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触れているのに、触れていない。好きでも、もう届かない。

 別邸は徒歩数分で着いた。

 本邸と違い、見事な洋館。

 高さ数メートルはある玄関が自動で開いて中に入ると、まっ赤なでふかふかした絨毯と、繊細なクリスタルなシャンデリアが弱い光を照らす。

「こちらへどうぞ」

 凛子さまに促されて、広間に入る。メイドさんが来るが

「大丈夫だから、二人にさせて? あとでお茶をお願いします」

「わかりました」

 メイドさんは丁寧にお辞儀して部屋の前で私たちを見送った。

 凛子さまはドアを締めた。

 天井が高くて広い洋間に、私と凛子さまだけだ。

 いよいよ何だ……、全く心当りがない。

 促されて椅子に座った。凛子さまも椅子にすわり、微笑んだ。

 目の前で見ると本当に美しい方で、私のようにニセ素肌メイクもしてないように見えるけど、してるのかな……?

 私と凛子さまは、たっぷり数分間見つめ合っていた。

 私から話そうとしたのだが、凛子さまから話したいようで、口を開いて、閉じて……を繰り返している。

 とりあえず待つことにした。

「……突然お連れして、申し訳ありません」

 凛子さまが意を決したように話はじめた。

「いえ、大丈夫です」

「あの…………、私、薔薇苑さんとお話が、したくて」

「はい」

 なんだろう、皆目見当が付かない。

「あの」

「はい」

「カノジョは嘘を愛しすぎてる、面白かったです」

 凛子さまは勇気をだして言い切ったように見えた。

「あ………………ああ、なるほど」

 私は拍子抜けた。

 そして大きく何度も頷く。

 朝陽さまが言っていた入院されてた方って、凛子さま……。

「マッシュの歌声に惹かれて、世界が変わっていく所が面白くて。ライブシーンも感動しました。活動停止って、どうなるんでしょうか」

「うくっ」

 私は思わず笑いを飲み込む。

 それって先日出たばかりの最新刊の話だよね。

「誰の恋を応援したら良いのか悩みますが……私は心也派です」

 凛子さまが真顔で言う。

「そうですか、私は祐一派ですね」

 仕方ないので、参戦する。

「幼馴染みの!」

「弱いんですー」

 私たちは漫画の話で盛り上がった。

 ああ、安心した、これなら得意分野だー。

 やがてメイドさんが入ってきて、紅茶とお菓子の準備を始めた。

 私たちはそれを飲みながら更に話した。

 サクサクのクッキーと、今まで飲んだことがないような深い味のアールグレー。

 話している内容は、少女漫画という状況は、結構楽しい。


 コンコンとドアがノックされて声がした。

「凛子さん、兄さんが探してますよ」

「朝陽!」

 凛子さまが立ち上がって、ドアを開けた。

 そこには燕尾服を着た朝陽さまが立っていた。

 飴色の髪の毛はいつより立体的に仕上げられていて、軽くパーマが当てられているようにさえ見える。

「薔薇苑さんを呼んでくれたのは朝陽ね」

 凛子さまは朝陽さまに駆け寄る。

「御木元に聞きました」

「ありがとう、朝陽」

「いえ」

 朝陽さまが微笑む。

 その笑顔の丸さに、私は心底驚く。

 全然顔が違うのだ。いつも朝陽さまの笑顔じゃない。

 きっとビー玉のように冷たい目も知っているから、尚更そう思うのだ。

 柔らかな春の陽に、丸まって眠る子猫を優しく見つめるような表情。

 見ているだけで、子猫に触れることもしない。そんな表情。

 朝陽さまに促されて、凛子さまが座り、私を見た。

「私、体が弱くて。こうして大事なパーティーに出るために、病院でずっと休んでいるようなものです」

 それは何とも大変な……。

「時間が沢山ありまして、漫画や小説を読んでいるのですが、お話相手が居なくて」

 それなら朝陽さま、やる気あるみたいですよ? とチラリと見たが、優しい瞳で凛子さまを見つめるだけで、私を全く見ない。アウトオブ圏外!

「だから嬉しくて……。朝陽には無理を言いました」

 なるほど。漫画を紹介してほしいというより、漫画を語り合う仲間が欲しいのか。

 その気持ち、本当によく分かる。

 漫画も映画も、創作物は語り合う仲間がいて完成するものだ。

 琴美が居なかったら私の人生はもっと孤独だったはず。

「いつでも呼んでください。次はどんな漫画にしましょうか。NANAがお好きなら、中二の源流、岡崎京子先生は読んだことがありますか」

「知らないです!」

「古典ですが、今読んでも素晴らしいんです」

「読みます!」

 さっきまで白肌だなーと思っていたのは、顔色が悪かったからだ。

 まっ赤な口紅には意味がある。きっと唇も白いのだろう。

 指先の冷たさも、血流の問題だろうか。触れた指先は、細くて今にも折れそうだった。

 全体的に血流の悪さを感じる表情だったが、漫画の話を始めてから一気に明るくなった。


 朝陽さまも、この顔が見たくて漫画を運んでいるのだろう。

 ん……? この顔が見たくて。

 ああ、間違いないなあ、と思う。


 朝陽さまは凛子さまを好きなのだ。


「朝陽、スマホ持ってますか?」

「ありますよ」

「お名前、もう一度教えて頂いてよろしいですか」

 凛子さまが目をキラキラさせて、私に聞く。

「岡崎京子先生です」

「違います! 薔薇苑さんのお名前」

 凛子さまは朝陽さまのスマホを握ったまま、美しく微笑んだ。

 ええ……、私の番号を朝陽さまのスマホから転送するの……? と思ったけど、断れる空気ではない。

「薔薇苑桐子です。ラインのIDを送りますね。いつでも連絡してください」

「ラインはしたことがないのですが……朝陽、使い方を教えてくれますか」

「僕が何度言っても使わなかったのに。凛子さんのスマホには大昔からラインが入ってますよ」

「まあ、朝陽ったら、私の電話にいつの間にそんなことを」

 朝陽さまがスマホの画面を触っているのを、凛子さまが横からみて笑っている。

 微笑ましくて叫びだしたいけど、凛子さまは漣さま……お兄様の奥さんなんだよね。

 あー……、これ以上立ち入り禁止だな、と私は心に札を立てた。

 何もしらないふりしてクラスメイトしているほうが平和だと神様が叫んでいる。

 人生には立ち入り禁止地帯があるって、ビートたけしが昔言ってた。

 その通り! 私は二人をニコニコと見守った。

 私のことはお忘れください、薔薇の形の置物です。

「凛子、林原さんが見えてる」

 ドアが開くと漣さまが立っていた。

「ごめんなさい、今行きます」

 凛子さまが立ち上がると、急に立ち上がったからなのか、立ちくらみで、一瞬フラリとする。

 それを朝陽さまが支える。

「……ごめんなさい」

「大丈夫?」

 その表情が、その腕の形が、全てを使って凛子さまを心配している。

「休憩するか?」

 部屋に入ってきた漣さまが、支える役割を変わる。

 朝陽さまが一歩引く。

 目に宿る光が一気に変わったことに気が付くが、私は目を反らす。

「大丈夫です、漣。私、すごく元気になりました。友達が出来たのです。ね、薔薇苑さん」

 漣さまに支えられて、凛子さまが私のほうを向く。

「リバースエッジです。最初に読むなら」

 私は微笑んだ。

「読んだら感想送りますね、えっと、ラインで!」

「お待ちしてます」

 私は頭を下げて、部屋から出て行く二人を見守った。 

 凛子さまの長い髪の毛が揺れて、部屋のドアが閉ざされた。

 あまい凛子さまの香りだけを残して。



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