少しかじった世界は、別の味
「『琴美さんが、一番アンシーに近いと思います』だってよ?!」
「……微妙」
「薔薇の花嫁!」
「……アンシーはね」
「琴美が花嫁!」
「何の話よ」
実況を終えて、私と琴美はラインでずっと話している。
今までもずっと実況に増田先生は居たのに、全く気にしてなかった。だって何も知らなかったから。
なんでこのおっさん、教師なのに実況に参加してるの? とさえ思っていた。
私はソファーに転がって、昨日食べた残りの歌舞伎揚げを食べた。これまた紀元さんがジップロックして置いてくれたので、カリカリだ。
「あー、もっと早く教えてよ」
「聞かれてないもの」
「じゃあ聞くよ? 中学の時のアルバムひっくり返して見てたんだけど、卒業式のあと、琴美消えてるよね、増田先生の所行ってたの?」
「珍しく良い視点じゃない」
「やっぱり! 最後に校門で撮った写真に、琴美居ないよ」
私はアルバムを引っ張り出して、見ながら言った。
クラスの皆で、集まるだけ集まって撮った写真に、琴美の姿がない。
それを今まで気にしたことは無かったけど。
「美術準備室に、最後にお別れを言いに行ってた」
「何を、何をした?! ん?!」
「犯罪者じゃないんだから」
「デコチュー決めといて、別れだけ言ったわけじゃないでしょ」
「……家の電話番号を貰った」
「家電かーーーい」
私はリアルに部屋で叫んだ。
このスマホ全盛期に家電って、誰か使ってるの? 少なくとも私はここ数年触れたこともないけれど。
ポン……と新しい文字が上がってくる。
「……私も、家の電話番号渡した……」
「琴美スマホ持ってるのに! ……ていうか、ごめん」
琴美たちを引っ越しされたのは、誰でもない薔薇苑家、我が家だ。家電の番号は変わっているはずだ。
「ラインのID渡せば良かったのに」
「家電渡されて、ライン渡せる?」
確かに重いか。というか、家電の番号渡されるって、間接的に断られるよね、色々と。
「よし分かった、今すぐ家電の番号をラインのIDにしよう」
「斬新すぎて言葉もないわ」
琴美は同時にバーカバーカと叫ぶスタンプも送ってくる。
でも不思議なものだ。デコチューするまで琴美が増田先生を好きだなんて、知らなかった。
知っていたら、もっと別の面が沢山見えていた。
「ああ、私、ちょっと知るだけで、別の世界が見えてきたよ、超たのしい」
「先生、本当に良い人なんだよ」
「ひゅーーー!」
私は叫んでベッドに転がる。
転がった視線の先。
立ち上げっぱなしだったパソコン画面に、新規メールが見える。
メールを確認すると、差出人は、松園朝陽?! ……朝陽さま?!
私は立ち上がってメールを確認する。
【今日はお疲れさまでした。ノートを忘れていきましたよ。明日の昼休み、例の場所で待っています】
私は飛び起きて近くに置いてあった鞄をひっくり返す。ない、確かに、妄想ノートがない!!
いつ?! 私、妄想ノートを鞄から出すのは自分の机だけって決めてるのに。
「ぎゃあああ」
私は実際には叫ばず、パソコンのメール画面を写メってラインに乗せて、ぎゃあああと文字を打ち込んだ。
「……ほう」
琴美から返ってきたのは、この一文だった。
「ほう、じゃないよ。ノート忘れるなんて、絶対あり得ない! 中見てるかな」
「もう見られてるんでしょ、芥川BL」
「他にも色々書いてあるもん!」
「教室で堂々と渡さないだけ、優しいじゃない」
「えー……」
不満を言いながら、よく考えたらそうかも、と思う。
教室で渡されるのを妄想してみる。
はいこれ忘れてたよ、妄想が沢山書かれたノート。ありがとうございます、私の妄想ノート。
「即死だね」
「でしょ」
「でも、もう屋上行きたくないよー。なんか朝陽さま、怖いよ。なんで婚約者がいるのにデコチューするの?!」
「だったら聞けば」
「だからーー」
「さっき自分で言ってたじゃない。【ちょっと知るだけで、別の世界が見えて】くるのよ」
琴美が増田先生にデコチューしたと知ったら、見えてなかった世界が沢山見えてきた。
私は、朝陽さまを何も知らない。だったら、ちょっと知ってみるのは、きっと悪くない。
「……そうだね。ちゃんと話してみようかな」
私はバリッと歌舞伎揚げを食べた。
「素直でよろしい」
琴美が送ってくる。
私はその文字を見ながら思う。
怖いんだよ、知ることが。知ってしまったら、もう戻れない場所だって、沢山あるじゃないか。
琴美だって、もうデコチューする前の関係には戻れない。
私は一方的に怯えていたいだけなんだ、朝陽さまと呼んで芸能人のように遠くから。




