謎解きは、運動会のあとで
選抜リレーが始まった。
個々走る距離は200mで、私は三番手。バトンは赤組が一位で回ってきた。
すぐ後ろの白組がいる。ここで抜かれたら、スパイクを隠した人の思うつぼだ。
私はバトンを受け取って全力で走った。スパイクと普通の運動靴だ。差はどんどん縮まる。
でも私は普通の靴でリレーを走ることになれている。
200mならコーナーは一度だけ。なんとかインを死守して、ギリギリで順位をキープしたまま、四番手にバトンを渡した。
「……はあ、はあ、はあ……」
私はグラウンド内に座り込む。酸素を求めて暴れる胸に大きく深呼吸をして息を送りこむ。
抜かれなくて良かった、本当にギリギリだった。
リレーを見ていると五番目……六番目と繋ぎ、依然赤組は一位のままだ。でも白組との差はわずか。
私のよこをスラリと影が移動した。
朝陽さまと、御木元さまがグラウンドに立つ。二人は同じく七番手だ。
競技場が悲鳴に包まれる。二人はアンカーじゃないのに、もうリレーは終わるのか? ってレベルの悲鳴だ。
朝陽さまの所に赤組のバトンが来た。朝陽さまは相手の速さに合わせてバトンゾーンを走る。
全く後ろの人を確認しない走りに、普通なら速度を落とすバトンゾーンで六番目の人は加速する。
完璧なタイミングでバトンが渡り、朝陽さまがトップスピードで走り出す。
ほぼ同時に御木元さまにバトンが渡り、走り出す。
二人の距離は2mも無い。
競技場が悲鳴と歓声に包まれる。応援団の声もかき消す女生徒たちの声が豪雨のように降ってくる。
朝陽さまと御木元さま、2mの距離を保ったまま走り続ける。
でも、御木元さまのほうが、ほんの少し速い?!
2mの差が1m50cmになったように見える。
八番手が待っている。朝陽さま全力で駆け抜けてバトンを渡す。
御木元さまは相手に合わせて減速する。
それが効いたのか、赤組と白組の差は、再び2mに戻った。
朝陽さまと御木元さまが、談笑しながらグラウンド内に入っていくのが見える。
遠くから見ていると、御木元さまが朝陽さまに何か言っている。
そして朝陽さまが立ち止まって、何か言っている。
御木元さまが先に座る。朝陽さまは立ったままだ。
そして朝陽さまが私の方を見た。
「……?!」
まさか、スパイクのこと、言ったんじゃないよね?!
朝陽さまは、御木元さまから少し距離を取って、座った。
まさか、ね……。
「一緒にいくよ」
「……え?」
運動会が終わり、片付けも済んだ放課後。
さて犯人捕まえるか……と制服に着替えて本棟に戻ると、御木元さまが私を待っていた。
運動会終了後に琴美に泣きついて一緒にアイデアを考えた。でも琴美は部外者だ。これ以上巻き込むのも悪くて、私は今回は一人で行くと決めていたのに。
「あの……大丈夫ですけど……」
私は小さい声で言う。それにリレーのあとに朝陽さまと話していた様子も気になる。やはり御木元さまも信用できないのが本音だ。
「現場を僕も見てるから、証言くらい出来るよ」
御木元さまは表情ひとつ変えずに言う。
「あの」
私は御木元さまの顔をみて言った。
「私、今から結構エグいことしますけど、スルーできますか」
「えぐい……? あ、ああ」
御木元さまはキョトンとする。
えぐいなんて言葉、御曹司は使わないよね。でもキレた私はアクセルベタ踏みで行かせてもらう。モード・名探偵コナン発動だ。
私だってコナン君になりきれば何だって出来る……!
「とりあえず、同意してください。嘘はつきませんが、ギリギリのラインを走りますから」
「え? ああ」
「じゃあ、行きましょうか」
それに御木元さまの同意は、あったほうが良いかもしれない。
「失礼します」
私は跳ねる心臓を押さえつけて、鳳桜学院のセキュリティールームをノックした。
ここは警察を引退した方々が鳳桜学院と契約して働いている。
「どうされましたか」
警備の方が出てくる。体の大きな年配の方だ。
「本日は運動会の警備、おつかれさまでした。私、鳳桜学院一年生の副委員長で役員を務めさせて頂いています、薔薇苑桐子です。こちらは同じくリレーを走った御木元さま」
「失礼します」
御木元さまが丁寧に頭を下げる。
私も同時に頭を下げる。
「おつかれさまです」
警備の人が敬礼する。
私は考え抜いた言葉を口にする。
「失礼を承知でお聞きしたいのですが」
「はい」
「運動会の準備室なのですが、セキュリティーが切れている時間があったのでは無いかと思いまして」
「え?!」
警備の人が驚く。
「そんなことあり得ません。故障などがあった場合、かならずアラームが鳴りますから」
「そうですか……部外者が入った形跡がありまして。そうですよね、御木元さま」
「その可能性があります」
御木元さまもサラリと同意する。
ギリギリ嘘はついてない。だってスパイクが消えたのだ。
「ちょっとまってくださいね」
警備員がパソコンの操作を始めた。
よし、かかった! 私は警備員の真後ろに立った。
警備員がパソコンにアクセスして、準備室のID番号を検索する。
「えっと……」
幸運なことに、あまりパソコンに慣れない人のようだ。
番号を入力して、入室した人の一覧を出す。そして時間を確認するようにゆっくりとスクロールし始める。
私は後ろからしっかり見る。昼休みから、リレーの前までに入室した人の名前に注目する。
昼休み前に見た時は、スパイクがあった。無くなったとしたら、その後の数時間。
出入りした人の人数は少ないはず。
警備員はパソコンをモタモタと動かす。
「時間が飛んではいないし……部外者が入った形跡はありません。故障はないようです」
私は警備員の後ろをパッと離れた。
なんとか見られた。私は脳みそから見た映像がこぼれないように、表情硬いまま笑顔を作る。
「そういう事でしたら、関係者の方が間違えて移動させたのですね。お手数をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」
私は深く頭を下げた。
「いえ」
警備員さんも頭を下げる。
私は急いでセキュリティールームを出た。
心臓がドキドキ脈を打ちすぎて痛い。なんとか見みれて良かった。
「はあ」
大きく深呼吸をしてスマホを取り出す。
そして今日のタイムスケジュールも確認する。やっぱりね。
「……スパイクが盗まれたのは、応援合戦の最中のようですね」
「どうして分かったの?」
11:30~12:30のお昼休みに入った人は誰も居なかった。
12:30~13:00の赤組応援合戦中に、その名前はあった。
松園朝陽。
「赤組応援合戦中に、朝陽さまがパスを使ったと名前がありました」
「……なるほど、あり得ないな」
朝陽さまは演舞の真っ最中だった。
「朝陽さまの学生証を使ったのでしょうか」
学生証には電子IDが埋め込まれていて、それと同じものがゼッケンにも付いている。
つまり朝陽さまの何かIDが付いているものを使って、ここに入った、と。
「大胆不適ですね」
私だったら絶対やらない。怖すぎる。
「バレると思ってないんだろう」
「ログを見ないと名前まで確認できませんからね」
それにこの学園で朝陽さまが悪いことをすると思っている人間は、誰も居ない。
そういう意味では、一番使えるIDなのかも知れない。
「朝陽さまのIDを勝手に使えるほど、近くにいる人物……」
「僕かな」
御木元さまが言うので、驚いて顔を上げた。
「御木元さまも……ボケるんですね」
「疑ってないのか。ありがとう」
「誰か心あたりは、ないですか?」
ダブルボケをスルーしつつ、私は聞く。
「心あたりはあるけど、気楽に名前を出せないだろう」
「その通りです。じゃあ、まだあるかも知れない物証を取りに行きましょう」
スパイクを持って帰るとは思えないし、教室に隠すとも思えない。
その場合、結論は一つしかない。
真実は、たった一つ!(たぶん)
私は廊下を歩き始めた。
職員室をノックして入ると、中には事務の先生しか残っていなかった。運動会の後だ、先生たちも打ち上げがあるのだろう。
「失礼します。よろしいですか」
「お疲れさまです」
事務の先生が立ち上がる。
「私、一年生の役員で薔薇苑と申します。月末に市で行われる生徒議会で、ゴミ問題を取り上げたいと思ってまして、鳳桜学院のゴミ処理場の写真を撮りたいのですが」
もちろんまっ赤な嘘だが、別に提案することは出来る。
鳳桜学院内には巨大なゴミ処理場があり、市の逼迫しているゴミ事情を少し引き受けたら良いのではないか? とかね。
「運動会の後なのに、ご苦労様です」
事務員の先生は、ゴミ処理場に入れるパスを貸してくれた。
私はそれを持って、ゴミ処理場に向かう。
初等部、中等部、高等部、大学部から集められたゴミが、それぞれの場所に山となり置かれている。
でも今日は、ほどんどゴミがない。当たり前だ。今日は運動会。だから今日来たのだ。明日になると他のゴミに埋もれて、発見は不可能だったはず。
「あった」
私のスパイクはすぐに見つかった。
大学部のゴミ箱から。
私はその状態をスマホで何枚も撮影してクラウドに上げた。
そして触らないようにゴミ袋で掴んで、ゴミ袋を回転させて、スパイクを包んだ。
「朝陽さまにパスの確認をお願いできますか、御木元さま」
私はスパイクを抱えて言った。
「ああ、すぐにでも」
「朝陽さまのパスを使ってスパイクが盗まれたとお伝えください。でも、私は事を荒立てるつもりはありません」
「え?」
スマホを取り出していた御木元さまが顔を上げる。
「スパイクが無くてもリレーには出られましたし、こうしてスパイクは見つかりました。被害者は勝手にパスを使われている朝陽さまです。それは朝陽さまのほうで対処してください。分かりやすく言いますと、犯人がもし分かったら、これ以上私に何かをするな、と伝えてください」
たたきのめして悪目立ちするより、平和な学院生活が欲しい。
「もし物証が必要ならこれを」
私は手にもったスパイクを袋ごろ渡した。
「本気になれば指紋くらい出るかも知れません」
「……薔薇苑は、刑事か何かなのか」
御木元さまが真顔でそんなことを言うので、私は吹き出してしまった。
そして一気に気が抜けた。
「コナンは全巻持ってますし、名探偵ホームズも見てますよ」
私の答えに御木元さまが目をぱちくりさせる。それに発案の半分以上は琴美だ。私は実行者にすぎない。それもコナンっぽい。私の中に琴美が! ……ただのホラーだ。
「朝陽が薔薇苑さんを気に入るのも分かる」
御木元さまが、口元だけで微笑んで言った。
「迷惑です」
私は真顔で言った。半分以上、本気だ。
次の日、学校に行くと、海田さんが居なかった。
「突然だが、海田美穂は転校することになった。家庭の事情ということで……」
橋本先生は淡々と説明した。クラスメイトも一瞬ざわめくが、すぐに落ち着きを取り戻した。
私はチラリと御木元さまと、朝陽さまを見る。
二人は前を向いたまま、少しも動かない。
私の制服を、琴美が引っ張る。
「……黒ってこと?」
「だとしても、とかげの尻尾切りだと思うけど」
私は顔だけ後ろに動かして言う。
だって、スパイクは【大学部のゴミ箱】から見つかったのだ。
十中八九、指示したのは……、いや、止めておこう。
すべて朝陽さまに任せたと言ったのは私だ。
今、私が持つべき感想は「もう水をかけられることは無くて良かった!」くらいにしておこう。




