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トマトは宝くじと共に消える定めなのか

 食卓には冷やしトマトが置いてある。

 私はそれをひとつ食べた。


「お父さんの作るトマトは、本当に美味しいよ」

「桐子だけだよ、そうやって喜んでくれるのは」


 お父さんもにっこり微笑んでトマトを食べた。

 お父さんは都内に働きに行っている普通のサラリーマンだが、趣味で大きめの家庭菜園をしている。

 夏のこの時期は、毎日大量のトマトが取れる。それにキュウリにナス。どれも私は大好物だ。


「マジで食べ飽きた。もうトマト要らない」

 弟の伸吾は、トマトをツンツンして、皿ごと私の方に移動させた。

「確かにねえ……夏野菜は一気に出来すぎよね……」

 お母さんは、机の上に置かれた形の悪いトマトや、まがったキュウリを見ながら呟く。

「トマトは冷凍できるし、キュウリはぬか漬けにしてるじゃん。どっちも美味しいよ!」

「美味しいよなああ?」

 私とお父さんだけで頷きあう。


 お父さんのトマトは土も水もこだわっていて、本当に美味しい。

 私も家庭菜園を手伝うのは好きで、日曜日はお父さんの作業を手伝っている。

 将来は漫画家しながら、農業もしたいなあ。

 自分で漬けているぬか漬けを食べながら思う。

 うーん、上手に漬かってる!

 ポリポリ食べていると、六畳一間の台所兼リビングに安いチャイム音が鳴り響く。


「はーい、はいはい」

 お母さんが来ていた割烹着を投げ捨てて玄関に走る。

 そして何か郵便物を持って来た。

「桐子にだって。銀行?」

 お母さんの手には配達証明と書かれた郵便物があった。

 宛先は私、薔薇苑桐子宛て。銀行から私個人宛に郵便物がくるのは初めてだ。

「何だろ」

 私は冷やしトマトをもう一つ口に入れて、びりびりと封筒を開けた。

「あ、こら」

 ハサミを準備してきたお母さんが私の酷い破り方に文句を言う。

「どうせ何かの宣伝でしょ?」

「宣伝を配達証明で送って来ないわよ」

 お母さんが横から覗き込む。

 中から出てきた書類には【宝くじの高額当選】という文字が見えた。


「…………え?」 


 私は咀嚼していたトマトをゴクンと飲み込んだ。

 心臓の音が大きく聞こえ始める。


「ちょっと!」

 手紙をお母さんが横から奪う。

「高額当選だって。え? 何これ、五億円?! 本当なの?! キャーーーー!」


 お母さんが悲鳴を上げる。 

 手紙をお父さんが見て、完全に動きを止める。

 弟の伸吾も見て、お母さんと踊り始めた。

 私の耳は聞こえてるはずなのに、すべての音が遠ざかる。 

 宝くじの高額当選……? 心の奥底がザワザワと音を立てる。


 妄想サイトにかき込んだ内容が、脳裏によみがえる。

 まさか……関係あるわけないよね……ただの偶然だよね?


「桐子……これが本当なら、お父さんにお金を貸してくれないか」

 ボンヤリしていた私の目の前に、真剣な表情をしたお父さんが居た。

「ちょっと……ちょっと待って、まさか、起業するとか言い出す?!」

「なんで分かったんだ」

 お父さんは真顔で言った。

「退職するつもり? ト、トマト? トマト農家になるの?」

「トマトは飽きた」

「えーーーーー」

「早期退職……ずっと考えていたけど、これはタイミングかも知れない」

「いやいや……ちょっと待ってよ……」


 私は落ち着こうと机に上に置かれた冷やしトマトをもう一つ食べた。

 冷やしトマトは、もう常温になっていて、ただのトマトだった。

 温いトマトはズルリと私の喉を落ちていく。

 体中に汗が吹き出してきて、私は胸元のシャツを動かして空気を送る。

 宝くじの当選……妄想サイトに書いた次の事はなんだっけ……そうだ、アイス……。


「次のアクションを起こす時なんだ。桐子、良いかい?」

「まさかラーメンアイスとか言わないよね?!」

 私はお父さんの声をかき消すように叫ぶ。

「なんだそれは」

 お父さんがキョトンとする。

 なんだ違うのか。良かった。

「面白そうだ、詳しく聞かせなさい」

「えーーーーーー」

 まさか私がフラグ立てちゃった? ちょっと待ってよ!

 そういえば、大きめの家庭菜園も私が言い出して、お父さんがやり始めたんだ。

 人生適当すぎない?!

 


 話はどんどん進み、二日後には私の口座に五億円が振り込まれた。

 モニターに表示された数字にお母さんは割烹着を脱ぎ捨て、美容院で一番高いイオンコートトリートメントの予約をした。

 伸吾は即3DS買いに消えて、お父さんは本当にラーメンに入れる用のアイスの開発と販売を始めた。

 そんなバカみたいな商品売れるわけないよ! と思ったら芸能人がTwitterで「超新体験!」とtweetしたのが始まりで、本当に売れはじめた。

「工場を建てることになった」

 お父さんが満面の笑みで報告に来ること頃、私は血眼になって【妄想実現サイト】を探していた。



【妄想実現サイト】は、姿を消していた。

 Not Found 404.


「マジで言ってるの……?」


 何度サイトを開いても、そこにあるのはNot Found。

 URLを履歴からみると海外のサーバーなのかな。

 私もオタクゆえ、パソコンは普通レベルに詳しくてサーバーの所有会社まで突き止めたけど、それを知ってどうするんだ? と止まった。

 自分が書いた妄想文章も検索してみるけど、全く引っかからない。

 丸ごと消えたってこと? なにかNot Foundだよ、このままじゃ私の人生がNot Foundだよ。

 ラッキーにもちゃんと保存していたシナリオを立ち上げる。

 転校して、朝陽さまとキスして大恋愛……?


「無理……無理だから……」


 私はモニターの前で頭を抱える。書いた、書いたけど、これは妄想なんだ。

 私みたいなぶっちぎりの庶民が、あの朝陽さまと……。

「いやいやいやいや! 偶然、すべては偶然だから!!」

 モニターの電源を落とすと、部屋にお父さんが入って言った。


「高校は、鳳桜学院にしなさい」

「ファーーーーーーーー!」

 私はアゴが外れそうなほど口を開いて叫んだ。



 妄想サイトにかき込んだことが、すべて本当になっていく。


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