松園朝陽の真実の顔と、私の未来
朝陽さまの宣言に、くっ……と、ご両親の表情がゆがむ。
美玲さまの表情は凍ったように変わらない。
「説明しろ」
浩三さまが言う。
「事の発端は、鳳桜学院で薔薇苑さんが運動会で使用するスパイクが消えたことです。それは間違いないね」
朝陽さまが私を見る。
あの冷たすぎるビー玉のような表情で。
「はい」
私は静かに頷く。
「その後、僕の元に同じクラスだった海田さんが来ました。私が盗みましたと告白。先日自主退学されました」
家庭の事情で転校は嘘で、自主退学だったのか。
「準備室の監視カメラを確認した所、たしかに海田さんが映っていました。しかし問題があります。スパイクがあった場所は入り口にセキュリティーがあります。海田さんはパスを持っていない。こちらでも調べた所、入室時に松園朝陽、僕のカードが使われていました。僕はその時、応援合戦の最中でした。そうすよね?」
「はい」
もう私は静かに頷くマシーンとして稼働し始めた。
「調べたら鳳桜学院上のホテルに置いたままのスペアカードが消えていました。あのホテルに入れるのは、僕と婚約者だった柏木美玲さんだけだ。そうですよね、美玲さん」
美玲さまは、静かに頷く。
「前から何度かおかしなことはありました。僕が使っていない場所で、僕のカードが使われることが」
……? 前から?
「盗みましたか? そしてそれを使って海田さんに窃盗をさせましたか?」
朝陽さまは静かに言う。
部屋は完全に静まりかえっていて、静かに水が流れる音だけが響く。
「海田さんからも話を聞いています。全て私の責任だと言っていますが、入り口のパスの説明は出来ないようようですが」
全員が美玲さまの方を見ている。
美玲さまの肩が小さく震えている。
そして口を開いた。
「…………私の指示です」
美玲さまは静かに空気を吐き出すように言った。
言い切ると、うっ……と表情を歪めて俯いた。
「窃盗に、名誉毀損。他にも余罪がありそうです。警察には相談済みです。以上が柏木美玲さんと婚約を破棄する理由です」
朝陽さまは突き放すように言う。
「本当なんだな。柏木さん残念だ、婚約は破棄する。今すぐ出て行ってくれ」
浩三さまが冷静に言い切る。
「ううっ……」
美玲さまが泣き崩れる。
「本当に申し訳ありませんでした」
美玲さまのご両親が土下座するが、誰も見向きもしない。
私もザマーミロ! と思う気持ちと、こんな風に断罪されるなんてキツいなあ……という気持ちがせめぎ合い、静かに目を閉じた。
悪いことなんてするもんじゃない。
柏木一家が退出して、ふすまが閉められた。
静かに美玲さま泣き声が遠ざかる。
朝陽さまが封筒から写真を机の上に広げる。
「そしてこれが薔薇苑さんが見つけた物証です」
それは私が見つけたスパイクの写真だった。
本当に指紋を採ったようで、スパイクは白くなっていた。
恐るべし、松園家。
「桐子ちゃん、すごーーい! 刑事みたい!」
凛子さまは目をきらきらさせて言う。
「いえ、偶然です」
コナンになりきりましたとは、この場では言えない。
それにセキュリティールームで飛ばしたハッタリも全部バレているのは……?
正直びくびくし始めた。
「準備室の監視カメラに写っていたのは、海田だった。だから、この物証がないと、我が家としてもIDの開示まで踏み込めなかったよ、柏木一家は大事な取引先だし」
朝陽さまはニコニコと微笑んで言う。
「そんなことしてたのか、桐子」
お父さんが驚く。
あはは……娘はそのIDを後ろから盗み見てました。
言えない……。
「実に優秀なお嬢様だ。薔薇苑さんとは、ぜひこれからも我が家と深いお付き合いをお願いしたい」
浩三さまが、あはは! と豪快に笑う。
へ?
「それは……」
お父さんが私の隣で、生唾を飲む。
「キンユーに入れる薔薇苑さんの商品の扱い数を増やしましょう」
「ありがとうございます!」
お父さんが頭を下げる。
「ではこちらへどうぞ」
お父さんと浩三さまは更に奥の部屋に消えた。
「……ちょっと良いかな?」
朝陽さまが私を呼んだ。
私は静かに頷いて、立ち上がった。
私も疑問に思うことがある。
薔薇苑刑事、起動します。
水が流れる音しか聞こえない廊下を歩き、こじんまりとした部屋に通された。
大きな窓があり、空には半月。
薄く伸びた雲が、白く光っている。
坂から景色が見渡せて、美しい。
「どうぞ」
椅子を勧められて、景色がみえる木の椅子に座る。
朝陽さまも、横に椅子に座った。
月明かりと、間接照明だけが、部屋を包んでいる。
「元とはいえ、僕の婚約者が悪いことをした」
朝陽さまが頭を下げた。
ふわりと飴色の髪の毛が揺れる。
「いえ、大丈夫です」
私は首を振った。
すると挿していた薔薇の生花が落ちた。
月の光で、薔薇の影が伸びる。
それを朝陽さまが拾い、私に手渡した。
朝陽さまの笑顔は月夜に照らされて、正しく美しい。
……でも、この表情は、嘘だと私にはもう分かる。
私は薔薇を握りしめた。
「一つ、疑問があります」
小さく薔薇の香りを吸い込む。
「何かな」
朝陽さまは微笑んだ。
教室と同じニコニコとした表情で。
「さっき【前から何度もカードが勝手に使われていた】といいましたよね」
「ああ」
「どうしてそれが分かっていて、犯人を調べなかったんですか?」
「柏木一家は大事な取引先だ。物証もなく調べることなんて出来ないよ」
「要するに、物証を待っていた、ということですよね。すべて知っていて、物証を待っていた、美玲さまを泳がせていた」
「……だから?」
朝陽さまの顔からニコニコとした笑顔が、スッと消えた。
残されたのは、ビー玉のように冷たい表情。
私は怯まず続ける。
「自分の手を汚さずに、物証を運ぶ人間を待っていたということですよね」
「薔薇苑さんは、本当に刑事になれるよ」
「どれくらい前から美玲さまがカードを盗んだことに気が付いていたのですか」
「一年以上前かな。好き勝手してるのは、ずっと知っていたよ」
「泳がせて、待っていた。この時を、いや、私のような無茶な存在を」
「……だから?」
もう朝陽さまは笑ってもいない。
氷のように冷たい表情で私を見下ろす。
「自分の手を汚さない婚約破棄できるタイミングを、待っていた」
私は言い切る。
「……だから?」
「もっと言いましょうか。妄想ノートを取りに行った時、私が来ると知っていて、先に美玲さまを呼び出した」
「なんで?」
「逆説で考えると分かります。自分の手を汚さない婚約破棄をするなら、相手を逆上させるしかない」
「へえ。面白い設定だね」
「朝陽さまは【私が朝陽さまにキスをした】と、嘘を伝えましたね。だから美玲さまはムキになって朝陽さまにキスした」
そして「朝陽に手を出すな」と美玲さまは言ったのだ。
何かおかしいとずっと思っていた。
婚約者にキスする女が居たら、物理的に消去もしたくなる。
だって私は朝陽さまに何の手も出していない。
出したのは、朝陽さま。
考えれば分かる。
美玲さまは朝陽さまに【逆上するように】仕向けられていただけだ。
密告者は海田さんじゃない。
朝陽さま本人だ。
同じクラスの薔薇苑って女が、俺につきまとって困る……くらいの事は言っているかも知れない。
「有ること無いこと美玲さまに言ったんじゃないですか? そして私をターゲットにさせた」
私は朝陽さまを睨む。
「ターゲットにされたのは、誰かな?」
朝陽さまはスマホを取り出して、ニヤリと笑った。
そして画面を読み上げ始めた。
「アイスがバカ売れして、私は鳳桜学院に入学……初めての出会いで運命を感じて突然のキス! 朝陽さまが委員長で、私が副委員長……私は彼を支え続けるわ……」
え……?
私は開いた口が塞がらない。
「もっと読もうか? テストだって手を抜かない、私は朝陽さまが一位なら私は二位ね! そして訪れる運命の時……サマーバケーション・パーティーで私は彼に告白されるの。そこで彼にまとわりついていた性格最悪な婚約者は婚約解消! 私と彼は永遠の愛を誓うの……」
「ちょっとまって、ちょっとまって、ちょっとまーーーーて!!」
私は立ち上がって叫ぶ。
ちょっとまって、ちょっとまって。
まさか……。
「妄想サイトに私が書いたネタを……朝陽さまが読んでいた?」
「どうだった? 運命のキス。本当は唇にしようと思ったんだけど、初日にキスはさすがに無理だ」
朝陽さまがニヤリと笑う。
「ちょっとまって。最初から説明して!!」
私は叫ぶ。
「簡単さ。俺がこのサイトを見つけて読んでたら、薔薇苑さんの書き込みを見つけた。俺の名前がフルネームで入ってるんだ。笑いながら読んだよ」
「ああ……」
私はフラフラと椅子に座る。
「どうやら庶民のようだし、鳳桜学院に来るわけが無いと思っていたら、本当に居たから驚いたよ」
「……?! まさか宝くじのお金、私の口座に送りつけたのも朝陽さまですか?!」
「まさか。俺が松園一族でも、五億の金を自由には出来ないよ」
「じゃああれは本当に」
「何か力が働いたんだろうね。だからあのサイトの可能性にかけてみようと思った」
妄想サイトの力は、本当なの……?
「性格最悪な婚約者は正解だし、婚約破棄は俺の願いでもあった。だから副委員長に指名して、キスしただけだ。そしたら全てが上手く転がった。あのバカ女の本性がハッキリ示せて助かったよ」
朝陽さまは吐き捨てるように言う。
「まさかあれを読んでいたなんて……ていうか、あのサイト消えてますよね?」
「ログを取って置いた。サイト事態は消えてるね」
「あれを……あれを読んで……なるほど……ほほう……」
頭がクラクラしてきた。
あはは、と朝陽さまが声をだして笑う。
「ここ数日は本当に面白かったよ。慌てる薔薇苑さんと、落ちていく美玲。アリのように働く海田に、二人の攻防。もっと見ていたかったのに、退学するなんて、面白くない。美玲もバカだよなあ、俺のパス使うなんて。まあ今まで一度もバレて無かったから、大丈夫だと思ったんだろ? 顔見た? あの婚約破棄されたとき汚い泣き顔。面白くて仕方ない。隠しカメラ置いたんだ、あとで見る? きっと面白いよ」
私の中で何かがパチンと弾ける。
面白かった? 面白くない? 面白くて仕方ない?
私はガタンと立ち上がる。
「私や海田さん、美玲さまが右往左往してるのを見て、ずっと楽しんでいた、ということですね」
「勝手にしてたのを、見ていただけだ」
「さいてーーーーーーーーーーーーーですね」
私は腹の底から声を出して叫ぶ。
「なんで? 薔薇苑だって同じだろ?」
「は? 私のどこが?」
「婚約破棄して、私に告白してほしい?」
「それは妄想ですから」
「俺はそれに乗っただけだ。俺にキスして欲しいんだろう? 今から本番、しようか?」
朝陽さまは、私の方に一歩近づいて、腕を掴んだ。
「触るな」
私はその手を払いのけた。
朝陽さまはにっこり微笑んで言った。
「薔薇苑桐子。君を松園朝陽の婚約者に指名する」
「……はいはい、妄想サイトの話ですね。もう良いですよ、面白いですね」
私はふすまに手をかけた。
「俺は本気だ」
朝陽さまが後ろで言う。
私は振向く。
「お断りします」
この男と婚約するなんてあり得ない。
「俺と婚約することが、どれほどの経済効果を生むか、知ってるか? 薔薇園アイスが世界中で売れるぞ」
「全く興味ありません」
「お前に興味が無くても、薔薇苑アイスは興味を持つはずだ」
朝陽さまはスマホを取り出して、電話をかけ始めた。
「親父。俺だけど。薔薇苑さんを気に入ったんだ。婚約したいと思うんだけど」
「軽っっ!!!!」
私は全力で叫んだ。
「じゃあ、そういうことで」
朝陽さま改め、朝陽がニヤリと微笑んだ。
「よろしく、桐子」
朝陽は私の手にキスをした。
私はその手を払う。
神様仏様、もし居るなら、私を妄想サイトにかき込む前に数秒だけ連れていってください。
殴りたい、私は私を全力で殴り飛ばしたい。




