婚約発表と同時に始まる二学期は、ホテルから
「契約婚約って、ほんやくコンニャクに響きが似てるわね」
「ウェルカム・ド・こんにゃく 田楽タイプ!」
「田楽良いわね。今日の晩ご飯に出そうかしら」
「……楽しんでないですか、琴美さん」
「楽しくてたまらないわ。そういう意味じゃ、私も朝陽さまと同じね」
琴美は電車の中で薄い笑顔で微笑んだ。
夏休みも終わろうとする八月末日。
ついに婚約披露パーティーが行われた。
こじんまりとお願いしたいと言うと「なんと控えめな方!」と感動され、ドレスは何度着替えるかと聞かれたので、着替えなくて良いと答えたら「こんな方は初めてです」と絶叫された。
適当に済ませようとしていた私にお父さんが叫んだ。
「演出だ、桐子、お前は一年間だけ亜弓さまになるんだ!」
「お母様あああああ」
私の中のガラスの仮面魂に火がついた。
嘘です。
とりあえず、決めたらやるのが、私のモットー。
全てを松園家に任せて、私はただモード亜弓さま。
準備期間の二ヶ月、私は凛子さまに薦められたマナー教室にも通った。
英語圏のお客様も多いと聞き、ガラスの仮面の英語版を輸入した。
あれ? おかしい? 私はガラスの仮面のアニメを何度も見ているので、英語版を見たら、殆どのセリフが理解できた。
英語なのに頭にスラスラ入ってくるぅ! これからはこの方法で英語を学ぼうと思う。
パーティーは臨海副都心にある完全会員制のホテルで行われた。
一番安心だとされる地下に巨大なホールがあり、そこに数百人の関係者が招待され、私はひたすら微笑んだ。
マナー教室に真面目に通ったかいもあり、なんとかボロを出さずにやりきった。
「今夜は最上階のロイヤルスイートにお泊まりください」
と朝陽さまと一緒に通されたが、即着替えて、帰ってきた。
薔薇苑アイスは日本を越えて、世界中で取り扱いが始まり、株価は恐ろしい勢いで上がっている。
自宅のセキュリティーも数段上がり、お父さんは連日仕事で家にも帰らない。
たった数ヶ月で、我が家は成金から、本物のお金持ちになろうとしていた。
そして今日から二学期の始まる。
「はあ……ついに学校が始まる」
学校までは電車で行きたいと言ったら、ついにSPがついた。
隣の車両から私のことを静かに見ている。
名前を聞いても教えてくれないので勝手にスティーブンと名付けた。顔に傷があるからだ。血界戦線!!
婚約者が暗殺されるのは、婚約してから一ヶ月以内が一番多いのだと、FBIの書いた本をお父さんが持ってきた。
縁起が悪いのは気にしないのだろうか。
SPは駅の改札までだ。IDがないと入れない。それさえ許さない高いセキュリティーが鳳桜学院にはある。
その学院内に嫉妬の炎でファイヤーダンスしながら襲いかかってくる令嬢が沢山いるんだけど……。
もうこうなったら仕方ない。
私も護身術を習い始めた。
これが良いダイエットになる!
ひたすらランニングマシーンで走るより楽しくて、地下にあるトレーニングルームで、スティーブンさんと練習している。
「お嬢様に教えるのは、初めてです」
とスティーブンは静かに言ったけど、自分の身は自分で守らないと!
「夏休みは、朝陽さまに会わなかったの?」
「契約は九月一日、つまり今日からよ」
私はスマホから契約書を出した。
お父さんが仕事で使っている契約書を改編させて、本気で作った。
契約期間から、終了時のことまで、薔薇苑家の弁護士さんにも相談した。
弁護士さんは「こういったものを作るのは初めてですが……これで大丈夫だと思います」と太鼓判を押してくれた。
朝陽さまのOKも貰っている。
あの人は楽しければ、何でも良いんでしょう?
でも私も決めたのだ。
一年やりきる、と。
「はあ……何が起こってもおかしくないよ。教室に入ったら机が炎上してる可能性もある」
「でも桐子。ほんの数年前は、朝陽さまが好みだって、大騒ぎだったじゃない」
「黒歴史の話は、せめて夜にしてくれる?」
「顔は好みなんでしょ」
私はウク……と黙る。
そりゃあれほど格好良くて、スタイルも好みで、飴色の髪の毛も……全部好みでストライクだけど。
「中身がアレだとは、知らなかったのよ」
「アイドルは格好良く生まれた時点で100点だから、内容に興味ないって言って無かった?」
「朝陽さまは、アイドルじゃなくて、現実だから」
「顔が猛烈不細工で、心がアイドルな人と、どっちが良いのよ」
「貴様……アイドルオタクが1000年以上戦っているアイドルに中身は必要か戦争を、ここで仕掛けるか……?」
「1000年前のアイドル……光源氏とか?」
「凛子さまが藤壺か……て、もうやめて、この話」
「六条御息所が美玲さまだ」
「じゃあ私は葵の上になれるように頑張るわって、六条御息所に呪い殺されるじゃない」
「やりそう!」
「紫の着物着て、竜巻おこしそうだよね」
私たちが下らない話をしていると、ラインの通知がポンと入った。
朝陽さまだ。
【一緒に登校しよう? 鳳桜学院上のホテルに来て】
「……初日からこれなの?」
私は腹のそこからため息を出した。
「鉄のパンツを買いに行きましょうか」
「V8! V8!」
琴美のギャグにポーズで答えたが、ため息しか出ない。
鳳桜学院の駅についた。スティーブンさんとはここでお別れだ。
改札を出るためのパスがない。
私は小さく会釈して、改札から学院内に入った。
「はーー……、行ってくるわ」
「いってらっしゃい、亜弓さま」
「頑張るわお母様、後で教室で!」
私は無理矢理テンションを上げた。




