井からぶら下がったシャンデリアに頭をぶつけた。

「痛っ!」

「桐子、騒がないの」

「部屋の天井が高さがニメートル半なのに、長さ一メートルのシャンデリア垂らすほうが間違ってる!」


 私の叫びは、岡本太郎が寝ぼけて書いたような柄のワンピースを着たお母さんに届かない。

 お金持ちになった途端、お母さんは部屋の家具を丸ごと変えた。

 天井からぶら下がるシャンデリア。やたら長いテーブルはピカピカに磨かれている。

 金箔をほどこし深紅のベルベットを張った椅子に、ガラスのフィンガーボールには薔薇のつぼみ。

 それが六畳の台所に詰め込まれている。


「狭っ! ていうか、テーブル長すぎて窓が開け閉め出来ないじゃん。フィンガーボールってポテチ食べた指でも洗うの?!」

「もう少しの辛抱よ。来週にはお引っ越しだから」

「それが受け入れられないのよ……本気なの……?」


 私は椅子に座った。無駄に金箔。無駄にベルベット。座り心地は微妙……。

 去年の夏から始めた販売は急速に伸びて、今年の春にはもう一つ工場を作った。

 そして私たちは引っ越すことが決まった。

 会社の社長になったのに、従業員より小さな団地に住んでるわけには、いかないらしい。

 なんなの……なんなのよ……私はカクリとうなだれた。


「大丈夫、鳳桜学院は琴美ちゃんも一緒だ」

「ふぁっ?!」

 私はもたれていた首を一気に戻した。

「琴美ちゃんのお父さんも、うちの会社で働くことになったの。気心が知れてるから助かるわねえ、お父さん」

「社宅に入ってもらう代わりに、琴美ちゃんも一緒に鳳桜学院に行って貰うことしたよ。学費はうちが出すから」

「なんじゃそら……」


 私は机に倒れ込む。

 目の前にはフィンガーボールに入った薔薇のつぼみが見える。

 水に沈んだ薔薇のつぼみは、ここから咲くの? ここで一生を終えるの?

 私がいるのは現実なの? 妄想の世界なの? もうそれさえ分からない。






「私はなんでもいいわ。お父さん給料が上がって、漫画家の夢も応援してくれるみたいだし」

「ベンチャーなアイス会社に乗っかって大丈夫なの? 人生溶けちゃうかもよ?!」

「大丈夫でしょ」


 琴美は淡々と言う。

 私はベッドに転がった。明日の引っ越しだけど、全部業者が運んでくれるらしく、荷物はそのままだ。


「ラッキーじゃない? 家がお金持ちになったんだから、自由に生きられるわよ」

「創作てのは、もっと苦しみの先に生まれる物じゃないかな……芥川先生の人生を見習おうよ」

「精神的破産でもする気?」

 琴美はどこまでも冷静に手元でクルリと鉛筆を回した。

「貪欲さが消えるじゃない?! 売れたいって思わないと!」

「生の朝陽さまにも会えるわよ」

「それな」


 私はムクリと起き上がって、膝をポンを叩いた。

 ネットの情報によると朝陽さまも鳳桜学院高等部に入学されるらしい。というか、朝陽さまは鳳桜学院の初等部からエスカレーターらしいけどね、さすが御曹司!


「ひとりここに残って西工業行こうと思ったけど、琴美が居るなら頑張るよ」

「私も桐子が行くなら、良いわ」


 うわーんと叫んで、私は飛びついた。

 琴美と私は小学校の時からの幼馴染みだ。

 私は小児喘息になって、小学校の低学年はよく学校を休んだ。

 友達も出来なくて漫画ばかり読んでいた私に、琴美だけは優しかった。


「桐子は相変らず、漢方薬の匂いがするね」


 琴美は小さく笑った。

 私の小児喘息はお父さんが探してくれた漢方薬のおかげでとても良くなった。

 だから私は今もその漢方薬を飲んでいて、体臭もそれになっている、らしい。


「変わらないね」

「本当だね」

 私たちは呟く。

 やっぱり琴美だけには、本当のことを言おう。


「あのね……全く信じられないと思うけど……」

 私は妄想実現サイトにかき込んだ話を琴美にした。

 パソコンを立ち上げてシナリオを見せる。

「本当なの?」

 琴美は両肩を上げて信じられないというアクションをした。

「どこが? 私がかき込んだ事が? これが本当になったことが? 何がどうして何が聞きたいの?」

 私は開き直って偉そうにバタンと布団に転がった。

「どうやら、ここまでは妄想が実現してるわね。かなり無茶な事を書いてるけど」

「でしょ? アホみたいでしょ? ラーメン専用のアイスが売れるって、ありえなくない?」

「あれ美味しいじゃない」

「デブになると坂を転がり落ちるよ」

「私はここ数年一キロも太ってないわよ、最近顔が丸くなってきた桐子さん?」

「試食……お父さんが私に試食させるのよおおお……寝枕にアイス、覚めてもアイス……」

 考えたのは桐子だから、食べて感想を聞かせなさい! とお父さんは毎日私にラーメンアイスを食べさせる。

 業績も体重も右肩上がり。ラーメンもアイスも大好物だけど、毎日食べたくない。

「トマト……トマトのが良かった」

「今度トマトアイスもラーメン用に考えるって」

「トマトはトマトのままででしょ?!」


 間抜けな鐘の音が鳴り響く。もう夕方の五時だ。

 私はこの町で生まれて育った。

 都内から中央特快で三十分、そこからモノレールで数駅。東京都だけど、全然東京じゃない平和な場所で、少し歩けば山も川もあって、私はここが大好きだった。


「引っ越ししたくない」

「もう仕方ないわ、楽しみましょう」

「本当になるのかなあーー、この妄想」

 私はモニターにうつるシナリオをチラリと見た。

「良いじゃない。朝陽さまとキス」

「痩せなきゃ!」

 私はとりあえず飛び起きた。

「朝陽さまと委員会」

「腹筋!」

 むくりと腹筋……まったく出来ずにベッドに転がる。

「朝陽さまと図書館」

「赤毛のアンをよこせ!」

「朝陽さまとデート」

「イブニングドレスを持てぃ!」

 私たちは部屋で妄想をしながら遊んだ。

 何があっても、琴美が一緒ならとりあえず良いかと思い始めた。



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