表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/58

謎解きは、運動会のあとで

 選抜リレーが始まった。

 個々走る距離は200mで、私は三番手。バトンは赤組が一位で回ってきた。

 すぐ後ろの白組がいる。ここで抜かれたら、スパイクを隠した人の思うつぼだ。

 私はバトンを受け取って全力で走った。スパイクと普通の運動靴だ。差はどんどん縮まる。

 でも私は普通の靴でリレーを走ることになれている。 

 200mならコーナーは一度だけ。なんとかインを死守して、ギリギリで順位をキープしたまま、四番手にバトンを渡した。

「……はあ、はあ、はあ……」

 私はグラウンド内に座り込む。酸素を求めて暴れる胸に大きく深呼吸をして息を送りこむ。

 抜かれなくて良かった、本当にギリギリだった。

 リレーを見ていると五番目……六番目と繋ぎ、依然赤組は一位のままだ。でも白組との差はわずか。

 私のよこをスラリと影が移動した。

 朝陽さまと、御木元さまがグラウンドに立つ。二人は同じく七番手だ。

 競技場が悲鳴に包まれる。二人はアンカーじゃないのに、もうリレーは終わるのか? ってレベルの悲鳴だ。

 朝陽さまの所に赤組のバトンが来た。朝陽さまは相手の速さに合わせてバトンゾーンを走る。

 全く後ろの人を確認しない走りに、普通なら速度を落とすバトンゾーンで六番目の人は加速する。

 完璧なタイミングでバトンが渡り、朝陽さまがトップスピードで走り出す。

 ほぼ同時に御木元さまにバトンが渡り、走り出す。

 二人の距離は2mも無い。

 競技場が悲鳴と歓声に包まれる。応援団の声もかき消す女生徒たちの声が豪雨のように降ってくる。

 朝陽さまと御木元さま、2mの距離を保ったまま走り続ける。

 でも、御木元さまのほうが、ほんの少し速い?!

 2mの差が1m50cmになったように見える。

 八番手が待っている。朝陽さま全力で駆け抜けてバトンを渡す。

 御木元さまは相手に合わせて減速する。

 それが効いたのか、赤組と白組の差は、再び2mに戻った。

 朝陽さまと御木元さまが、談笑しながらグラウンド内に入っていくのが見える。

 遠くから見ていると、御木元さまが朝陽さまに何か言っている。

 そして朝陽さまが立ち止まって、何か言っている。

 御木元さまが先に座る。朝陽さまは立ったままだ。

 そして朝陽さまが私の方を見た。

「……?!」

 まさか、スパイクのこと、言ったんじゃないよね?!

 朝陽さまは、御木元さまから少し距離を取って、座った。

 まさか、ね……。



「一緒にいくよ」

「……え?」

 運動会が終わり、片付けも済んだ放課後。

 さて犯人捕まえるか……と制服に着替えて本棟に戻ると、御木元さまが私を待っていた。

 運動会終了後に琴美に泣きついて一緒にアイデアを考えた。でも琴美は部外者だ。これ以上巻き込むのも悪くて、私は今回は一人で行くと決めていたのに。

「あの……大丈夫ですけど……」

 私は小さい声で言う。それにリレーのあとに朝陽さまと話していた様子も気になる。やはり御木元さまも信用できないのが本音だ。

「現場を僕も見てるから、証言くらい出来るよ」

 御木元さまは表情ひとつ変えずに言う。

「あの」

 私は御木元さまの顔をみて言った。

「私、今から結構エグいことしますけど、スルーできますか」

「えぐい……? あ、ああ」

 御木元さまはキョトンとする。

 えぐいなんて言葉、御曹司は使わないよね。でもキレた私はアクセルベタ踏みで行かせてもらう。モード・名探偵コナン発動だ。

 私だってコナン君になりきれば何だって出来る……!

「とりあえず、同意してください。嘘はつきませんが、ギリギリのラインを走りますから」

「え? ああ」

「じゃあ、行きましょうか」

 それに御木元さまの同意は、あったほうが良いかもしれない。



「失礼します」

 私は跳ねる心臓を押さえつけて、鳳桜学院のセキュリティールームをノックした。

 ここは警察を引退した方々が鳳桜学院と契約して働いている。

「どうされましたか」

 警備の方が出てくる。体の大きな年配の方だ。

「本日は運動会の警備、おつかれさまでした。私、鳳桜学院一年生の副委員長で役員を務めさせて頂いています、薔薇苑桐子です。こちらは同じくリレーを走った御木元さま」

「失礼します」

 御木元さまが丁寧に頭を下げる。

 私も同時に頭を下げる。

「おつかれさまです」

 警備の人が敬礼する。

 私は考え抜いた言葉を口にする。

「失礼を承知でお聞きしたいのですが」

「はい」

「運動会の準備室なのですが、セキュリティーが切れている時間があったのでは無いかと思いまして」

「え?!」

 警備の人が驚く。

「そんなことあり得ません。故障などがあった場合、かならずアラームが鳴りますから」

「そうですか……部外者が入った形跡がありまして。そうですよね、御木元さま」

「その可能性があります」

 御木元さまもサラリと同意する。

 ギリギリ嘘はついてない。だってスパイクが消えたのだ。

「ちょっとまってくださいね」

 警備員がパソコンの操作を始めた。

 よし、かかった! 私は警備員の真後ろに立った。

 警備員がパソコンにアクセスして、準備室のID番号を検索する。

「えっと……」

 幸運なことに、あまりパソコンに慣れない人のようだ。

 番号を入力して、入室した人の一覧を出す。そして時間を確認するようにゆっくりとスクロールし始める。

 私は後ろからしっかり見る。昼休みから、リレーの前までに入室した人の名前に注目する。

 昼休み前に見た時は、スパイクがあった。無くなったとしたら、その後の数時間。

 出入りした人の人数は少ないはず。

 警備員はパソコンをモタモタと動かす。

「時間が飛んではいないし……部外者が入った形跡はありません。故障はないようです」

 私は警備員の後ろをパッと離れた。

 なんとか見られた。私は脳みそから見た映像がこぼれないように、表情硬いまま笑顔を作る。

「そういう事でしたら、関係者の方が間違えて移動させたのですね。お手数をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」

 私は深く頭を下げた。

「いえ」

 警備員さんも頭を下げる。

 私は急いでセキュリティールームを出た。

 心臓がドキドキ脈を打ちすぎて痛い。なんとか見みれて良かった。



「はあ」

 大きく深呼吸をしてスマホを取り出す。

 そして今日のタイムスケジュールも確認する。やっぱりね。

「……スパイクが盗まれたのは、応援合戦の最中のようですね」

「どうして分かったの?」

 11:30~12:30のお昼休みに入った人は誰も居なかった。

 12:30~13:00の赤組応援合戦中に、その名前はあった。


 松園朝陽。


「赤組応援合戦中に、朝陽さまがパスを使ったと名前がありました」

「……なるほど、あり得ないな」

 朝陽さまは演舞の真っ最中だった。

「朝陽さまの学生証を使ったのでしょうか」

 学生証には電子IDが埋め込まれていて、それと同じものがゼッケンにも付いている。

 つまり朝陽さまの何かIDが付いているものを使って、ここに入った、と。

「大胆不適ですね」

 私だったら絶対やらない。怖すぎる。

「バレると思ってないんだろう」

「ログを見ないと名前まで確認できませんからね」

 それにこの学園で朝陽さまが悪いことをすると思っている人間は、誰も居ない。

 そういう意味では、一番使えるIDなのかも知れない。

「朝陽さまのIDを勝手に使えるほど、近くにいる人物……」

「僕かな」

 御木元さまが言うので、驚いて顔を上げた。

「御木元さまも……ボケるんですね」

「疑ってないのか。ありがとう」

「誰か心あたりは、ないですか?」

 ダブルボケをスルーしつつ、私は聞く。

「心あたりはあるけど、気楽に名前を出せないだろう」

「その通りです。じゃあ、まだあるかも知れない物証を取りに行きましょう」

 スパイクを持って帰るとは思えないし、教室に隠すとも思えない。

 その場合、結論は一つしかない。

 真実は、たった一つ!(たぶん)

 私は廊下を歩き始めた。


 職員室をノックして入ると、中には事務の先生しか残っていなかった。運動会の後だ、先生たちも打ち上げがあるのだろう。

「失礼します。よろしいですか」

「お疲れさまです」

 事務の先生が立ち上がる。

「私、一年生の役員で薔薇苑と申します。月末に市で行われる生徒議会で、ゴミ問題を取り上げたいと思ってまして、鳳桜学院のゴミ処理場の写真を撮りたいのですが」

 もちろんまっ赤な嘘だが、別に提案することは出来る。

 鳳桜学院内には巨大なゴミ処理場があり、市の逼迫しているゴミ事情を少し引き受けたら良いのではないか? とかね。

「運動会の後なのに、ご苦労様です」

 事務員の先生は、ゴミ処理場に入れるパスを貸してくれた。

 私はそれを持って、ゴミ処理場に向かう。

 初等部、中等部、高等部、大学部から集められたゴミが、それぞれの場所に山となり置かれている。

 でも今日は、ほどんどゴミがない。当たり前だ。今日は運動会。だから今日来たのだ。明日になると他のゴミに埋もれて、発見は不可能だったはず。

「あった」

 私のスパイクはすぐに見つかった。


 大学部のゴミ箱から。


 私はその状態をスマホで何枚も撮影してクラウドに上げた。

 そして触らないようにゴミ袋で掴んで、ゴミ袋を回転させて、スパイクを包んだ。

「朝陽さまにパスの確認をお願いできますか、御木元さま」

 私はスパイクを抱えて言った。

「ああ、すぐにでも」

「朝陽さまのパスを使ってスパイクが盗まれたとお伝えください。でも、私は事を荒立てるつもりはありません」

「え?」

 スマホを取り出していた御木元さまが顔を上げる。

「スパイクが無くてもリレーには出られましたし、こうしてスパイクは見つかりました。被害者は勝手にパスを使われている朝陽さまです。それは朝陽さまのほうで対処してください。分かりやすく言いますと、犯人がもし分かったら、これ以上私に何かをするな、と伝えてください」

 たたきのめして悪目立ちするより、平和な学院生活が欲しい。

「もし物証が必要ならこれを」

 私は手にもったスパイクを袋ごろ渡した。

「本気になれば指紋くらい出るかも知れません」

「……薔薇苑は、刑事か何かなのか」

 御木元さまが真顔でそんなことを言うので、私は吹き出してしまった。

 そして一気に気が抜けた。

「コナンは全巻持ってますし、名探偵ホームズも見てますよ」

 私の答えに御木元さまが目をぱちくりさせる。それに発案の半分以上は琴美だ。私は実行者にすぎない。それもコナンっぽい。私の中に琴美が! ……ただのホラーだ。

「朝陽が薔薇苑さんを気に入るのも分かる」

 御木元さまが、口元だけで微笑んで言った。

「迷惑です」

 私は真顔で言った。半分以上、本気だ。



 次の日、学校に行くと、海田さんが居なかった。



「突然だが、海田美穂は転校することになった。家庭の事情ということで……」

 橋本先生は淡々と説明した。クラスメイトも一瞬ざわめくが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 私はチラリと御木元さまと、朝陽さまを見る。

 二人は前を向いたまま、少しも動かない。

 私の制服を、琴美が引っ張る。

「……黒ってこと?」

「だとしても、とかげの尻尾切りだと思うけど」

 私は顔だけ後ろに動かして言う。

 だって、スパイクは【大学部のゴミ箱】から見つかったのだ。

 十中八九、指示したのは……、いや、止めておこう。

 すべて朝陽さまに任せたと言ったのは私だ。

 今、私が持つべき感想は「もう水をかけられることは無くて良かった!」くらいにしておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ