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背中の向こうに見えてくる世界は、儚く、そこに

「じゃあ桐子、行こうか」

 お父さんもバッチリ燕尾服だ。胸元には薔薇色のチーフ。

「はい」

 私は頭にささった薔薇が気になって、背もたれにもたれる事も出来ないまま時間を過ごした。

 松園家からきた迎えの車に乗り込む。

 車は静かに走り出した。

 ここから松園家本邸まで、車で一時間。

 パーティーが始まる三時には余裕で間に合う。

 私は緊張で石のようだが、お父さんは慣れているようで、車の中でスマホを取り出して仕事を始めた。

「……お父さん、すごいね」

「最近は毎週パーティーだからね、慣れてきたよ」

 その横顔が、私の知っているお父さんに見えなくて、少し淋しくなる。

「ねえ、楽しい? アイス社長」

 お父さんは顔を上げて、私を見た。

「超、楽しい!」 

 お父さんはニッコリと微笑んだ。

 その顔は、美味しいトマトが出来上がった時と同じ。

 私はそんなことに安心した。

「トマトが、会社に変わっただけ、なのね?」

「そう。トマトは話せないけど、仕事関係者は話が出来るから、それだけで助かるよ」

「あれ? トマトも話が出来るって、言ったのに」

 お父さんはずっと、トマトの声を聞け!! とか叫んでたのに。

「そうだな、トマトは嘘をつかないけど、人は嘘をつく。大変なのはそれだけだ」

 優しい瞳になって、お父さんは言った。

 ああ、変わらないなあ、と思う。

 ちゃんと手間をかければ、トマトは答えてくれる。いつも言ってた。

「桐子は、松園朝陽くんと教室で話したりするのか」

 お父さんが作業しながら私に聞く。

 なんで朝陽さまの話……と思いながら、遮るにも間違っているので普通に答える。

「同じクラスで、朝陽さまが委員長で、私が副委員長だから、委員会関連で話すことはそれなりにあるわ」

 結局あのゴミ問題も、議題に入れた。

 ついでに撮った写真も全部使ったし、これで嘘じゃなくなった。

 私がつくったツリーBBSが機能していて、他のクラスの役員ともそこで話している。

 会議の回数は格段に減ったのに、作業はほぼ終了していて、先生にも褒められた。

 そして朝陽さまと話す回数はかなり減っていて、平和なり!

「朝陽くんは桐子のことを、とても気に入ってくれているようだ」

「何、その情報」 

 私は眉間に皺を寄せる。

「このパーティーに呼ばれているのは、うちよりも遙かに格上の令嬢ばかりだ。その中で、桐子は朝陽くんのご指名らしい」

「……帰りたくなってきた」

 素が口から出る。

「あはは、逃れられない定めなら、楽しみなさい」

 お父さんは私の肩を軽く触れて、仕事に戻った。

 逃れられない定め……か。

 人生にそんなものがあるなんて信じてなかったけど、二年前に団地で走り回っていた時から、かなり遠くにきた。

 そういうものは、本当にあるのかも知れない。

 でも私は令嬢祭りに参加するより、今日の22時からネットで中継される作画監督祭りに参加したいけどね……。


 都内一等地、等々力にある松園家の本邸は、家というより要塞だった。

 建物自体が小高い山の上に立っていて、山まるごと松園家の持ち物らしい。

 等々力にこんな場所があったのかと驚く。

 坂を上り、車が中に入っていく。

 車のドアを開けられて降りると、川のせせらぎが聞こえる。

 車止めの目の前に橋が架かっていて、その奥に日本家屋が見える。

 大きな木がたっぷりとして緑を誇り、美しく整えられた日本庭園は、空まで続くような広さを感じさせる。

 次元が違う……。背筋が寒くなる。

 とりあえず笑顔を作り、お父さんの腕に支えられて橋を渡った。

 下には石畳で整えられた川が見えて、紅白で美しい鯉が泳いでいる。

 玄関だけで私の部屋くらいの広さがある場所に、スーツ姿の男性が待っていた。


「薔薇苑さま、この度はご足労くださいまして、ありがとうございます」

「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」

 お父さんがエスコートしてくれるので、私は後ろで微笑んでいるだけで済んだ。


 マナー講座を受けろと言われても逃げてきたけど、今の私では、ここに一人で来られない。

 今はお父さんにくっついてくれば良いけど、大人になったら一人だ。

 薔薇苑のいう家がこのまま続くのならば、本当に勉強すべきなのだろう。

 お父さんが挨拶に回るのを、後ろで会釈して移動する時間が一時間以上続いた。


「朝陽くんと同じクラスなのですか」

 と話しかけられることが多くて、楽だった。

「素晴らしい方です」

 とマシンのように語れば良い。

 そりゃそうだ、薔薇苑家のようなアイス成金に誰も興味ない。

 共通の話題、朝陽さまの話が一番盛り上がる。

 私自身のことを聞かれるのは少なくて、気が楽になってきた。

 気が楽になると、出されている料理に目が行く。ものすごく華やかなのだ。

 琴美とよくホテルのブッフェに行ったが、そのスーパーバージョンと言ったら、あまりに貧弱な言葉だけど、そう思う。

 朝からジュースしか飲んでないのだ。

 私は置かれた料理をサササ……と日本庭園にある机に運び、食べはじめた。

 もう一時間以上挨拶して回ったので、お父さんも色んな方と談笑し始めた。

 もう私のお仕事はお終いだろう。

 挨拶回りで、朝陽さまにも、もちろん取り巻きも見かけない。一気に安心してお腹が空いてきた。


「では、頂きます」

 シェフがどんどん運んでくるのに、誰も食べてないのだ。

 そりゃそうだ、パーティーの目的は会談で、食事じゃない。でも食事に罪はない!

 蜂蜜とレモンのアーティチョークに、子羊のミートボールのバターソース……このミートボールがヤバい。なんで三つしか乗ってないの? 十個くらい乗せておいてほしい。

 この甘酸っぱいけど深いソース……、超おいしい。

 炭水化物より赤身のお肉が良いですよ、と家にいるトレーナーは言っていた。要するに肉でしょう? そしてステーキ!

 その場で焼いてるのに、誰も食べてない。勿体ない、勿体ないぎゅうが出る!

「こんにちわ」

 隠れてモグモグ食べていると、後ろから声をかけられた。

「御木元さま」

 燕尾服をきた御木元さまだった。

 いつもの制服と雰囲気が変わって、別人のように見えるが、シムレスの眼鏡はそのままで、それだけで安心した。

 私はお皿をなんとなく隠した。

「いや、会場に入ってきたところから見てたから」

「あ……あはは」

 そうですか。子羊のミートボールお代りしたのも、ステーキ三枚目なのも、マグロの解体ショーで大トロの寿司ばかり頼んでたのも、見てましたか。

「気持ち良いほど食べるね」

 御木元さまは、私のよこに置かれた皿を見て言う。

「御木元さまは、食べられないのですか?」

「パーティーで食事したこと、無いな」

 えーん、じゃあここで食べまくってる私は、何なのよ。

 ま、いっか。

 私は開き直って食事を続ける。んー、美味しい……。


御木元さまは静かに私の横に座った。

 運動会の事件以来、朝陽さまより御木元さまと話す回数のが多かった気がする。

 何より図書棟で会うのだ。私は四階の漫画階に、御木元さまは三階の文庫本の階に居る。

 まだ帰りたくない時に図書棟をフラフラすると、いつも御木元さまが居た。

 何を話すわけでもない。

 小さく会釈したり、軽く会話したり。

 御木元さまと話す時間を、私は嫌いじゃないと思いはじめていた。

 きっと趣味が同じだからだ。本好き。


「松園のパーティーで薔薇苑さんを見かけるのは、初めてだね」

 御木元さまはシムレスの眼鏡を少し上げて言った。

「初めて招待されました。御木元さまは何度もいらっしゃってるのですか?」

「家が近くにあって、幼馴染みなんだ。でも今日は格別に豪華だね。凛子(りんこ)さまが来てるし」

「凛子さま?」

「朝陽のお兄さん、れんさんの奥様だよ」

 御木元さまの視線の先に、人だかりが見える。

 そこに立っているのは朝陽さまによく似ている男の人と、日本人形のように着物を美しく着た女の人。

「あれが、先日結婚された漣さまと凛子さま」

 漣さまは、朝陽さまのような華やかさはないが、堅実そうな優しい笑顔で、凛子さまを見ている。

 何より凛子さまの美しさから目が離せない。

 リアルな日本人形のようだ。まっすぐに整えられた髪の毛に、透けるような肌色。そして派手すぎない深紅の着物がよく似合っている。

 笑い方、手の動かし方、全てが礼儀正しく、丁寧なのだ。あの所作が今更マナーを学んで身につくのだろうか。

 ぼんやりと見ていると、凛子さまが私のほうを見た。

 そして隣に居た漣さまに耳打ちをして、集団を離れて私のほうに近づいてくる。

「え……?!」

 私は慌てて口元をふいて、立ち上がる。

 御木元さまも立ち上がって姿勢を正すのが分かる。

甘城あまき

「凛子さま」

 御木元さまが会釈する。私も頭を下げる。

 そういえば、御木元さまは、本名が御木元甘城みきもとあまきという少女漫画もビックリの名前だったと思い出す。

「久しぶりですね」

「お元気そうで安心しました」

 近くで見ると凛子さま、透けるような肌に、まっ赤な口紅が美しすぎる。

 御木元さまとセットで見ると、私だけ画面の外にいる人みたい……と思うけど、今の私は変装済みのアイス令嬢だった。

 そこまで卑下することはない。なんとか背筋を延ばす。

「こちらは、同じクラスの薔薇苑桐子さん」

「本日はお招き頂き、ありがとうございます」

 私は御木元さまの紹介にお辞儀する。

「……薔薇苑さん? 貴女が?」

「は、はい」

 凛子さまの目が輝いたので、私は少し驚いてしまう。面識は無いと思うんだけど……。

 凛子さまは、美しく整えられた指先で、細く尖ったアゴに触れて考え込まれた。

「……甘城、薔薇苑さんをお借りしてもよろしいですか」

「え、ええ」

 御木元さまも完全に驚いているが、私の方が驚いている。

「すいませんが、こちらへお願いできますか?」

 凛子さまが私の手に触れる。

 その指先が冷たくて驚く。

 視界の奥に漣さまが見えるけど、他の方と談笑してるし、良いのかな。

 それに私、机に苺のシャルロットを置き去りにしちゃったけど、溶けるよね? ありさん寄ってこない? そんなことをグルグル思いつつ、手を引かれて移動する。

 凛子さまは、松園家の庭を歩いて移動する。どこまで言っても町を見下ろす美しい景色が広がっている。

 そして別邸のような場所に入った。

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